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学問への誘い

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『学問への誘い』は神奈川大学の教員が大学と学問の魅力を伝えるために執筆したエッセイです。自身の経験など踏まえ個性豊かな作品が多数収録されています。 1986年創刊、2020年か…
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#学問への誘い2020年度版再掲載

妖怪が語る近世 ―「ヘマムシヨ入道」を読む―|関口博巨

 子どものころの日曜日の夕方、私は水木しげる原作のアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』を欠かさずに観ていた。「ゲッゲッゲゲゲのゲー、朝は寝床でグーグーグー、楽しいな楽しいな、お化けにゃ学校も試験もなんにもない……」というオープニングの歌をききながら、本気でお化けや妖怪を羨ましく思っていた。その名曲は、日曜の終わりと憂鬱な一週間の始まりを知らせる合図のようでもあった。鬼太郎は大好きだけど、この歌をきくと勉強嫌いの私の気分は落ち込んだ。  『ゲゲゲの鬼太郎』は妖怪ブームの先駆けといわれる。

異国に行って学ぶこと|灘山直人

 異国に行くと何か新しい刺激を得られるような気がする。日常から離れた場所に身を置くことで、気分転換できるとともに、もしかしたら日本にはない刺激を得られるのではないかと心のどこかで期待する。それは出張中の会社員であっても、旅行中の家族であっても、留学中の学生であっても、定年退職後に海外移住した人であっても共通して抱くものではないだろうか。私もそんな異国での刺激を期待して30歳を過ぎてフィンランドで暮らし始めた。最初は何でも面白く映り、日本との違いを探せばいくらでもあった。気候、

「お祈りメール」なんて怖くない|湯川恵子

 大学生のほとんどが考える進路選択イコール就職先選びは、ある意味で学生にとって初めて社会を「自分事」として捉える場となる。どんな会社に入社したいのか、どんな仕事をしたいのか、自分に向いている仕事は何か、こうした問いに真剣に向き合うことになる。しかしいざ就職試験に行っても不採用通知を受け取ることは少なくない。「末筆ながら、貴殿の今後のご活躍をお祈り申し上げます」で締めくくられる不採用通知を皮肉って「お祈りメール」といわれるようになった新語だが、誰が言いはじめたのか「言い得て妙」

働き方改革から学ぶ、学生生活|大竹弘和

長時間労働による過労死や自殺、残業代の未払いなど、我々にごく身近な「仕事の問題」が大きく社会問題化されるようになってきた。電通女性社員の過労死は社会に大きな衝撃を与え、2019年4月から働き方関連法案が順次施行されている。残業時間の罰則付き上限規制や勤務間インターバル制度、同一労働同一賃金、高度プロフェッショナル制度など、政府の規制によって企業の義務(一部努力義務)が制度化され、日本人の「働き方」は大きく変わろうとしている。 しかし皆さんの多くが就職するであろう「企業」は利

文化比較を通じて「知る」に至る|中村隆文

よく「自分が何者であるのかを見つけるのが大事だ」とか「自分を見つめなおす必要がある」という台詞を耳にするが、そのためには、自身の内面だけでなく、自分の外部にも目を向ける必要がある。 たとえば、「自分はまじめな学生だ!」と意識していても、友人たちの授業出席率が95%であるということを知ったのちに、70%程度の出席率でしかない自分と比較してみると、最初の自己認識が不十分なことを反省することにもなるだろう。 そう。「自分を知る」というためには、「学生」「若年層」「日本人」etc…

ヨーロッパの街角から考える事|久宗周二

人は旅に憧れる。旅では、いろいろな新しい発見や体験ができる。そればかりか、日常から離れることによって、普段の自分の生活や考え方を見直す機会になる。 ましてや、海外に行くと普段当たり前と思っている習慣や、考え方を見直す機会になる。物事を測る時には、外から物差しを当てないとわからない。海外に行って、少しだけ日本を外から見るだけでも、そのような機会になると思う。学生時代はひと月単位でヨーロッパやアメリカを回った。その時のいろいろな体験や出会いが、今の自分に生きていると思う。さすが

