【禍話リライト】事故紹介

大学生のAさんの体験である。

サークルの集まりで「信じられないかもしれないけどこんな体験をしました」という話題になった。
皆が「酔っ払って気がついたら……」のような話をする中、会社帰りに来ていたOBのBさんが「まあ、別に笑える話じゃないんだけどな」と、こんなことを話した。

大学時代のことだ。今は他県にいる奴と、もう連絡を取っておらず今どうしているか分からない奴、この2人の友人たちとまだつるんでいた時だった。
一人が「親の車だけど」と言いつつ車を出し、とある山へドライブに行くことになった。
当時は暴走族全盛期とでも言うべきか、走り屋が無茶なことをして大事故を起こしたり、峠を飛ばしたバカップルが死んだりといったことが頻繁にあった。その山も、急カーブが連続するということもあり事故が多く、ちょっとした心霊スポットという感じになっていた。
夏だったので窓を閉めクーラーを付けていたのだが、山道を走っていると向こうから来た車がパッシングしてきた。何だろうと思い車を止めると、相手も止まった。向こうが窓を開けたのでこちらも窓を開けると、運転手の気の良さそうなお兄さんが「上行かない方がいいっすよ」と言ってきた。
「んー? なんでですか?」
「あのねー、上の方で事故があってねー、警察とかこれからどんどん来るんすよ」
「あ、そうなんですか」
「事故った奴の知り合いとか来て『もう駄目だー』とか言ってて、もうねー」
運転手の男は事故車について、白い車で車種は○○で、とハイテンションで説明してくる。
「もうねー、ぐちゃぐちゃになっててねー、前男2人後ろ女2人みたいな。オレら車停めてちょっと見ちゃったんですけど、前がもうぐっちゃぐちゃになってるし、後ろの2人もシートベルトとかしてなかったから、もうあちこち打っちゃってて、まあ後ろの2人は助かる感じなんですけど、でもあれは下手に動かすと危ない感じになってて、ホントにね、良くないっすよ!」
Bさんは「ああそうなんですかー」と返しながらふと気づいた。その事故車の車種といいメンバー構成といい、いま自分達の目の前にいる車と全く同じなのだ。
怪訝に思い相手の車をよく見る。運転手は相変わらずテンション高く自らの目撃した事故車について語っているが、助手席の男と後部座席の女2人は下を向いて黙っている。ドライブなら普通は楽しげにするだろうに、携帯を弄っている様子もない。下を見ている、というよりもただ顔を下に向けて虚空を見つめているようだった。
Bさん達3人がその不自然さに気づきぎょっとしていると、運転手は「いやホントね、行かない方がいいっすよ!」と言い残し、去っていった。
「ええ、ちょ、ええ……」
「今の、今の完全に、今の車と同じ」
「でも自分らの車と同じだったら、『自分らの車と同じメンバーで〜』とか、なんか言うでしょ」
「言うよな」
「えっえっ、えっ……?」
しかし救急車もパトカーも来る気配がない。タチの悪い冗談だったのだろうか。
どのみちここで急に回れないから上まで行こうや、と坂を上っていくと、看板と花束がある。
看板は事故についての情報提供を呼び掛けるものだった。単独での自損事故だがどうも不自然な点があるという。 
Bさん達3人は看板を見て愕然とした。○歳代の男性と女性が巻き込まれ、とはまさに先ほどの車のことではないか。車種までは詳しく書かれていないが、絶対にあの車だ。

「っていう話があったんだよ」とBさんは言った。信じないでいいけどさ、と。
「いや俺も霊感無いし、そりゃ例えば看板見た奴がたまたまね、冗談思いついてやったのかもしれないよ。百歩譲って。でもあんなに演技出来ないと思うんだよね」
「へえ、それどこにあるんですかね」と後輩の一人が馬鹿な発言をしたが、その場では受け流されていた。

