【禍話リライト】アキフミさんの部屋

彼が大学1年生の時の話だという。

友達から「大学のイベントでお好み焼きを作ることになったから試作品を食ってくれ」と頼まれ、タダ飯だと喜んだ彼は電車で1、2時間ほど掛けて友達の大学へ行った。
到着してみるとそのサークルには男しかいなかった。女子はいないのかとがっかりしていると男子6、7人くらいが「じゃあ今からお好み焼き作るから」と、まるで「わんこお好み焼き」のように次から次へとお好み焼きだけを出してくる。お好み焼きしか出てこないのは嫌だなと思っていたら「夕方くらいから味変わるから」と言われ、期待していたら単に卵が追加されただけのものが出てきて「結局お好み焼きかよ!」となったりもしたが、なんだかんだで完成ということになり、飲み会が始まった。

飲み会で酷く酔っ払った彼は初めて友達の学生寮に泊まることになった。そこではべろんべろんに酔った6,7人の男たちが次々と気絶するように倒れていくという地獄絵図が展開された。

夜中にふと目が覚めた。とても喉が渇いていた。
周りを見ると全員よく寝ている。ここで水道の水を出せば音で皆が起きてしまうのではないか、そう酔った頭で変に気を遣った彼は、外の自販機に行こうと這うようにして出ていった。

夏の暑い夜だった。
スポーツドリンクを買い、半分飲んで半分頭に掛けて、とやっているとさっぱりして頭がシャキッとした。
「酒臭え部屋に帰って寝るか」と戻り、外廊下をトントントンと歩いて部屋に入ろうとしたところで気付いた。
隣の部屋が開いている。
それは外開きのドアだった。外に向かって開いたドアにスリッパか何かが挟まっている。
クーラーが駄目な人が風を通しているのだろう、と思ったが、部屋の中からえらく隙間風が来るような気がして何気なく部屋の中を覗き込んだ。
彼はぎょっとした。
玄関のドアのすぐ近くに男の人が体育座りで座り込んでいる。
驚いた彼は「すみません!」と言って部屋に戻った。

部屋に戻ると、彼が出て行った気配を察知したのか部屋の主だけが起きていた。「おう、大丈夫かお前」などと気を遣ってくれる。
「ごめんな飲ませ過ぎちゃって。うちそういうサークルなんだけど」
「いや良いんだけど、ごめんちょっとね、隣の人に迷惑掛けちゃった」
「えっ隣の人?」
隣の人と言えば普通分かるだろうに、部屋の主は「えっ何、なに隣って」などと混乱している。
何だろう、と思いつつも彼は経緯を話した。
「ちょっとドアが開いてて、ちょっと覗いたら、すぐそこに隣人の人が体育座りしてて目が合っちゃって、すみませんって言ったけどなんかちょっと気まずかったなあ」
「お前マジで言ってんのか」
「う、うん。マジだよ…?」
「おいお前それやべえ、やべえって」
部屋の主は全員を起こし始めた。せっかくいい気持ちで寝ているであろう他の5、6人を叩き起こし、一人一人に「アキフミさんがいる、部屋にアキフミさんがいるよ…!」と言う。すると全員が一発で酔いが覚めたように「えーちょっとマジかよ、ええ…」「おいアキフミさんかよ…!」と大パニックになりだした。
(アキフミさんって何だ)
一人取り残された彼はそう思った。
(アキフミさんってやべえ人なのかな。留年して何年も何年も大学にいるような、やべえ奴なのかな)
そんな彼を無視して皆は「やべえどうしよう」「参ったな」と小声で話し合っている。
「やべえよなやべえよな」
「どうする」

バーン!
いきなり、隣から壁を蹴られた。先ほどお好み焼きを作って散々騒いでいた時には何もしてこなかったのに、だ。
えっ、と驚いていると皆が壁に向かって「すみませんでした!」「すみませんでした!」と急に謝り始める。
えっ何なの何なの、と彼が混乱している間にも壁が何度もバーン!と蹴られ、その度に皆は「すみませんでした!」「すみませんでした!」と口々に謝る。
えー怖いなぁやだなぁ、と思っていると皆は「ちょっ、ちょっ、ちょっと、もう静かにして寝よう…」と言い、元々眠かったこともありすぐに寝てしまった。

そんな中、彼だけは意味が分からず目が覚めてしまった。そのうちにまた喉が渇いてきてしまった彼は外に出た。
隣のドアを見ると、閉まっている。
(壁薄いのに閉まる音しなかったな)
おかしいと思いドアポストから中を覗こうとした彼は、ドアに何かが引っかかっていることに気付いた。
それはガス会社の袋だった。つまり、この部屋は使われていないわけだ。
えっ、と思った彼はドアを開けた。
そこには誰もいなかった。家具も何も無いがらんどうの部屋だった。
さっき自分は明らかにドアが開いて人が座っているのを見ているのに、と怖くなった彼は部屋に戻った。

部屋に戻ると、また部屋の主が起きていた。
「お前、アキフミさんに失礼なことしてねえだろうな」
「え、隣、隣、誰もいな…」
「いねえんだよ」部屋の主は強い口調で言った。
「いないんだよ。いたんだよアキフミさんって人が! やべえ人だったんだよ! オタクで、昔のアニメとかばっかり大音量で掛けてて、やばくなってたんだよ最後らへんは!」
最後らへんは、というのが彼は気になった。
「アキフミさんってどうなったの?」
「それはいいんだよ!お前これ以上馬鹿なことすんなよ!」
怖くなった彼はそのまま寝た。

明け方になり、酔いが覚めた彼は(酔ってたし夢でも見てたのか集団幻覚とかかな)と思っていた。
ところが、7時くらいに隣からアニソンが流れてきた。10年くらい前に流行ったロボットアニメか何かの古いアニソンだった。何これ何これ、と思っていると、その目覚ましかラジカセのような何かをバーン!と蹴っ飛ばす音が聞こえた。
それを聞いた皆はガタガタと震えながら「アキフミさんだよアキフミさんだよ…」「アキフミさんが使ってた目覚ましのアニソンだよ…」と怯えている。
マジかよ、と思った彼はまた隣の部屋を覗いてみた。しかし、そこはやはり何も無いがらんどうの部屋だった。

彼は言う。あの部屋は角部屋で隣の部屋がアキフミさんの部屋だった、だから聞き間違えではないのだ、と。


ちなみに、その後彼は「お前はアキフミさんを怒らせたから」と早々に返されてしまい、本番のお好み焼きは食べられなかったのだそうだ。


福岡の大学の話だという。


ツイキャス『禍話』2017/2/24放送回の一部を抜粋して文章化したものです。書き起こしにあたり表現を変えた部分があります。