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本当(ガチ)のメンヘラと付き合って、日本刀で斬りかかられたのち心の病気になりたい

「ねね」
「今日のみゆビジュどうだった」
「?」
「ねえ」
「おい」
「寝た?」
「寝た?」
「死ぬ」
「しんぢゃう」
「不在着信」
「不在着信」
「おい、なあ」
「殺す」
「ブチ殺す」
「不在着信」
「不在着信」
「不在着信」
「返事して」
「殺すぞおい」
「40分後に刺殺するぞ」
「家行くね」
「不在着信」

失敗した。完全に失敗した。
いくら、いくら小雨美憂が可愛いからとはいえ、幼馴染とはいえ、明らかに俺に好意を向けているからとはいえ、絶対に生半可な覚悟で告白するべきではなかった。
彼女はメンヘラだ。それもTwitterの1ページ漫画で軽々しく消費されているような可愛らしいものではない、速やかに福祉に繋がった方がいいタイプの、気合の入ったメンヘラだ。現に今、10分ほどLINEを返さなかっただけでかなり具体的な殺害予告をされている。家にも来そうだ。

「ね。。。」
「鬼lineしてごめんね。。。」
「返事してょ。。。 怒ってないょ」
「デパたん」
「デパたん 殺すぞ きょお 未明」

『いついかなるときもみゆの不安と鬱を止めてくれますように』という素朴な願いを込めて、彼女は俺をデパスたん、転じてデパたんと呼ぶ。彼女は交際相手のことを、薬局を介さずに手に入る自分専用の抗不安薬だと思っているのだ。
付き合った途端に週に9度のデートはもちろん、一日88回のハグ(末広がりだから)、原稿用紙5枚分の愛の言葉、精神科医が過労死するほどのメンタルケア等々を要求された。
流石にこちらの身がもたないと距離を置こうとしたこともある。その後2時間ほど音信不通になり、いよいよ捜索届を出そうとした矢先にLINEが届いた。
「ぃま5人の男女と共に地下室にとぢこめられた」
「天井から水が注がれている。。。」
「ねぇ、、、くるしいよ、、、、、、、、、」
「カギを捜さなければ。。。。。。」
「カギ みつけた」
「だしゅつ」
美憂は、自傷行為の一環として自らデスゲームに参加していたのだ。俺は女性経験がなかったので、彼氏の気を引くためにデスゲームに挑み生還してくるタイプの女性がいることをこのとき初めて知った。それ以来、彼女の要求は絶対に断らないようにしている。
だから今日も俺はLINEを返す。こうなった美憂が落ち着くまでにトーク画面は2kmくらいの長さになる。

「本当にごめんなさい寝てました許して」
「は?自分がねれればみゆがやんでもいいの」
「そんなわけないよ!美憂がだいじょうぶであることは全てに優先するよ!!1ヶ月記念日に俺の基本的人権プレゼントしたでしょ!!」
「俺 って言わないで!!!!!!!!!!!とげとげしてる感じして病むって言った!!!!」
「デパくんは美憂のことマジで大好き大好き🫶」
「どれくらい」
「冬の砂漠に昇る満月くらい」
「だめ その例えもうきいた」
「メープルシロップの小瓶くらい 夕暮れの商店街くらい 朝食ビュッフェくらい 朝食ビュッフェのスクランブルエッグくらい クリームを絞ったココアくらい Francfrancのクッションくらい 近所にできたデカいTSUTAYAくらい」
「全部聞いた!!!!!!!!!ガアアアアアアアアアアアア必ずや殺す!!!!」
「おじいちゃんが完全に趣味でやってる古本屋くらい!」
「利益とか防犯を度外視した?」
「そう!店の外にも本棚ある 500円のでっかい画集もある」
「ぅん。。。。うれし」

