【禍話リライト】2時の御膳の部屋
2ちゃんの有名な話みたいなのって無いかな、って周りに言ってたんですよ。半年くらい前から。
誰も返事してくれないわけね。それだけは。
なんか「こんなオバケ出た」とか「車に轢かれたオバケが」とかは言うくせにさ、その話だけ無くて。「お前の要求が高すぎる」とか言われてたの。
一つ、来たんです。その、有名ネタに近いようなやつで、オリジナルで怖い話が。
俺より年上の人なんですけどね。「リゾートバイト」みたいな話が来たって言うの。
俺笑っちゃって。「リゾートバイトみたいな話来たの?」って。
どんな話なんですかって聞いたら。
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Aさんという女性の話だ。
大学生の時に、軽く人生をしくじったとでも言うべきか、カード借金に手を出してしまった。
普通のバイトでは返済が追いつかない。かと言って風俗は嫌だ。
何かいいバイトは無いか、と周りに言ったところ、ツテで働き口を紹介してもらえた。
山奥の温泉宿でのバイトだった。バスで行けばそれなりに時間の掛かる場所にある宿だ。そこで夜だけ、皿を洗ったり掃除したりする中居さんのような仕事だという。
口コミでしか募集していない。ちゃんと働いてくれるのなら偽名でもいい。なんなら全員「佐藤さん」でも構わない。給料は手渡し。明け方、帰りには遠いからと駅やバス停まで送ってくれる。
そんなバイトだった。
初日に出勤してみると厨房に食器が溢れかえっている。なんで昼の人はこれを放置したまま帰っちゃってんの、などと思いはしたが、日が経つにつれ次第に慣れてきた。
確かに少し大変ではあったが、慣れれば大したことはない。接客はほぼ無く、皿を洗って掃除するだけの仕事だ。
その旅館の女将たちと交流する中で、Aさんは違和感を覚えた。どうも女将を含むこの旅館の人間は無理して「田舎のいい人」を演じているのではないか、そんな印象を受けたのだ。
バイト達の前では余裕のある様子だけれど、ふと何かのスイッチが入ったら怖いからちゃんとしよう。Aさんはそう思っていた。
働き始めて2週間ほど経ったある日、Aさんは、女将がどこかにお膳を運んでいくのを見た。時計を見ると深夜2時だ。
女将はお膳を持ち、庭の向こうにある離れへと向かっていった。そして、明かりもつけず真っ暗な中、まるで人がいるかのように「失礼します」と言い入っていった。
気になったAさんは、そのあともバイトのたびに様子を見てみた。どうやら女将がお膳を運んでいくのは必ず午前2時から2時5分の間のようだ。時間厳守なのだろうか。
しかし女将には他にも仕事がたくさんある。バイトにやらせればいいのにと思ったAさんは「私、やりますよ」と声を掛けた。
だが女将が答えるまでには一瞬の間があった。もしや逆鱗に触れてしまったのではないかと心配していると、女将は一拍置いてから「ちょっと一回やってもらおうか」と言った。
渡されたお膳に特に変わった様子はなかった。普通の、夕食として出すお膳だ。田舎の旅館で少しお金を出したら食べられるような、ちょっといいお膳である。
そのお膳をただ離れに運ぶだけなのだ。ただし、お客さんがいる体で、「失礼します」と入り、「ここに置いておきますねー、何かあったら言ってくださいね」などと言って出てこいと言う。マニュアルを渡されたAさんは(はいはい、まあ普通のことや)と思った。
部屋に入るとそこには誰もいなかった。だが部屋の中は綺麗に掃除してあるようだった。
普通はここに置くだろうな、という場所にお膳を置き、「失礼します」と言って部屋を出る。
部屋を出ると女将が待機していた。Aさんがちゃんと出来たかを見ていたようだ。
「ああ、じゃあそんな感じで」と女将は言った。
それから2、3回の間、女将はAさんがお膳を持って行く様子を見張っていた。そのうちAさんに任せても大丈夫だろうとなったのか、Aさんが一人でその部屋へと行くようになった。
Aさんがお膳を運ぶようになってからも、時間は絶対に守れということになっていた。どれだけ忙しくても、人が少なくても、お膳を運ぶ時間は厳守ということだった。
