【禍話リライト】絞め愛

始まりは高校生の時だった。
ある日、とある友人から相談を受けた。
彼はバレー部だかバスケ部だか、そういう部活に入っている体育会系のいわゆるリア充で、怖い話やオバケの話を好んで集めている自分とは全く違う生活をしている奴だった。

そんな彼が「俺疲れてるのかなあ」と言う。

「俺そういう趣味全く無いんだけど。全くそういうのに性的興奮とか覚えないんだけど。やっぱどっかで、昔そういうドラマとか見て影響されてるのかなあ」

「何が?」

「夢でよく見るんだ」

すごく疲れている時に夢で見るのだ、と彼は話した。
全然知らないボロボロの廃墟にいる。壁や天井にはところどころ穴があいていて、光が差し込んでいる。おそらく夏だろう。自分の姿は見えないから夢の中で自分が何歳なのかは分からない。その中で、ボロボロの畳の上で、半袖のシャツを着た、割とムチムチな感じの大人の女と、なあなあで首を絞め合っているのだ、と。

「ええ……。何それ」

「俺は嫌で嫌で仕方ないのよそれが。頼まれてやってんだ。なんでこんな、全然知らない大人の女と、なあなあで首絞め合わなきゃいけないんだって、思ってたら、その女が無言でもっと強く絞めろみたいな身振りするんだ。女の手がどんどん強くなってきて、もう嫌だと思って、目が覚めるんだ」

その汗ばんだ感じや体臭がすごくリアルだから嫌なんだよな、と彼は言った。

「お前、昔ヘンなAVとかリョナ系のヤバい同人とか見ちゃって影響されてんじゃないの?」

正直な話、そのように考えるのが現実的である。なんでもかんでも霊的なものと結びつけるべきではない。

彼は「ああそうかなあ」と納得したようだった。


数年が経ち、自分は彼とは違う大学へと進学した。
同窓会で彼と再会し、数人で談笑するうちにたまたま話題が怖い話になった。

「お前、前になんかエロい夢見るとか言ってなかった?」

「全くエロくないわ」

最近どうなの、と訊ねると、大学に入ってからはスケジュール管理を工夫するようになり、体育会系とはいえ以前のような無茶なトレーニングをすることはなくなったのだという。

「でもな、ちょっと疲れた時に、夢覚えてなくて飛び起きるようになったんだ。だから俺、あれ以上のもっと酷えことが夢の中で起きてるんじゃないかって、気がするんだよな」

怖いねえ、などと言ってその場は終わった。


さらに数年が経ったある日、先に社会人になった彼から電話があった。
怖いことがあった、と彼は以下のようなことを語った。

職場の先輩と飲みに行った帰り、商店街を歩いていた。
その先輩はとにかく怖がりで、例えば「リング」と聞いただけで怖がるような人だった。歩いていても「うわあ遠くでシャッターが鳴ったよう」などと怯える始末である。

「そりゃシャッターくらい鳴りますよ商店街なんだから。寂れてんだから」

そんなことを話しながら歩いていると、先輩が「おい……誰か後ろつけてきてねえか」と言い出した。

「気のせいですよ。もう終電が近いんだから。みんな同じ方向目指してるんですよ。バカだなあ」

先輩は少し進んでから振り返り、「絶対同じ奴がついてきてる」と言う。

「同じ奴がついてくるのは俺達が目指してるのが駅だからで、当然じゃないですか。何なんですか」

「あれ? ほら、お前が振り向いた時うまく隠れるんだけど。ちょっとタイミングずらして振り向いてみ?」

ほらほら、と先輩が言うので試しに今までとは違うタイミングで振り向いてみる。すると、本当に人がスッと物陰に隠れた。その時、一瞬(あれ、あの半袖のシャツ見たことあるな?)と寒気がした。そういえばあの髪型にも見覚えがある気がする。

「ヤバいですね!」

「そうだろ? ヤバいだろ? 逃げよう!」

2人で走り出したその瞬間、後ろからついてきていた女が、叫ぶでもなく普通の口調で声を掛けてきた。

それが、彼の名前だった。

全然知らない女なんだけど、ひょっとしたら、あれは夢の中で何回も首絞め合ったあの女じゃねえか。彼はそう思った。


「いやいやそれ気のせいだって。たまたま変な女がいたんだって」

そう言うと、電話口の彼は「いや、そう思うんだけどな」と渋った。

「そう思うんだけどな。俺、その会社辞めたんだ」

たかがそれくらいのことで会社まで辞める必要は無いのではないか。そう問うと、彼はこう答えた。

「いや違うんだよ。その先輩がさ、恐怖を克服したいって、俺を心霊スポットにすごい誘ってくるようになったんだ。それがさあ、ボロボロの廃墟っていうんだよ」

なあ、そんな職場、辞めるべきだろう?と彼は続けた。



※ツイキャス『禍話』2019/05/10放送回(禍ちゃんねる 突如、炎のワンオペスペシャル)の一部を抜粋して文章化したものです。書き起こしにあたり表現を変えた部分があります。