もう俺の大好きの比喩は限界を迎えつつある。それを書き綴った専用のノートもある。何はともあれ、落ち着いたようで助かった。

「でももう近くきてるから家いくね」
「やった! 掃除して待ってるよみゆたん」

終わった。おそらくまだキレている。セコムのいちばん強い人とか呼べないだろうか。とりあえず家にある全部の南京錠をかけておこう。

「デパたん、きちゃった」
「みゆた〜ん!ベランダから来てくれたんだぁ!窓とかどした?」
「割ったよ〜」
「ありがとね〜!!」

怖すぎる。
美憂はもう都市伝説に片足を突っ込んでいる。

「あのね、ちょっと寂しいなーってことがあってね、今日来たの」
「なになに?どうしたのぉ?」
「これ、見て」

そう言って美憂は一枚の写真を取り出してみせた。俺が大学の友人と連れ立ってトイレで用を足している写真だった。

「え、これ俺、じゃないデパたん?め〜っちゃよく撮れてるじゃん!大好き!これがどうしたの?」
「あのね、みゆがもし男の子だったらデパたんとこうやって連れションできたのかなって思ったらね、なんか切なくなった」
「そかぁ〜!!」
「そかぁじゃねえよブ男。なんでみゆが出来ね〜ことをこの知らない男とやってんだよっつってんだ。察しろやマジで。鬱」

おいおいおいおいおいおい。連れションにまで嫉妬してたら世話ねえよ何なんだよマジでこいつ。

「でもね、こいつは本当に弟みたいなもんだから!やましい気持ちとかないし!このとき残尿エグかったしね、全然楽しくなかったよォ!!」
「そうゆうこと言ってんじゃねえよダボ!!!みゆが!!デパと共有できない楽しみを!!一丁前に味わってんじゃねえええよ!!ヘボチンが!!もぉいい。こぉす(殺す)」

そう言い放ち彼女は、背に担いだ日本刀をすらりと抜き放ち、構えた。『霞の構え』だ。
ゴスロリファッションに日本刀を合わせるセンスはほんっとうに大好きなんだけどなあと思いながら、俺は迫る刃を紙一重でかわす。

「避ける!!な!!!飛燕(ぴえん)!!!!!!」

翻した切先が鼻を掠めた。佐々木小次郎のそれを思わせる、美しい剣技である。

「お前は!みゆの!!デパスだろうが!!」
「みゆが病んでるんだからよぉ!!!一刻も早くみゆのベンゾジアゼピン受容体と結合しやがれ!!出来損ないの唐変木がぁ!!!!」

五月雨のような斬撃がフローリングに切り傷をつけていく。そして、俺の眼前を走った必殺剣が棚の上の花瓶を薙ぎ払い、それは音を立てて割れた。
俺と美憂がただの幼馴染だった頃、彼女が俺に贈ってくれた初めてのプレゼントだった。
それで俺のなにかが決壊した。

「うわぁあぁあぁあ……!」

「あっ、ご……ごめんね、デパたん……」
「……もういいよ殺して。俺を殺して美憂。もう耐えらんない。限界だから」
「はっ……え、え?」
「もう無理……無理だわ俺。めん、メンヘラってさあ……!もうちょいなんとかなるもんだと思ってたんだよ俺。ちゅきだよーとか言ってればさ、マメに連絡さえしてればさあ、制御できるもんだと思ってた。俺ならできるって、幸せにできるって思ってた。ごめんだけど逸しちゃってる。常軌。だって俺聞いたことねえもん叔母の連絡先まで消させる奴」
「だっ……だって女じゃん……」
「芽生えねえよ恋は三親等先とはぁ!!この部屋に監視カメラ6個ついてんのも知ってんだよぉ!!6カメで盗撮する奴も聞いたことねえんだよ!!」
「見逃したくないんだもん……」
「うぅ……あぁ……つ、連れションしたとき……!ストレスでぇ……紫のおしっこ出たぁぁぁ……!!うわああああん!!!!!!!」
「ヤダァあああ!!知らない病気……!」
「うわああああああん!!!!!」
「んえええええええあぁぁ!!!!」
「うわああああああーもう……もういいや。死の、一緒に死のう。洗剤飲も、ボールド、ボールド飲もうよ、ね」
「うん、のむ。みゆ、ボールドいく」

俺たちは涙と鼻水と血でぎとぎとになりながら、お揃いのマグカップにボールドを注いだ。2週間溜めた衣類を一気に洗濯するときくらいの量のそれを、せーので煽る。フローラル&セボンの香りが臓器を満たし、手のひらに互いの体温を感じながら俺たちは意識を手放した。
こんな終わりがあってもいいかもなと、少し思った。



翌朝俺たちはピンク色のあぶくを吐き散らしながら目を覚ました。

「げほッ……あ、これ、病みかわでエモいかも……ストーリーあげるね……ごバァッ」

なんなんだよこれ。
意味がわからない感情が押し寄せてきて、俺は小さく笑った。

俺たち、来月結婚します。

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