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フィリピンのボサノバ人気と変遷 Bong PeneraからSitti〜現在まで

フィリピンは昔からボサノバが大人気。ボサノバのリズム・サウンドを用いたシングル曲がチャートに登っていない時も街でボサノバを聴くことはそんなに珍しいことじゃない。
僕は若い頃からジメジメシトシト鬱陶しい時期に心身をクールダウンしてくれるとしてボサノバを愛聴してきたけど、フィリピンのボサノバもカッコいい作品やアーティストが多いので、日本の梅雨の時期、フィリピンのボサノバの変遷を簡単すぎるほど簡単・ザックリだけど追っかけた記事をアップしておこうと思う。

ジャスファンク〜ラテン系のバンドExtrapolationと今フィリピン最高の若手女性シンガーと思ってるMarga Jayyがコラボした最新シングル(2024年2月リリース)Patay-Sindi (on and off)。
これが今年聴いた最新のフィリピン産ボサノバ。
最高にカッコよかった!
この曲がきっかけでフィリピンのボサノバを改めて聴き直してみた。



フィリピンボサの始祖Bong Penera

フィリピンのボサノバプレイヤーとしてまず挙げられるのがジャズピアニストでシンガー・ソングライターのBong Penera(ボン・ペニェラ)だ(Peneraは正確には真ん中のnにチルダ(~)がつき、ペニェラと発音される)。
Bongはブラジル人以外でボサノバをプレイするアーティストの中でもトップクラスの評価を受けている。

1977年にリリースされたBong PeneraのアルバムBatucada Sa Calesaの2曲目に収録されているSamba For Luisa。
Samba For LuisaはBongのオリジナル曲だがボサノバの名曲「イパネマの娘」をオマージュした曲で、イントロのスキャット、1番と2番でボーカルが男性から女性に切り替わるところ、ボーカルが切り替わるに伴って歌詞もポルトガル語から英語に変わるところなどの構成を忠実に再現している。
違うのは男性ボーカルパートがポルトガル語ではなくタガログ語なところと、スタンゲッツのサックスソロのところにBongのピアノソロが入るところ、そして最後の部分でイパネマの娘ではアストラッドジルベルトの「but she doesn't see…」が繰り返され得るところを冒頭のスキャットに戻しているところ。
構成的にはほぼイパネマの娘に忠実なSamba For Luisaだけど、曲の雰囲気は少し違って、コード進行やメロディの展開などはイパネマの娘を収録したアルバム「ゲッツ/ジルベルト」の3曲目に収録されているPara Machucar Meu Coraçãoの方を感じさせる。
ソロも流れるようなBongのピアノソロの方がデカすぎる(汗)音量のスタンゲッツのSaxより控えめで優しい感じがする。
個人的にはイパネマの娘をオマージュした曲では世界的にもトップクラスの出来なのでは・・・と思っている。
アルバムBatucada Sa Calesaからもう1曲、A面1曲目のBeat Contemplationを。
こちらはセルジオ・メンデスのマシュケナーダやクインシー・ジョーンズのソウル・ボサ・ノバに通じるアップテンポなジャズ・サンバでBongと女性ボーカルのMila Garciaの絡みやピアノソロが独特の緊張感を出している。

このアルバムは世界中のボサノバファン、マニア、コレクターから高く評価されていて、2019年にリイシュー盤LPがリリースされたときにはかなりの話題となった。
ところで、Bong Peneraの曲でフィリピン国内でフィリピンで最もポピュラーなボサノバは1976年にリリースされたSamba Songだ。

この曲は数多くのポップアーティストにカバーされている。おそらくメジャーかローカルかに関わらず、フィリピンでボサノバできます!というアーティストでこの曲をレパートリーにしていない人(グループ)はいないだろう。

「ボサノバアーティスト」の不在

Bongのボサノバは玄人筋はもちろん一般のポップファンの間でも親しまれたが、80年代になってもフィリピンでのボサノバ熱は収まらず、ポップヒット、ディスコヒットをボサノバ風にアレンジしたコンピレーションアルバムも数多くリリースされた。ライブハウスやナイトクラブなどのステージでもボサノバのリクエストは多いし、ボサノバの曲をレパートリーにしていたり、ボサノバっぽいアレンジができるローカルグループは数多い。

(マニラのライブハウスを拠点に活動するローカルバンドFatsessionのオリジナルボサ「Kung Sexy Lang Ako」)

ブラジル!ボサノバ!夏!という貧困なボキャブラリー(汗)の僕は、フィリピンでボサノバアレンジでリメイクしたクリスマススタンダードのアルバムがリリースされているのを知り、結構驚いたものだ。
しかしこれほどボサノバが人気なフィリピンにあって、「ボサノバシンガー」「ボサノバアーティスト」を名乗るアーティストはこれまで一人も出てこなかった。ボサノバの曲が自身のSignature hitとなっている始祖Bongですら自身を「ボサノバアーティスト」と呼んだことはないし、メディアも彼をジャズキーボーディスト、シンガーソングライターとして紹介している。さらにボサノバを専門に歌うアーティストもいたが、彼らも自身を「ボサノバシンガー」とは言わなかったようだ。