それからしばらく経ったある日、その後輩が「ドライブ行きませんか?」とAさんを誘った。後輩は運転が上手く、Aさんは油断してその誘いに応じた。
車に乗ると既に後部座席には後輩が2人座っている。いつもならもっと楽しい連中が集まるのに今日はちょっと暗い奴らだな、とAさんは思った。
後部座席の2人はカメラを持っている。なんだろう、と思っていると後輩が喋り出した。
「あの、Bさんが言ってた場所、ちょっと行ってみましょうよ」
「はあ? なんで?」
「やーでもあれ絶対話盛ってると思うんすよ。上手くいきすぎてますもん」
「上手くいきすぎてる? 何言ってんの?」
百歩譲って上手くいきすぎていたとしよう。何故そこに行く必要があるのか。
「え、だって確認したいじゃないですか」
「いや?」
Aさんの抵抗も虚しく車は走り出してしまった。
「え、ちょ、この後ろの2人は、お前らなんで?」と聞くと「心霊に、興味がある」などとはっきりしない答えが返ってきた。

Aさん達の車は現場付近へと近づいた。
Bさんはその車とすれ違ったカーブの位置を具体的に話していた。Aさん達は怖がりつつもその場所に差し掛かったが、しかしそこでは特に変わったことは起きなかった。
「何もないねー」と山道を進んでいく。後部座席の後輩2人は興奮して写真を撮ることに夢中になっている。だが、そのせいで彼らは車に酔ってしまった。「気持ち悪いっす」などと言うが、このカーブの連続する場所で車を停めるのは危ない。上まで行けば少し開けたところがあるかもしれない、ということで車を進める。
しばらく走り、もう限界かと思われた頃、ようやく駐車場のような場所を見つけた。砂利が敷き詰められていて、恐らく工事関係者が停めるような場所なのだろう。入り口は開放されているからまあいいや、ということで車を停める。
「じゃあ新鮮な空気をちょっと、吸ってきますんで」
「おう吸っとけ吸っとけ」

後部座席の2人が向こうでオエーなどとやりだしたのを、Aさんと運転手の後輩は車内で待つことにした。
「なんだかなあ。でも何もなかったですね」
「何もなくて良かったよ。嫌だよ。冗談じゃないよ」
「ここって停めていいんですかね?」
「ここあれじゃないの、奥見えねえけど、奥が多分堆積場とかになってて、工事関係者の人が停めるようなとこなんじゃないの。トラックとかが」
「あー、処理場とかあるのかもしれないですね、山の中ですし。看板とか暗くてわかんないですけど」
「まあいんじゃないの?」
「あーそうですか」
「でもさあ、俺、Bさん知ってるけど、冗談でああいうこと言う時は笑っちゃう人なんだよね。素直な人で。あれ最後までずーっと真顔だったじゃない。なんか、その、顔が暗いというか。だからあれ、多分マジだと思うよ。こないだBさんと会ってメシ奢ってもらったんだけど、もしドッキリとかしてたらネタばらしとかする人なのよ。それもなかったしさあ。俺マジだと思うよ」
「いやいや、そんなことないっすよ」

運転手は窓を開けてタバコを吸い始めた。
「あいつらまだゲーゲーやってるよ」
大丈夫かと叫ぶと「まあなんとかー! 俺は大丈夫ですけどこいつ結構ヤバいっすね!」と返ってきた。遠くで「おい吐いちゃえ吐いちゃえ」とやっているのが聞こえる。
「うわぁ……。ちゃんと全部吐いてきてよ」
「あー大丈夫っす。水ちゃんと持ってきたんで。口ゆすがせるんで」
アフターケア完璧やないかい、と突っ込んで向き直る。
「まあ、でも、雰囲気はあったし、正直、もう少しであと何カーブだって時に、目印の看板出てきて、ここで来たら怖いなっていうゾクゾク感は味わえたから、それでいいかな」
「そうでしょうー?」
その時、コンコン、と助手席の方から音がした。えっ、とそちらを見ると横に車が停まっている。運転席の窓が開いており、そこからこちらの助手席の窓をノックしてくる男がいる。
広場には自分達の車しかいなかったはずだ。もし自分達の後に車が来たとして、例えライトを点けていなかったとしても、音で気付くだろう。自分達は運転席の窓を開けているのだから尚のことだ。
男は相変わらずコンコン、コンコンとノックを続けている。とりあえず窓を開ける。
「う、あ、あの、な、なんですか?」
「君らも、事故車見に来たの?」
男はテンション高く尋ねてきた。
「い、いや、違います」と答えて窓を閉める。
「え、え、え? え? うん?」
これは一体どういうことだ。ちょっと出ましょうか、と運転手が外に出た。Aさんも続こうとしたが助手席側には車がいるので運転席側から出る。

