多言語社会の日本
世界はますます多言語になっている。世界の人口を見ると一つの言語を話すモノリンガルの人より二つ以上の言語を話すマルチリンガルの人が多い。英語圏の国も多言語になっている。アメリカでは約 2 割の家庭は、スペイン語をはじめ英語以外の言語を使用している。また、オーストラリアのおよそ四分の一世帯は、家庭内で英語以外の言語を話す。
日本は単一言語の国として知られているが実は日本も多言語社会である。一例を挙げれば北海道には昔からアイヌ語が存在し、アイヌ語の地名は多数ある。沖縄にも琉球諸語(琉球方言)が話されている。また、何世代にも亘り日本に生活してきた在日の韓国人と中国人も自分の言語と文化を持つ。
現在の日本の社会は、人口の移動によりさらに多文化的、多言語的になっている。日本企業の会社員と彼らの家族が海外駐在することにより、帰国子女という日本人のバイリンガルを作り出す。また、日本に移住する外国人が増え、彼らの人口は、現在日本の約2%を示している。昔から外国との繋がりがある横浜市は、今も全国の在留外国人数のランキングの上位にあり、多くの外国人がここに暮らしている。
在日外国人は、仕事、勉強又は結婚のために来日し、家族連れも少なくない。現在、日本の小中高校に在籍している外国児童生徒は 4 万人以上にも及ぶ。また、日本には国際結婚間の子どもも多く、約 50 人に一人の割合で存在している。彼らは日本で生活する上で日本語を学習することはもちろん、親とコミュニケーションをとるために親の言語も身につけなければならない。親の言語を話せることは、外国にルーツを持つ子どものアイデンティティ発達を促進するためにも必要である。
外国人と多文化共生をするために日本はますます多言語社会になっている。この変化の兆しは、一部の店名看板、街区表示板や地下鉄案内掲示板などが、英語をはじめ多言語で表示されていることからうかがい知れる。公共空間で目にする書き言葉の研究は、「言語景観」と呼ばれ、近年、社会言語学において著しく発展している研究分野である。「言語景観」の研究は、世界各地で様々な観点からの研究が行われている。日本の場合、東京の店名看板などの言語使用を中心に研究が進んでいる。
言語景観の研究により、日本の多言語表示の数は増えてはいるがまだ少数であることが分かった。過半数の多言語表示は、日本語と英語のバイリンガル表示である。英語の表示が多い理由は、英語が世界の共通語で多くの外国人がそれを理解できると思われているからである。しかし、日本語も英語も十分に理解できない外国人も必ずいる。彼らにとって、分からない表示ばかりの環境での生活は不便に感じるだろう。また、災害が起きた場合、必要な情報を受け取ることができない恐れもある。これからますます外国人と多文化共生する日本においては、この問題をより早急に対応する必要がある。
地域によっては英語以外の外国語が使用されている場所もある。特に、中国語と韓国語の表示が英語の次に多い。東京の秋葉原には多くの中国人の観光客が訪れるため中国語の店名看板がよく見られる。また、東京の新大久保と大阪の生野区は、昔から韓国人が生活している地区であり、今も韓国語が使用されている看板が並んでいる。それと比べ、東京の表参道のデパートと専門店は英語以外にフランス語とドイツ語の表示が見られる。ヨーロッパの言語を使用するのは、ヨーロッパ人の買い物客のためのではなく日本人の客に向けて高級感を演出するためだと考えられる。
中華街をはじめ横浜でも多言語の表示が見られる。昔の中華街は、在日中国人が暮らしている街だったが近年の中華街は、商業化された観光地になった。それでも、今の中華街を訪ねると昔のままの暮らしを発見することができる。多くの観光客が賑わう中華街大通りから少し離れれば、中国人向けの商店があり、ちまきを包むためのハスの葉っぱなど日本であまり見られない食品や食材が並んでいる。また、昔のままの八百屋さんもあり、そこで珍しい果物や野菜が販売されている。ここでの値札の一部は、日本語ではなく中国語で手書きのものである。このような値札をみると買い物する客は中国人であることが分かる。また、店に入ると上海語、福建語や客家語など様々な中国の方言が交わされる光景がみられ、中国の様々な地域から来た中国人がここを訪れることが分かる。このように、日本にある多言語現象は、目に入る言葉だけではなく耳に入る音声もある。中華街に行く機会があれば、商業化された店だけではなく、少し冒険して昔のままの生活が残されている店も発見してみて欲しい。
『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。