【禍話リライト】だれかの歯と箱

俺の知り合いが言ってたんだけど。そいつ絶対実家に帰らない奴なのよ。
なんで?って聞いたら。

****

A君が大学1年生くらいの時の話だという。
母親が入院することになり、父親は遠くで仕事をしていたため、家にA君一人という状況になった。A君の家はもともとお母さんがずっと家にいるような家庭で、考えてみれば家に一人というのは生まれて初めてのことだった。

ある時、印鑑か何かが必要になって家中を探していたA君は歯の入った小さな包みを見つけた。自分の乳歯を親が記念として保管しているのだろう、と思ったが、見ると全然知らない名前が書かれている。A君に兄弟はいない。
(俺には知らないお兄さんがいた? いやいや、知らないお兄さんって普通は生まれてこなかったとかそういう話だろ)
乳歯が残っているということはある程度の年齢までは生きていたということになる。A君にそのような記憶は無い。では自分の生まれる遥か前のことなのか、とも思ったが書かれている年を見ると自分と一緒に育っていないとおかしい。

待て待て、と思ったA君は印鑑探しは置いておいて押し入れの中を探った。するとA君の名前の書かれた段ボールが出てきた。中を見ると小学校からの思い出の品が詰まっている。(こんな風に記録として残しておいてくれてるんだ)と思っていると、奥に先ほどの歯の包みと同じ名前の書かれた箱がある。
(真実がこの中にあるに違いない!)
ひょっとすると里子に出された奴がいるのかもしれない、親が言えてないことがあるに違いない、そんなことを考えたA君は箱を開けた。

箱の中には思い出とは何の関係もない古新聞だけが詰め物のように詰められていた。箱はパンパンだったが、中身は全部その古新聞だけだった。

「それからもう実家帰らへん」とA君は言う。

親戚に聞いても「そりゃ無いよ、お前んちの子供はお前一人だけだよ」と言われてしまったのだそうだ。



ツイキャス『禍話』2019/3/30放送回(禍ちゃんねる フィアー飯フリートーク祭)の一部を抜粋して文章化したものです。書き起こしにあたり表現を変えた部分があります。