【禍話リライト】ひび割れた家

※読んだ人の所に「来る」可能性のあるお話です。閲覧は自己責任でお願いします。

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テナントビルだったらしいんです。3階が塾で。
塾って窓に、中が見えないように「進学率○%」とか貼ってあるじゃないですか。だから、オープン時にはこう威勢よく貼ったんだろうなみたいな。
その貼ってあるシールだか何だか知りませんけど、ああいうのって、風雪に晒されるというか、経年劣化でビリビリにヒビが入ってくるんですよ。替えるじゃないですか新しいのに。替えない。で、ひび割れてるように見えるわけだ。ヒビ入ってて、だから文字読めない。進学率とかも、塾の名前とかも全然わかんないみたいな。そういうのがあって。

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Aちゃんという女の子の体験である。
大学に行った後、少し遠くにあるケンタッキーに行くというようなくだらない理由でその建物の近くを通った。
(なんだあれ、全然読めないな。この塾やってんのかな)
そう思ったAちゃんは同行していた地元出身の子に聞いた。
「いやーあそこ変なんだよ」
「変って? まあ変だよ。お金ないのかな? それとも潰れちゃって、もう完全にやってないとか?」と言うと「元々やってなかった説!」などと言うので「何それ?」と聞くと、このような話を語ってくれた。

大手の塾で講師として働いていた女性がいたが、何かで辞めてしまった。独立することになり実績を外部からお金を出して買うようなことをしたが、実態は過大広告であり最初の年に結果を出せなかった。当然、生徒は集まらない。どんどん経営が駄目になり、しかしプライドが邪魔をしたのか元の塾に頭を下げて戻るという選択肢はなく、結局どうにもいかなくなった。住居も同じビル内にあったようだが、どうも死んだらしい。そして死んでそれっきり放置されているらしい。

「っていう話なんだよホントかどうかわかんないけど」
「えーでも別に場所は悪くないんだから、管理会社が全部掃除して、売ればいいじゃん」
「なんか出来ないんだってさ、なんかやなことが起きるんだって」
「やなこと?」
「『やなこと』しかわかんないんだけどねー」
Aちゃんは内心、半端な話だと思った。死んだかどうかも分からないし、夜逃げの可能性だってある。

夏に、サークルでたまたまその話になった。
「ケンタッキー買いに行ったらそういうの見て」
「あ、確かにあそこって。そういえば行ったことないな」
そのサークルでは以前からトンネルや墓地へ行くようなことをしていた。その建物は大学から徒歩20分以内と近く、階段か何かですぐ入れるだろうしチラッと見て帰るくらいならいいんじゃないの、という話になり、夜9時にその建物の前の交差点で集合ということでその場は一旦解散になった。

帰宅したAちゃんがワクワクしながら準備をしていると、付き合いの長い彼氏が帰ってきた。
「今日ちょっとあたし今から出かけるから」
彼氏はそういったものが苦手な人なので、肝試しに行くと言うと「きもだめしぃー?」と大袈裟な反応をした。
「そんな、別にアンタ来いって言ってるわけじゃないんだから別にいいよ」
「ああ……そうか」
「なんで自分が行く感じになってるのよ。あたしのサークルだから」
「ああ、そうか。楽しんで行きなさい」
「なんだ急に偉そうに」

