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フィリピン音楽と僕 10 - リスクテイキング

フィリピンの音楽に出会って20年ほど、今でも最初の頃のドキドキ感を失わずにいられるのにはいろんな理由があるけど、やっぱり常に新しい試み、新しい形のパフォーマンスがハイレベルを維持しながら続々出てくることにある。そんな聴くものに新鮮な感動を与えてくれる作品が生み出され続ける背景には彼らのリスクテイキングに対する姿勢があると思う。

Ryan Cayabyabが語っていた黄金時代1970年代〜80年代

2017年にInquirerから出版された1970~80年代のフィリピン音楽シーンをまとめたHimig at Titik
Ryan Cayabyabについてのインタビュー記事の冒頭

フィリピンポップスに功績を残した作曲家を中心に1970年代から80年代までのショービズ界をまとめた本がある。
フィリピンの全国紙Inquirerでコラムニストを務めているTina Arceo Dumaloさんが上梓した「Himig at Titik: A Tribute to OPM Songwriters」だ。
この本の冒頭でフィリピンポップス界の重鎮Ryan Cayabyab(ライアン・カヤブヤブ)氏が語った言葉が印象的だったので引用してみる。
the 1970s and 1980s were a great time for creative expression, when recording companies, producers, arrangers and songwriters felt comfortable about taking risks
もちろんこの頃のアーティストの姿勢はフィリピンにとどまらず日本を含めた世界中でそうだったのだろう。70~80年代に作られた音楽はいまでも輝きを失っていないし、現在の音楽にも大きな影響を及ぼしているような画期的なアイデアやサウンドが生み出されていることからも当時のクリエーターたちのリスクを恐れないポジティブで自由なマインドを窺い知ることができる。

今では世界的な不況と先行き不安に揉まれてしまった末にソロバン勘定の方が先に立つようになり、更には高度に発達したマーケティングリサーチ技術の影響などもあって、リスクテイキングすることがfeel comfortableだとはなかなかいえなくなっているのではないだろうか?

今もリスクテイキングを惜しまないフィリピンミュージックシーン

さて、フィリピンのミュージックシーンの現状はどうだろう?
フィリピンでは、上向きの経済や人口ボーナスによる将来の展望も手伝ってか、ここ数年多くの意欲的なレーベルが立ち上げられ、これまでになかった斬新な試みがなされている。

Tarsier records - Star music傘下のインディーレーベル

大手Star music傘下のレーベルTarsier records

その筆頭に挙げられるのが(フィリピン)国内最大手レーベルStar musicの傘下となるTarsier recordsだ。
このレーベルはStar musicと密接な関係を持ちながらも、Star musicが進めてきたOPMのメインストリームサウンドとは明らかに違った方向性だ。多様な個性を持った新人を起用し、フィリピン人アーティストが国内外で培った音楽性をインターネットを通じて海外の音楽ファンにもアピールしている。

Offshore music - Ely Buendiaが立ち上げたレーベル

Ely Buendia主宰のOffshore musicレーベルロゴ

1990年代〜2000年代にかけてフィリピンのロックシーンを席巻した伝説のバンドEraserheads。彼らがフィリピンのミュージックシーンに及ぼしたい影響は計り知れないが、リーダーのEly Buendia (エリー・ブエンディア)はPupil、The Oktaves、Apartelなど自身のバンドでもフロントマンとして積極的に活躍する傍ら、自身主宰のレーベルを立ち上げ独自の活動を展開している。それがOffshore musicだ。
フィリピンニューウエーブロックのパイオニアと評されるEraserheads, Ely BuendiaだがOffshore musicではブルースやファンク、ヒップホップなどの影響を受けたインディーアーティストも多数プロモート。もちろん自身のバンドApartelもこれまでにない多様なサウンドを表現している。

O/C records - ポップロックバンドCallalilyのKean Ciprianoが設立

CallalilyのリーダーKean Ciprianoが立ち上げたOC recordsのレーベルロゴ

人気ポップロックバンドCallalilyのリーダーKean Cipriano(キーン・シプリアーノ)が立ち上げたのがO/C recordsだ。
このレーベルはオルタナティブ系インディーロックバンドを主にプロモートしているが、話題となったのは、全国区の人気となったインディーズ四人組オルタナティブファンク・ロックバンドIV of Spades (フォー・オブ・スペード)のボーカルUnique Salonga(ユニーク・サロンガ)をヘッドハンティングしたニュースだ。
突如現れた凄腕バンドとして瞬く間に国内外の注目を集めたIV of Spades、人気絶頂のさなかにフロントマンが引き抜かれたことでファンの間に激震が走った。