ボサノバクイーン Sitti Navvaroの登場

(Sittiのデビューアルバム「Cafe Bossa」)

しかしそこに2006年、彗星のように現れたのが女性「ボサノバ」シンガーSitti Navarro(シッティ・ナヴァロ)だ。
実は彼女は最初からボサノバを歌っていたわけではなく、アマチュア時代には後にJuris Fernandezをリードボーカルに据え全国的な存在となる人気バンド「M.Y.M.P」のボーカルを務めたこともあるポップロック系のシンガーだった。その彼女がどういう経緯か「ボサノバシンガー」としてソロデビューアルバム「Cafe Bossa」をリリース。一気にヒットチャートを席巻した。多分メディアも「ボサノバシンガー」としてアーティストを紹介するのは初めてだったと思う。
このアルバムにはイパネマの娘はもちろん、One Note Samba、Waveといったボサノバスタンダードから、Tattooed On My Mind、Close To Youといったポップヒットもボサノバアレンジでカバーしている。もちろんBong PeneraのSamba Songも収録されている。
Sittiの活躍で、Pavi、Sofia、Raffi Quijanoらボサノバをメインにレコーディングしていたローカルアーティストの作品も日の目を浴びることになった。Sittiはまさにフィリピンの「ボサ・クイーン」なのだ。

(Bong PeneraのSamba For Luisaを歌うSitti。キーボードはフィリピンポップス界のマエストロRyan CayabyabとフィリピンNo.1R&BバンドSouth BorderのリーダーJay Durias)

カバーにオリジナルに・・・

ボサノバスタンダード、ポップヒットのボサノバアレンジ、そしてオリジナルボサノバナンバーまで、フィリピンでは結構「ボサっぽい」サウンドの曲は人気だ。

(Paviのアルバム2006年。Night And Dayのボサノバアレンジ)

セッションシンガーMel Faustoが企画盤の中でレコーディングしたクリストファー・クロスのArthur's Theme(日本では「ニューヨークシティセレナーデ」という邦題で知られている)。

90年代のフィリピンポップス界を代表するポップバンドTrue Faithのオリジナルヒット。これもボサノバベースのリズムで作られている。

2020年代

今フィリピンでは一番最初に挙げたMarga JayyのPatay-Sindiなど、よりラテンクロスオーバー+αなサウンドが増えているが、1番のお気に入りはこれ。

Miguel Odronが2021年にリリースしたシングル。
エアサプライの70年代の大ヒット曲をボサノバベースのリズムとハスキーなR&B系ボーカルでアーバンポップチューンに仕上げたLost In Love。

フィリピンとボサノバ〜ワールドミュージック

Sittiがヒットしてる頃、マニラのCDショップの店員にどうしてボサノバが好きなの?と聞いてみたことがある。
すると「リラックスできるから」という答えが返ってきた。
歌詞の内容は結構重いものが多いボサノバだけど、サウンド面では確かにそうだ。
僕はボサノバのオリジナルであるポルトガル語の響きがスペイン語の影響を色濃く受けたタガログ語やビサヤ語を話すフィリピンの人に受け入れやすかったのでは?という気もしている。
それにフィリピンはスペインの植民地支配下に置かれていた時代、メキシコのアカプルコ経由で船による季節風貿易の中継地点となっていたので、カリブ海〜ラテンアメリカ地域の文化と馴染みがあったというのもあるかもしれない。実際フィリピンのコミックソングと言われる楽曲の中には「テックスメックス」の影響を感じるものも少なくないからだ。
南米(スペイン)だけではない。ミンダナオ島の古い地域音楽を見たり聞いたりしていると、インドネシアなど対岸のアジア地域やもっと遠く中東〜アフリカの影響なのでは?と思うものもある。
フィリピンはこれからも世界の様々なアイデアを吸収しつつ魅力的な作品を作り出していくのだろうと思う。

おまけ(お宝映像?)

時々見るYoutube動画。
1984年にBong Peneraがテレビ出演した時の模様で、ゲストに一時期Bongのバンドでも歌っていたコメディアン・シンガーのJacqui Magnoが登場。One Note Sambaを歌っている。ソースがVHSなので後半で画像が乱れたりする(汗)が、Jacquiの軽妙なトークとハイクオリティな歌と演奏のギャップが楽しい。

BongのバンドCalesaの由来と当時の活動拠点
Bong Peneraは現在アメリカ在住、時々地元のホテルなどでピアノを弾いているようだがフィリピンでヒットを飛ばしていた頃はマニラのホテルのライブスペースを拠点としていた。
マニラ湾沿い、パサイシティにあり、元々はSheratonとして建てられ、その後Savoyを経てHyatt Regency Manilaと名前を変え、今はMidas と呼ばれているホテルだ。
ここのエントランスにあったライブスペースが「Calesa(カレッサ)」Barだったので店名がそのままバンド名になった。アルバムBatucada Sa Calesaのジャケット写真にはCalesa barに掲げられていた絵が使われている。
今は残念ながら絵は撤去され、店名も変わってしまっているけれど、若いミュージシャンによるライブは演っていた(2019年)ので、そこからBongのような才能が出てくるかも・・・

(Hyatt Regency Manilaの頃のホテル外観)
(現在のMidas Hotel)

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