いつも気づくのが5年遅い

今日こそは元旦の西武・そごうの広告について。
まず、先述の通りわたしの住む街には西武がないので(そごうもない)わたしがこの広告について知ったのは新聞紙面ではなく、J-CASTのこの記事でだった。
https://www.j-cast.com/2019/01/07347424.html?p=all

「議論を呼んだ広告」として出会ってしまったので、純粋にこの広告を見たらどういう印象だったのかは今となってはわからない。
ただ、そういうものとして見ても「そんなに目くじら立てなくても…」というのが正直な感想だ。

とはいえ、パイで汚れた女性を見て気分が良くなるのはそういう性癖をお持ちのごく限られた人たちだろうし(逆に不快感を抱く人は少なくないだろう)、クールに社会問題に切り込むにしても、元旦の新聞広告というTPOをもう少し尊重しても良かったのではないかと思う。
たとえばこれがアバンギャルドなファッション誌に掲載されていれば、また違った受け取られ方をしたかも知れない。

コピーについても色々言われている。確かに、よく分からない。

女の時代、なんていらない?

女だから、強要される。
女だから、無視される。
女だから、減点される。
女であることの生きづらさが報道され、
そのたびに、「女の時代」は遠ざかる。

今年はいよいよ、時代が変わる。
本当ですか。期待していいのでしょうか。
活躍だ、進出だともてはやされるだけの
「女の時代」なら、永久に来なくていいと私たちは思う。
時代の中心に、男も女もない。
わたしは、私に生まれたことを讃えたい。
来るべきなのは、一人ひとりがつくる、
「私の時代」だ。
そうやって想像するだけで、ワクワクしませんか。

わたしは、私。

だってそもそも入口からして

女の時代、なんていらない?

ってなってるけど、いらないでしょ。なぜ疑問形?「いらないわけない」が前提な時点で違和感。
そしてその辺をボディの後半で「私たちは思う」とかさも新しい考え方のようにドヤってるっていう。

わたしの勤め先は大きからず小さからずな制作会社で、ここ何年かコピーライターの採用活動をしている。求めているのは「実経験のある若手」だが、そんな人はいないらしく、応募者は大抵「経験のある中高年」か「未経験者」だ。

未経験者の中には大学は出たけれど、な、第二新卒みたいな人もいれば、別分野の会社に就職はしたけれど、やっぱり制作がしたくて…という人もいる。前者はまあ人がらさえ良ければ育成枠として検討の余地があるのだけれど、問題は後者だ。

33歳の彼女は大学を卒業後、大学職員として10年のキャリアを築いたが、入試広報の業務に役立てようとコピーライター養成講座を受講したことをきっかけにコピーライターを志すようになったという。

33歳、未経験。人がらは申し分ない。
あるいは男性なら、迷わず採用となるのかもしれない。しかし、彼女は…
さあ、どうする?

今日はここまで。



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