もちろん、メジャーレーベルや実績のあるアーティストの後ろ盾のないインディーズアーティストも多くが自身のコンセプトを明確に打ち出したレーベル運営やライブ活動をしていることは言うまでもない。

今回は3つのレコードレーベルを挙げたがこの他にも、

Viva Entertainmentはメトロマニラの商業地区に小規模なライブハウスをオープン、知名度は低いが才能を見込んだ若手を定期出演させていた。その中にはKatrina Velardeのように世界的な注目を集め、彼女のライブの夜には欧米各国から来比したファンで連日満席になるアーティストも輩出した。(現在は閉鎖中)
一般の音楽ファンの中からも、自身のレーベルを立ち上げ過去の名作から最新アーティストの作品までをLPレコード(アナログ盤)でリリースするものも現れた。もちろん正規にライセンスされたもので、注目すべきインディーズアーティストや比較的新しいものでも埋もれさせるには惜しいと判断した国内メジャーアーティストの作品もある。昨今のアナログ復刻ブームと相まって海外での評判も上場のようだ。プレス枚数はお世辞にも多いとは言い難いが、レコード会社が乗り出して発売するには収益の面から躊躇するようなアーティストの作品をどんどんリリースし世に問う姿勢はまさにリスクテイキングだ。
また、所属の作曲家に大手レコード会社の色に合う作品やアーティストを育てさせるよりも個々のクリエーターに自身のレーベルという一つの部門を与え、自分たちの思い通りの創作活動を後押しする動きも目立つ。

僕自身はこうしたフィリピンのミュージックシーンの動きを好意的に見ているのだが、批判的な観点から考えると、大手資本が失敗した時に許容できる範囲での資金提供をし、うまくいかない場合は切り捨てるという皮算用が働いているのかも知れない(実際にそういう部分もあるだろう)し、全てのケースがアーティスト自身が身銭を切ってリスクを負っているわけではないという考えもあるだろう。
しかし機会を与えられたクリエーターたちが伸び伸びと個性的な作品を作り出し、シングルチャートを席巻するヒット作も生み出している現状を見れば、やはりフィリピンの音楽界が全体として守りに入るのではなく、攻めの姿勢で創作活動をしているからこそ彼らの作り出すものが国の枠を超えて世界のリスナーを魅了していると思えてならない。
既存のスタイルに限界を感じ、新たな方向性を模索していた大手レーベルと、自由な発想で自分たちのサウンドを世に問いたいと思っているローカルアーティストの思いがいい形で融合したと言えるのかも。

今回挙げたレーベルやアーティストがリリースした楽曲の中で注目のトラック。

これは新人シンガーソングライターのMiguel Odron(ミデュエル・オドロン)がTarsier recordsから2021年にリリースしたシングル。オーストラリアのエアサプライの70年代のヒット曲Lost In Loveをブラジル発祥のボサノバを思わせるリズムに乗せて、彼が学業のために渡米していた時身につけたR&B風ボーカルで歌っている。フィリピンが得意とするハイブリッド感覚を凝縮させたようなトラックだ。

Offshore musicを主宰するEly BuendiaのバンドApartelのシングル。
エレピとホーンをフィーチャーしたファンキーチューン。
ロックとファンク・ブルースの融合系。
ブルースやファンクといった黒人音楽の要素を積極的に取り入れるようになったEly Buendia、Offshore musicに在籍しているローカルアーティストもロックだけでなくR&B/ファンクやヒップホップ系のアーティストなど多彩な面々だ。

O/C recordsに移籍したUnique Salonga在籍時のIV of Spadesのスタジオライブ。Uniqueは2018年にソロ第1弾となるサイケデリックロックアルバムをリリース、ベーシストでバンドリーダーのZild Benitezもバンド活動と共に2021年にはインディーズレーベルからソロアルバムもリリースしている。


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