Aさんと運転手は吐いている2人の元へ行った。
片方は完全に立ち直ったようで「あーもう大丈夫っすよー」などと言うのを押し留めて聞く。
「なあ、ごめんけど、俺ら後ろ振り向けられへんねん」
「は?」
「隣に、車、ある?」
「は? いや、音がしたらわか……え、車停まってますよ…?」
「まだ停まってる?」
「音しなかったですよね? だって、どんだけ静かな車だって、ここ砂利だから音するはずだし、え? なんすかね?」
「あれ窓コンコンってしてきたんだよ」
「えっ……マジっすか」
「いや、なんか、すげーテンション高い奴がなんか、言ってきたから、ちょっともう無視してこっち来た感じなんだけど」
「え、だ、駄目でしょう」
後輩はさらに続けた。
「車に乗ってなかったら駄目でしょう。あいつら、車下りてきたらどうするんですか」
それを聞いた瞬間、Aさんは滅茶苦茶に怖くなってきてしまった。しかし今さら車に戻るのも怖い。
どうしようと思っていると吐き続けていた方の後輩が「えーどうしたんすかー」と声を掛けてきた。それを「まあまあ、お前はもうちょい自分と闘え」と押し戻す。
「えーどうしよう。ホントにいるんだけど。こういうのって普通振り向いたら消えてるじゃん。怪談話とかだと。いる……?」
「だからあります、車ありますって! 怖いですって。ちょっとあんまり見れないですって」
「こういうのさ、なんかデケェ音立てたら消えるとか、なんか、あるじゃん」
「そういうの持ってきてないですよ」
「お前カメラどうしたんだ」
「車ん中置いてきました」
「お前バカじゃねえの」
えーちょっと何なに、どうすんのどうすんの、と言い争っていたがしばらくすると自ずと黙ってしまった。すると向こうの車の、開いた運転席の窓から何か言っているのが聞こえてきた。運転手のハイテンションの男が喋っている。
男はずっと一人で喋り続けている。Aさん達は急いで逃げてきたために助手席と後ろの席に人がいたかどうかは確認していない。しかし、もし同乗者がいたとしたら、Bさんの体験と同じことになる。
「えーでもあれ完全に誰かに話してるよね。電話じゃないよね」
「横にいる奴に話してる感じですよね」
「えっ、何なに……」
その時だ。急に運転席の男が喋るのをやめた。
「だから俺、○○峠には来たくなかったんじゃ!」
大声が聞こえた。運転席の男の声ではない。助手席に男性が座っていて大声を出したらそんな感じでこちらに聞こえるだろう、という感じの声だった。
うわぁ、ちょ、急に誰か喋った。Aさん達は大声にビクッとした。吐いていた後輩も「えーちょ、何、他に誰かいません?」とこちらに来た。状況を把握していない後輩からすれば突然大声が聞こえたことになる。
へっ、と見ると車が消えている。
困惑している後輩を「もういいから、ゲロ臭くなってもいいから、来い来い来い来い!」と引き摺るようにして、物凄い勢いで逃げ帰った。

その峠の名前は教えられません、とAさんは言う。

九州の話だそうだ。


※ツイキャス『禍話』2019/6/29放送回(禍ちゃんねる 俺はこのリングで怪談やりたいんスよ回)の一部を抜粋して文章化したものです。書き起こしにあたり表現を変えた部分があります。