家を出たAちゃんは集合時間より少し早く着いてしまった。先に行くわけにもいかないしコンビニで時間を潰すことも出来ない。
何気なく建物を見上げたAちゃんは窓に人影を見つけた。窓の、ひび割れた文字の貼られていない箇所に、先輩のBさんらしき人が映っている。
(あれ、Bさんだ。Bさんすごい前乗りしてるじゃん。仕込みとかかな?)
冗談の好きなサークルだから、笑い袋を仕込むとか、何かしているのだろうか。
Bさん中入っちゃったんだ、と思っていると、Bさんからメールが来た。
「いつ来るの?」
いつ来るのって9時集合なのに、とは思ったものの「あたし実はもういるんですよ」と返す。
(え、あそこにBさんいるけどなー?)
するとすぐに返信が来る。
「今どこ?」
(送ったメール見てないのかな? あ、連続で送っちゃったのかな)
同じような文面で「あたし今〜」と返したが、その後も「いつ来るの?」「今どこ?」「いつ来るの?」「今どこ?」と4回ほどメールが来た。
不思議に思いつつ律儀に返信していたAちゃんは気付いた。あの窓に映っているBさんらしき人はずっと窓に両手を当てている。それならばメールを打てるはずがない。
なんだろうと思っているとちょうど集合時間になり、向こうから一団が来た。その中にBさんもいる。あれ、と思ったAちゃんは窓の方を見た。窓の人影が無い。
Aちゃんは怖くなり、頭がぼんやりしてしまった。そのような体験をするのは初めてだった。
(でもケータイにBさんとのやりとりがあるはず)
ケータイを確認しようとしたが、ブラックアウトのようになっていて電源が入らない。充電は充分残っていたはずなのだが。
そうしているうちにもう一団が来て十人ほどが揃い、出発することとなった。
「Bさん、メールしました?」
「してないよ?」
「ああ、そうですか……」
電源が入らないから確認のしようがない。
Aちゃんは不可解に思いつつも、建物へと向かった。

フロアは施錠されておらず、簡単に内部へと侵入することが出来た。廊下と、塾の教室だったのであろう部屋がある。
廊下を進んでいくとBさんが「あ、なんか踏んだ」と言う。裏返しになって落ちていたプリントを踏んだようだ。昔は壁に貼られていたのか、黄色く変色したセロテープが付いている。周りに「それ何?」と聞かれたBさんは「夏期講習って書いてある」と答えた。
「なんかタイムリーだな、いま夏だからな」
「夏期講習って俺らかー? ちょっと遅刻しちゃったなー」
そう盛り上がる周囲から取り残されたように、Aちゃんだけが恐怖に震えていた。
「まあまあ、行こう」と先に進む集団に付いて行きながら、Aちゃんは内心、Bさんえらいグイグイ行くなと思った。Bさんはこのような人だっただろうか。今だって先陣を切ったからこそ紙を踏んでしまったのだ。

一団は「遅刻したから先生に怒られちゃうな!」などと軽口を叩きつつ教室の入り口にたどり着いた。
Bさんが引き戸をガッガッと開けようとして「あー開かないよこれ」と言う。
「あー開かないか」
「じゃあしょうがねえや」
もし無理に開けようとしてセコムなどが反応したら大変なことになる。誰もBさんに続いて試そうとはしなかった。

教室には入れなかったが、せっかく来たからそのフロア一帯を見て回ろうということになった。
壁には掲示板らしき物が残っている。色褪せてもう完全に読めないが、矢印やアップと読めるような文字が微かに見えた。
「やっぱりさ、夜逃げとかだと思う。こう完全に残ってるっていうのは。だから死んでないんじゃないの?」
「その女の人、死んでないよね」
「やっぱ夜逃げで、債権者たちがお金まだ支払えてなくて、不動産屋とかが待ってるとかね」
「まあ雰囲気はあったけど、ひび割れた塾の真相もこんなものさ」

