【禍話リライト】入口のない墓地~勧誘と招待

平成一桁くらいの頃の、北九州での話。

ある女の子が就職して一人暮らしをしており、マンションの3階か4階に住んでいた。
腕に覚えがあるわけでもお金が無いわけでもないが、少々呑気な部分があったようで、オートロック等の無い防犯のしっかりしていないマンションだった。

治安もあまり良くない地域だったようで、よく救急車やパトカーの音がするとか、ゴミの日ではないのにゴミステーションに物が大量に捨てられているなど少し怖いとは思っていたものの、犯罪や変質者で怖い思いをしたことは無かったそうだ。
ただ、マンションの前に墓地がありベランダに出ると見えるため、相場より家賃が安かった。

おかしなことにその墓地には入り口が見当たらなかった。
普通、墓地というのは入り口が分かりやすく造られているものだが、その墓地はどう見てもコンクリートで周りが全て固められていて、どうやって入るのだろうと不思議に思っていた。
ある時一度だけ墓参りをしている人を見た。どうやって出るんだろう?と思って見ていたら、なんとその人は塀を乗り越えて出て行った。
しかもその人は墓参りをするような格好ではなくジャージのようなものを着ており、一体どんな人が祀られているんだ気持ち悪い、と思ったそうだ。

しかし、ベランダで洗濯物を干す時などにそのような気持ち悪い墓地が見えるということを除けば特に気にすることなく暮らしていた。

そのうちにもう一つ困ったことが起きるようになった。宗教だかマルチだかの勧誘が来るようになったのだ。
マンションには彼女含め若い人が多く住んでおり、学生など日中在宅している住人が多かった。そして、外から見るとベランダの洗濯物や開いた窓などで在宅が分かってしまうようなロケーションであった。
その勧誘というのが無視していても結構粘ってくるタイプで、1フロア全部の呼び鈴を押して上階に行ったと思ったらまた戻ってきて呼び鈴を押すというようなことをしていた。
管理人が常駐しているわけでもないためどうにも出来ず、嫌だなと思っていたそうだ。

ある時、彼女は風邪を引いて仕事を休み家でぼんやりしていた。
ふと目を開くと、薬が効いていて、昼の3時か4時くらいだった。曇った日で、一瞬何時か分からないような感じの雰囲気であった。
ああもうそんな時間か、と思い、喉が渇いていたのでポカリかアクエリでも買いに行こうとした。
マンションを出てすぐのところに賞味期限の近いドリンクを格安で売っているような自販機があり、そこへ行こうと思い、適当な格好で小銭入れだけを持ち外へ出た。
呑気な話ではあるが、熱でぼんやりしていたのもあり、エレベーターの中で鍵を掛け忘れたことに気付いた。
下りてすぐの自販機だし10分も20分も掛かるわけじゃない、すぐに戻るからいいや、ぼーっとしてるのは良くないな気を付けよう、などと思いながらエレベーターを下りて自販機へ向かった。

戻ってくるとマンションの外廊下にスーツのおっさんがうろうろしているのが見えた。
(あーこりゃ勧誘の奴だ)
おっさんの年齢がよく訪ねてくる勧誘の声と一致したこともあり、彼女はそう思った。
おっさんは彼女のフロアの奥の部屋を叩いて「すみませーん」とやっている。
(うわー、困ったな、やだなぁ)
エレベーターで行って鉢合わせしたら最悪だしこっちは風邪引いてるし、ということで、外階段をゆっくり上って行くことで上手く躱そうと思った。
ふとエレベーターを見ると自分のフロアに停まっている。
(こいつエレベーター使ってんのか! 勧誘の野郎!)
そんなことを思いつつ、足音を立てずに階段をゆっくりゆっくり上がっていった。
自分のフロアの下の踊り場に着き、そこで様子を伺うことにする。
(早く違うフロアに行くとかしてくれないかな)
ついにおっさんは彼女の部屋にたどり着き、ピンポーン、すみませーん、などとやっている。
(いねえよ馬鹿、下のフロアの踊り場にいてお前を見てんだよ!)と彼女が内心毒づいていると、

「はーい」とドアが開いた。

(えっ…?)

一瞬、自分がフロアを間違えたのかと思ったがそんなことはない。
自分の部屋が開いた、と思ったら、彼女曰く「もしクラスが同じだったとしてもそんなに話さないような、自分とは全く違うタイプの女の子」、つまりはギャルのような女の子が「はーい」と出てきた。

(誰…?)

勧誘の人はマルチか何かだったようで、そのギャルのような女の子に説明をしている。
「へー、そうなんすね! じゃあちょっと中で話していきませんか」
「はい!」
勧誘の人は嬉しそうに部屋に入っていき、バタン、とドアが閉まった。

(は? どうなってんだ?)
彼女は部屋に近づいてみたが、やはりそこは自分の部屋である。
(え? え? え? わけわかんねえ)
そのようなギャルの友達はいないし、そのような悪戯をする知り合いもいない。そんな短い時間でそのようなことが出来るとも思えない。
(犯罪? 何の?)

訳が分からなくなった彼女は、近くに住む同棲カップルの家に行くことにした。
カップルはたまたま二人とも休みだったようで、「何?どうしたのその格好?」と言いながら迎えてくれた。

彼女が今起きたことを説明すると「えー、それ絶対フロア違うよ、お前熱あるんだろ?」と言われてしまったが、結局3人で部屋に戻ってみることになった。

部屋に戻ると、鍵は開けっ放しで中に誰もいない。
「絶対今いたって」
などと言っていると、カップルの男の方が「なんか変な匂いしねえか?」と言い出した。
たしかに、彼女のしないタイプの化粧の香料の匂いがする。
「こんなん付けるようになった?」
「いや今日は化粧してないし、そもそもこんなの持ってない…」
「じゃあ誰か居たんじゃねえの? 気持ち悪いな」

また、玄関に立て掛けてあった靴べらが使った感じで転がされていた。
「じゃあ誰か来て帰ってるのは間違い無いじゃん」
3人とも怖くなってしまい、彼女はカップルの家に泊めてもらったそうだ。

それ以降、勧誘が一切来なくなった。彼女は気持ち悪くなり、それからしばらくして引っ越したそうだ。


彼女はこの話をつい最近思い出したという。「結局、寝ぼけてたのかわからないけど、匂いとか靴べらは実際あったわけだし」と。
彼女はその後転職して別の仕事に就いたそうだ。
「そこで聞いたんだけど、あのマンション近くで実際にマルチか何かの人が一人いなくなってるらしいんだよね」
もちろんマルチのような仕事をする人は元々借金などで切羽詰まってる人という場合も多く、それで居なくなったのかもしれないが、それでも急に一人居なくなっているらしい。そして、その人の行方は未だにわかっていないらしい。
「それ言われて急にあれーって」
その人、あのギャルみたいな奴に何かやられたんじゃないのか、と。


彼女が「でもあのギャルすごい自然に出てきた。オバケってもっと恨めしく出てくるもんじゃないの?」と言うので、「そんなこと無えよ、オバケって成りすます時はすげえ成りすますからね」という話をした。


※ツイキャス『禍話』2020/2/8放送回(THE 禍話 第29夜)の一部を抜粋して文章化したものです。書き起こしにあたり表現を変えた部分があります。