ある時、旅館の従業員が一人辞めてしまい、代わりとしてBさんという新人の子が来た。ちょっと抜けているところはあるが、明るく、仕事が出来て、おばあちゃんっ子なのだという。おばあちゃんの介護なんかもしているが、借金で家が大変で、ということだった。
AさんはBさんにも「私ちょっと2時になったらこれしなきゃいけないから」と、お膳を運ぶことを話していた。
ある日Aさんが出勤すると、女将がいなかった。Aさんは「え、女将さんいないんですか?」と聞いたが、旅館側の雰囲気からして、「ぶっちゃけこれは愛人のところにいるんだろう」という感じだった。
その日は人手が足りず、すごくバタバタしていた。そのうえ夜中に業者が来ることになっていて、Aさんが対応しなければならず、てんやわんやのうちに気付けば時刻は午前2時になろうとしていた。
どうしようと思っていると、Bさんが「私やりましょうか」と言い出した。
BさんはAさんがお膳を運ぶところを一度見ていたことがある。その時も「へえ、そんなことあるんですね。なんかの儀式ですかね、ハハハ」と特段怖がる様子もなく、「田舎だから何かしなきゃいけないことがあるんですかね、庭にお稲荷さんがあってお参りするようなものかもしれませんね」と理解を示していた。
Bさんは「行って、誰もいないけどちゃんとすればいいんですよね?」と言った。別に他の人にやらせるなと言われている訳でもない。Aさんは「いい? ごめんね、じゃあお願いね」とBさんにお膳を任せた。
しばらくすると「終わりました」とBさんが帰ってきて、Aさんは「あーOKOK」と返した。
明け方になり、あと1、2時間で仕事が終わるという頃、Aさん達はようやく一息つくことが出来た。
「はぁー終わった。よかったよかった。今日は本当バタバタやったな。しかし女将最低やな。男のとこ行ってるとか」
「そうですよねー」
そんなことを言いつつお茶を飲んで休憩していると、Bさんが「え、でも人いましたね」と言い出した。
「ん? 何が?」
「いや、離れですよ。真っ暗な中に、私パッと目が慣れなかったからわかんないんですけど、多分女性の方で。会話とかはしませんでしたけど、私がなんか話したら、すごい丁寧にお辞儀して頂けたというか」
「えっ……?」
Aさんは困惑した。
「つまり、人が、いたってこと?」
「いましたいました。だから普通に、その前にお膳置いて、『置いときますね、何かあったら言ってくださいね』って言ったらホント丁寧にお辞儀してもらって」
「マジで?」
「でも、暗い理由わかりますよ」
「は?」
「多分火傷とか皮膚病とかそういうのだと思うんですよ。私、おばあちゃんの付き添いでよく病院行くんですけど、病院の匂いがすごかったんです。消毒液みたいな、ああいう感じの。まあ、私、そういうのは慣れてて全然平気なんで、失礼しますって言って出てきたんですけどね」
その場にいたバイト達はみな狼狽えた。だが怖いのと疲れもあり、確認に行く者はいない。
「別に怒った感じじゃなくて、本当に丁寧に、ちゃんとお辞儀して頂いて」
「ああ、そう……」
その日は結局人が足りず、帰りにAさん達を駅まで送れないということになった。女将め!と思いながら仕方なく始発のバスで帰る。そのバスも、過疎地域をぐるぐる回っていくために、駅まで行くのにいつもよりも30、40分多く掛かった。
Aさんがバスの中で寝ていると、ずっと隣にいるBさんが話しかけてくる。疲れていたが、まあ悪い子じゃないからと、「ああ、そうね、そうね、ああ……」と適当な返事をした。
駅に着くと、運転手が気を遣って「駅ですよー」と起こしてくれる。
「ああ、着いた。ありがとうございま……」
Aさんは驚いた。Bさんは自分の2つ後ろの席に座っている。
「あれ、隣に座らなかった?」
「いや、座ってないですよ。お互い、もう疲れて眠いから隣に座ることはないやと思って、私後ろに座ってましたよ」
「えっ……。私の後ろに誰かいなかった?」
「いませんよ」
釈然としないまま、でもまあいいや、と別れる。
電車に乗り、そういえば、とAさんは思い出した。
横で話しかけてきた人は「その節はありがとうございました」のようなことをずっと言っていた。その節はその節はうるせえな、とAさんが感じるくらいずっと言い続けていた。