前の集団がそんな会話をする中、最後尾で一人階段側にいたAちゃんはふとギュッと何かを踏んだ。うわぁ、と見ると先ほどBさんの踏んだ紙だ。
(そうかさっきBさんが踏んでたやつか。あの夏期講習って書いてあったとかいう)
そう思って紙を見たAちゃんは驚いた。足元の紙は「立ち入らないでください」という管理会社のビラであった。
(は? さっきBさん夏期講習のビラって)
その時Aちゃんは気付いた。今日のBさんは嘘ばかりついている。メールだってそうだ。
ケータイの電源ボタンを長押ししたりバッテリーを外したりしたら電源が点いた。メールを見ると5、6件来ている。
(やっぱそうだ。じゃあ、教室のドアも開く……?)
その時だった。
「あれー? Bちゃんは?」
Bさんの姿が見当たらない。フロアには廊下とトイレくらいしか無いはずだ。
「あれ、横にいたよね? あれ?」
「さっきまで右にいたよね」
「いや、俺のこっちに、あれ?」
皆の意見が一致しない。出入り口は一方向のみ、階段しかない。
「え、おかしいよね」
「こっちは行ってないよね」
「行ってないですよ」
Aちゃんは怖くなり、「あ、あの、こんな時に言うことじゃないですけど、実は……」と、Bさんのくだりをカットして窓に誰か見えたということだけを話した。
「えっ開くのかこれ」
「え、ちょ、ちょ、お前!」
その場が恐怖に包まれた。
副部長がドアに耳を当てる。
「ちょっと待て、何かボソボソ言ってらっしゃいますよ」
パニックで何故か敬語になっているが、皆そのことに突っ込む余裕もない。
「シッ」
「死んでないんだろ? 夜逃げだろ多分この感じからして。死んでないのに、こんなこと起きたら、駄目だろ……」
「これ、開きます」
耳を当てていた副部長が言った。そして中からBさんの声がするのだと言う。
「でもこれ開けたらガラガラって音するだろ!」
「すると思うんですけどね……」
でもドアは開きます、と言う。もう開けるしかない。
「でもさあ、誰も死んでないはずだろ?」
ガラガラ、と開けると。
中には首を吊った女がいた。Bさんではない。
全然知らない女が首を吊ってブラブラ揺れている。その横にBさんが立っていて、「いやこれ絶対死んでますって!」と言っている。
咄嗟にドアを閉める。
「ちょちょちょちょ、ちょいちょいちょいちょい!!」
「2人いたよ……?」
「いたよね」
「仕込み?」
「仕込みじゃないよねこれ」
一瞬見ただけでもわかった。あの首を吊っている知らない歳上の女性は完全に絶命していた。あんなのは到底仕込みで出来ることではない。
「いや、でも、ちょっとおかしい、おかしいって!」
何人かは腰を抜かしてしまった。副部長はドアを閉めたまま硬直している。
「もう一回開けます!」
「開けなくていいよ!」
周囲の反対を押し切り開けると、首を吊っている女はいなくなっていた。Bさんだけが膝立ちになって「ほら、死んでるじゃん! ほら、死んでるじゃん!」と叫んでいる。
これはまずい、ということで「ちょっと、ちょっと!」とビンタしたり殴ったりしていると、しばらくしてBさんは「なんで殴るんですか」と正気に返った。
みんなで集まったくらいから記憶が無い、とBさんは話した。それこそ「ああ、あっちにAちゃんいるよ」あたりからの記憶が無いのだと。メールを送った記憶も無いと言う。

一同は「こんなね、怖いことは無いから、肝試しとかするもんじゃない」と言い合った。実際に人が死んでいるか分からないところですらこんなことになるんだから、本当に出るところなんかに行ったら死んでしまうのではないか。
もうそういう場所に行くのはやめような、明日みんなで神社とか行こう、そんなことを話して「じゃあ」と解散した。

Aちゃんは(いやぁ今日アイツ来なくてよかった)と思った。怖いものが苦手な彼氏がもし来ていたら、下手をすれば死んでしまっていただろう。
集団幻覚の可能性はある。でも、過去に首吊りがあったとかいう情報が事前にあったならともかく、そこで人が死んでいると思っていない人達がみんなで開けて首吊ってるのを見ているというのはおかしい。あれはヤバいよな、と思った。

Aちゃんが家に帰ると、今買い物に行って帰ってきたという感じでコンビニの袋が転がっている。
(ずっとゴロゴロしている人なのに珍しい。お茶でも買ってきてくれたのかな? 親切な奴だな)
しかしよく見るとモンダミンや消毒液のようなものを買っている。
えっ、と思っていると風呂場でうえーうえーゲロゲロと吐く音が聞こえる。彼氏はお酒を飲まない人なのにどうしたのだろう。
「何、どうしたの」と声を掛けると彼氏は「うわっ」と後ろに飛び退いた。
「本当にAちゃんか?」
「はあ?」
何?と聞くと。