卒業研究「Y君の話」|堀 久男

高校生の諸君はまだ知らないと思いますが、大学の授業科目のうち、机に座って講義を受ける科目は、その理解度を期末試験やレポート提出で採点されて、百点満点中六十点以上が合格、つまりその科目の単位が取得でき、六十点未満だと不合格となります。成績は前期と後期の年二回発表される成績表に出ていて、成績のパラメータであるGPAがいくつになったとか、あるいは進級できるかとか、学生本人あるいは保護者の方が一喜一憂するわけです。 ところが理学部化学科にある卒業研究I

「知」ってなに?|関 真彦

もうずっとはるか昔、私はある大学の文学部に入った。 というか入ったつもりだった。 しかしその大学では最初の二年間、教養学部に入れられ、小説を読む授業なんて週に一回あればいいほうで、ずっと政治だの法律だの仏教だの、当時の私にとっては何の役に立つのかわからないことを学んでいた。なんでこんな興味のない授業を受け、粛々とテストを受けて単位を取らねばならないのだ、大学っていうのは義務教育の延長線上にあるのか、そう思った私に大人たちはこれは「知」のためである、と物知り顔に言うのだった

手頃な石を探す旅|海谷治彦

20年ほど前、成田空港から都内に向かう電車の中で、サラリーマン風の男たちの雑談が聞こえてきた。彼らは老人の趣味について語っており、三段階の形態を述べていたと思うが、内一つは忘れてしまった。彼らによると、忘れた何か(一つ)と盆栽を経て、最終的には「石磨き」に到達するらしい。 そういえば、亡くなった祖父も石磨きをしていたことを思い出した。当時まだ若かった私は、さすがに自分にはまだ早いなと思いつつ、それでも、磨くのに手頃な石を探すのは良いかなと思うようになった。 こうして、手頃な

「当たり前」が「当たり前」ではない|芦田裕介

改札を抜けると、そこは迷宮だった― 渋谷や新宿、東京や横浜などの大きなターミナル駅に着くと、私はよくそんな経験をする。出口に向けて歩いているはずなのに、一向に地上の光が見えてこない。それどころか、途中でほかの路線やショッピングセンターに迷い込んでしまう。ようするに、駅のなかで迷子になるのだ。そんなときに私は、「ああ田舎者だな」と思う。 私が生まれ育ったのは、岡山県の北部にある山と田んぼに囲まれた小さな町だ。実家から近くのバス停やコンビニまで行くのに、車で10分以上かかる。

法学とはどういうものか|小谷昌子

わたしはラジオを聴くのが好きなのだが、ここ数年、夏休みや冬休みによく聴いているのがNHKラジオ第一『子ども科学電話相談』である。中学三年生までの「子ども」からの「なぜ鏡に映ると左右が逆になるの?」「なぜ魚はアニサキスでお腹が痛くならないの?」といった素朴な疑問に、その道のプロの先生が答える番組である。 2017年8月30日放送の『夏休み子ども科学電話相談』では、「どうしてパンツを履かなければいけないの?」という質問が寄せられた。つい笑ってしまいそうになる質問だが、自然科学的

クリエイティブ・マインド ―ものごとを見る目とクリエイティビティ―|道用大介

大学では様々なことを学びますが、私はみなさんに「ものごとを見る目」と「クリエイティビティ」を大事にしてほしいと思っています。経済・経営系の学部ではその分野の理論、分析手法、過去の事例、価値観などを学びますが、これらは「ものごとを見る目」を鍛えていると捉えていいでしょう。しかし、一方で文系学部での「クリエイティビティ」というとピンとこないかもしれません。 クリエイティビティというのはものごとをよく見て、感じ、考え、自分の外に適切な形でだしていく(形にしていく)ことだと私は考え