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世帯年収データで見る所得分布の変化-どの年収で最も多くの世帯が暮らしている?-

神奈川大学 経済学部
浦沢聡士研究室
土井龍馬・浦沢聡士

経済学部浦沢ゼミでは、官民が保有する様々なデータを用い、横浜市で起きていることを可視化し、その成果をコラム形式で発信しています。今回は、世帯年収データを使って見えた横浜市の姿を紹介します。横浜市ではどの年収で最も多くの世帯が暮らしていると思いますか?


 横浜市に関する様々なデータを用い、市で起こっていることの見える化をしてみよう。今回は、世帯年収データを使って、どのくらいの年収で、どのくらいの世帯が暮らしているのかを見る。

 世帯年収データとは、1世帯当たりの年間収入額を記録するものである。収入や所得を記録するデータについては、政府の統計に限ってみても幾つかの調査があるが、ここでは、市町村レベルでのデータをダウンロードすることが出来る「全国家計構造調査」(総務省)を用いる。この「全国家計構造調査」は、国が実施する統計調査の中でも特に重要なものと位置付けられ、5年に一度、日本全国の世帯の消費や所得、預貯金などの金融資産、借入金、また、世帯構成、世帯員の就業・就学状況などの実態が詳細に調査され、報告される。最新の調査は2019年に実施されたが、その結果が2021年に公表されている(次回の調査は2024年に実施予定)。

 世帯年収データは、勤め人であれば勤め先からの収入、自営業者であれば事業からの収入といったものから、利子・配当金、年金、家賃・地代、仕送りに至るまで暮らしの中で得られる様々な収入を世帯単位で集計したものであり、その多寡は、稼ぎ方や稼得能力の影響を受けるとともに、例えば、現役世代については共働きなのか否か、また、現役を引退して年金暮らしになるなどのライフスタイルの影響を受ける。また、どの程度の年収で、どのくらいの割合の世帯が暮らしているのかといった、いわゆる所得分布を見る場合には、高齢化の進展や単身世帯の高まりといった社会構造の変化による影響も受ける。このように、世帯年収データは、単に賃金に代表される労働所得を反映したものではないが、いずれにせよ、1年間で得られた収入を捉えるデータであり、人々の暮らし向きを占う上で重要なデータと言える。

 人々の収入について、国や地域といった視点から評価を行う際、平均値や中央値といった代表値に加え、代表値では捉えきれないその実態を詳細に捉えるため、所得分布が用いられる。世帯収入については、低収入で暮らす世帯が増加する一方で高収入を得る世帯も増加しているなど、格差拡大の懸念の下、昨今では「分厚い中間層の再構築」などの議論がなされることも多いが、横浜市における世帯(2019年でおよそ140万世帯)の所得分布、及びその変遷を見る。具体的には、2004年、09年、14年、そして19年に実施された「全国家計構造調査」から得られた世帯年収データを用いて所得分布の変化を見てみる。横浜市では、どの年収で最も多くの世帯が暮らしているのだろうか、また、そうした特徴に変化は見られるのだろうか。

 まず、図1を用いて、2019年における横浜市の所得分布(左図、黒色)と全国の所得分布(右図、黒色)を見ると、両者とも200~400万円の所得層で世帯割合が最も大きいことがわかる。他方、両者の特徴的な違いとして、全国では200~400万円の所得層をピークに、1250~1500万円の所得層にかけて世帯割合は減少していくが、横浜市では、800~1000万円の所得層で世帯割合の高まりが生じている。

 そこで、こうした違いがもともと生じていたのかを確認するため、横浜市の所得分布の変遷(左図、青色から黒色への変化)を確認すると、まず、2004年以降、所得分布が全体的に左に移動している動き(つまり、より低い所得で暮らす世帯の割合が増えている)は全国と同様であることが確認できる。こうした動きが、中間層の再構築といった議論に繋がっているのであろう。次に、問題である、横浜市の800~1000万円の所得層に着目すると、2014年から2019年にかけて世帯割合が増加していることがわかる。

 こうした全国的には見られない変化が横浜市固有の現象なのかを確認するため、図2で、横浜市と人口や経済の規模が似ている大阪市、名古屋市、札幌市について見ると、横浜市以外の都市では、基本的には全国と同様に、200~400万円の所得層をピークに、世帯割合は減少していく姿が確認された。

 では、横浜市に見られるこうしたデータの動きの背後には何があるのだろうか。図3では、図1でみた横浜市の所得分布を、全ての世帯のうち世帯主が勤め人である勤労者世帯に限って見ているが、800~1000万円の所得層における世帯割合の高まりがより顕著に確認できる。1つの仮説としては、横浜市で共働き世帯が増えた結果、当該所得層の世帯割合が高まった可能性も考えられる。そこで、「全国家計構造調査」を用い、800~1000万円の所得層における有業人員(世帯の中で何らかの仕事に従事している人数)の変化を見たところ、2019年にかけて大きく増加しているといった姿は確認できず、原因の解明に至ることはできなかった。

 昨今、所得格差の拡大や貧困の高まりといった問題が政策課題の1つとなっており、ジニ係数や相対的貧困率などいくつかの専門的な指標を用いて議論されることも多いが、そうした指標の基となる所得分布、及びその変化を見える化することで得られる示唆も多い。上述の横浜市固有の特徴も含め2024年の横浜市の所得分布はどのような姿になるのだろうか。所得格差の傾向を捉える上で世帯年収データは欠かせない。

「横浜見える化研究-官民データを用いた地域活動の可視化-」について
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https://www.kanagawa-u.ac.jp/news/details_26870.html