彼氏はAちゃんの帰りを待っていたのだが、眠くなり微睡んでいた。するとAちゃんが帰ってきた。普通にガチャっとドアを開けて入ってきたので「あ、おかえりー」と声を掛けると、玄関で靴を脱いで「はいはい」とこちらへ来る。
普段の2人は家にいてもお互いぼんやりして過ごすことが多い。ところが帰宅したAちゃんはやけにアプローチしてきた。「ちょっと……」と言いながら抱きついてくる。
(お、今晩久しぶりに? なんだ、恐怖は人を濡らすなんて言うけど本当なんだ)
あー嬉しいなー、なんて抱きしめて、キスして、ディープキスした時くらいに気付いた。髪質が全然違う。キシキシする。抱きしめた手の感触がおかしい。
この女は誰だ。全然知らない女が目の前にいる。さっきまで彼女だと思い込んでいたのは全然知らない女だった。
舌が絡まる。女の舌が口内に入ってくるのを「嫌だー!」と引き離す。すると女の舌がギューンと伸びた。コイツは人間じゃねえ!
うわー、と突き飛ばし、とりあえずソファの後ろに隠れる。笑っている声が聞こえたが、しばらくすると消え、見ると女はいなくなっていた。
口の中に舌の伸びる感触が残っていて気持ち悪い。舌が伸びるってなんだよ、そう思いケータイで調べると「首を吊った死体というのは舌が伸びることがあります」と書かれておりさらに気持ちが悪い。これは全部いま彼女の行っている肝試しのせいではないか。
仕方がないからドラッグストアへ行き、モンダミンなどを買ってずっとうがいをしていた。変なアルコールのような物も使ったりして、結局やりすぎて喉が焼けてしまった。

「だから、本当のAちゃんか?」と言うから、「本当だよう」と。
Aちゃんはゾッとした。そんなとこまで来るのか、と。

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2人は翌日、すごく良い神社だか寺だかに行ってお守りなど色々と買ったそうだ。家にまで来られているというのは怖い、ということで未だに一年に一度新しいお守りを買っているのだという。
彼氏はそれ以来トラウマになってしまったらしく、「やっぱキスは軽いほうが、甘噛みとか、唇がちょっと合うくらいのほうが、節度があっていいんじゃないでしょうか」などと言うようになってしまった。

その塾はまだそのひび割れた感じのまま残っているのだそうだ。

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これを聞いた夜にね。夜っていうか明け方だったかな。
怖いなーと思って。こんな怖い話、年明けからしてもいいのかななんて思ってたら。途中ギャグ塗すにしてもギャグ塗すとこ無えななんて思いながらね、頭の中で構成をやってね、寝たんですよ。明日も仕事だーなんて。
で、明け方。俺だいたい4時5時に一回目覚めるんですけど。目覚めて、おしっことか行くんですけど。別におしっことか行きたくないのに目が覚めたから。まあそういうことあるかなって思って、寝返りをうったんですよ。そしたら肘に当たる方がいらっしゃるじゃあありませんか。人間すごいもんで、当たった瞬間逆にゴロンって転がったんですよね。見たら、女の背中みたいなのがあって。うわああああってなって、それでちょっと、気を失ってしまって。
翌日何も無かったんですけど、怖いなって。危うくベロチューされるとこですよ。セミの話といいこの話といいベロチューってのはロクなことがないね。
まあそういう話があるんで。皆さんのところにもひょっとしたら今晩その女が来るかもしれないですね。




※ツイキャス『禍話』2019/1/7放送回(禍ちゃんねる 新春初禍話スペシャル)の一部を抜粋して文章化したものです。書き起こしにあたり表現を変えた部分があります。