「○月△日はありがとうございます。▽月□日はありがとうございます。その節は本当に……」と言ってくるのに対してAさんは「うん、うん」と返していたが、Bさんがそんなことを言うわけがない。考えてみればそれは自分が働いた日ではないか。つまり、自分がお膳を持って行った日だ。
うわ怖い、とは思ったものの、疲れていたため帰宅するとすぐに寝てしまった。
夕方頃に起きると携帯に留守電が入っていた。この固定番号は旅館だ、と思いメッセージを聞くと、半狂乱で人が叫んでいるような音声が入っていた。「なんで言われた通りにもてなさないんだ」というようなことを、ずっと誰かが叫んでいる。
女将かと一瞬思ったが、女将が怒ってもこのような声になるとは思えない。
叫び声はだんだんと増えていき、3人くらいになった時、ついに気持ちが悪くなり留守電を消してしまった。
仕方なく旅館に電話を掛ける。何か怒られるのだろうか。お膳を運ぶのをBさんにやらせたことだろうか。しかし、電話には誰も出なかった。
変だなと思っていると、翌日、速達で「仕事は急に無くなりました」という手紙が届いた。粗雑なことに封筒には残りの給料が直で入っていた。
それでこの話は一旦終わっていたのだ。
その後Aさんはカードの借金を返済し、結婚して子供も出来て、と順調に日々を過ごしていたが、最近になり偶然Bさんと再会した。
「ああー!お久しぶりです」と話しているうちに旅館の話になる。聞けばBさんのところにも全く同じ留守電が入っていたのだという。Bさんも気持ちが悪くなり途中で留守電を切ってしまった。そして翌日には封筒に入った給料が届いた。
だが、少し気になったBさんは旅館へ行ってみることにした。
留守電の直後、翌週くらいだっただろうか。知り合いに頼んでバイクに乗せてもらい、旅館へと向かう。しかし、バイトの時は送迎かバスでの移動だったために旅館までの道がわからない。
誰かに聞こうと思っていると、ちょうど公民館のような場所に人が集まっている。
「すみません、○○旅館って……」
「あの旅館はねえ、土砂崩れに遭ってねえ、従業員みんな見つからなかった」
Bさんは驚いた。最近雨は降っていないし、そのようなニュースも聞いていない。
しかし、その場にいる人は口々に「そうそうそう、あの旅館はね、土砂崩れに遭ってねえ」と言う。
ショックを受けたBさんはせめて花でも供えようと思い、駅前のスーパーで花を買った。
旅館の場所を聞き、そこへ向かう。だが、旅館はそこにあった。誰もおらず、KEEP OUTのテープが貼られていたものの、土砂崩れに遭った様子もなく普通にそこにあった。
旅館あるじゃん、と思い、再び公民館へと向かう。公民館には人がいなくなっていたが、近くを歩く人を見つけて「ちょっと、すみません」と声を掛ける。
「あの、○○旅館って、山の近くにあって、なんか聞いたら土砂崩れで……」
「ハイ! 土砂崩れに遭いましたよ」
その人は食い気味で答えた。
「従業員はみんなそれで、ちょっと見つからない感じですね」
じゃあ、とその人は去っていった。
いよいよ困惑したBさんは交番を訪ねた。
「すみません、あの、○○旅館って」
「ああ、あの旅館はね、土砂崩れに遭って従業員みんな見つからなかったんだよね」
「でも私行ってきたんですよ。そんな、すぐ再建するわけないし……」
「土砂崩れに遭ったんですよ」
「あ、はい……」
「だからあそこはもう無いんです」
「…………あ、分かりましたー」
Bさんはそう言って帰るしかなかった。
「おかしいですよね。みんな、もうそこ無くなったことにしてるんです。ヤバくないですか?」
「怖いね……」
「で、バスの中で、Aさん私と喋ったとか言ってたじゃないですか。私も寝てたんですけど、横に誰かいて話しかけてきたからAさんだと思ってたんです」
「ああそうなんだ……」
Aさんはバスの中で「その節は〜」とずっと言われていたことを話した。
「Bさんも同じようなこと言われてたの?」
「私、バスの中で、横に座った人に手を握られたんです。あったかい手でした」
Bさんはさらに続けた。
「『どうせ振り出しから間違ってたんだから。遅かれ早かれねえ。どうせ振り出しから間違ってたんだから。遅かれ早かれねえ』って、ずっと言われてたんですよ」
※ツイキャス『禍話』2019/12/14放送回(THE 禍話 第21夜)の一部を抜粋して文章化したものです。書き起こしにあたり表現を変えた部分があります。