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ジョージア映画「金の糸」

 素敵な映画だった。
 どうしてジョージアの人たちはこんなにも深く人の心を見つめて時空を超えるような作品を創ることが出来るのか?
 2024年9月25日(水)、ジョージア映画祭でかかっている名作「金の糸」(ラナ・ゴゴベリゼ監督/2019年/カラー/91分)を東京・渋谷のユーロスペースで観た。ジョージア初の女性監督ヌツァ・ゴゴベリゼの娘ラナが27年ぶり、91歳の時に製作した作品である。
 この映画では2つの「歴史」が平行して描かれてゆく。
 一つは女と男ーーここでは作家エレネと過去パートナーだったマルチルーーの現在と過去という個人の歴史。
 もう一つはソ連時代を含めたジョージアという国の歴史。
 ソ連時代に役人だったミランダが話に”スパイス”を加えている。ミランダは主人公エレネの娘の義理の母である。
 その二つの歴史が時にシンクロしながら物語が進んでゆく。
 タイトルの「金の糸」(英語タイトルはGold Thread)とは、割れたお皿などを金(きん)を使ってつなぎ合わせる、日本の「金継ぎ(きんつぎ)」という手法から着想を得ており、老いても過去を金継ぎのように修復出来るという思いが込められている。

作家エレネの孫娘が触れている金継ぎされた壷の絵

 そしてもう一つ重要なテーマが隠れている。それは生と死だ。
 生がきらきらと輝いている若かりし頃のエレネとマルチルが路上で踊る回想シーン。そして、死をも考えざるをえない年齢に来ている二人が一本の電話から交流を再開して電話で語り合う現在。
 死の一部としての生あるいは生の一部としての死ということが言われている。これを聞いて思い出したのは作家・村上春樹の代表作の一つ「ノルウェイの森」の一節だー「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」。同じことを言わんとしていると感じる。
 印象的なセリフがいくつもある。一つは「過去に囚われてはいけない。でも過去を壊してもいけない」。
 壊してはいけないが、今それを修復することは可能だという一つの希望がこの映画の肝になっていると思う。
 そんなことを強く思わせてくれるのがエレネとマルチルの関係だ。
 若かりし頃路上で踊っていた二人。ラストでは現在の二人がそれぞれの居場所で踊るのだーエレネは自宅で、マルチルは車いすに乗って自宅で。
 何て優しくて美しい表現なのだろう。
 こんなセリフもあるー「別れは存在しない。あるのは一つの大きな出会いだけだ」。どういうことか?ここでは神の存在がほのめかされていると私は思ったのだが、どうだろうか?

若い頃のマルチルの写真を見るエレネ

 ラナ・ゴゴベリゼ監督の母ヌツァはソ連時代にスターリンの大粛清に巻き込まれてシベリアに10年間、流刑された。
 ラナは孤児院に収容され、その後は叔母に育てられた。ラナは強制収容所から出たヌツァと再会した。
 映画ではそれを想起させるシーンがある・
 エレネの母親が収容所で作っていた小さな人形をエレネと同じ名前を持つひ孫と一緒に見ていると、そこにソ連の役人だったミランダがやって来る。
 収容所に入れられた側と入れた側。
 緊張したやり取りが続く。
 そして収容所から出た後に作った人形には色が塗られていないが、それはそのままでいいというのだ。

エレネ、ミランダ、エレネの娘(左から)

 2022年3月6日付「LEE」電子版によると、ラナ監督は次のように母親について語っていた。「母が映画監督だったということはもちろん、子供の頃から知っていました。ただ、母が作った作品は公開禁止にされて、周囲の誰もその作品を見たことがなかったんです」。
 「母自身は、強制収容所から戻ってきてから、自分の作品について全く何も語りませんでした。どうして何も語らなかったのか、それは今でも分かりません。恐らく、あまりにつらい時代を過ごしたからだろうと」
 「自分が一生懸命作った、女性監督としては初めての作品が公開禁止されるのと同時に、政治家である夫はスターリンの大粛清で銃殺されたわけです。そこから強制収容所に送られるというあまりにもつらい経験をしたから、自分の記憶から消したかったんだろうと私は想像しています」。
 「映画監督時代のことについて何も語りませんでしたが、強制収容所にいた頃の事についてはたくさん語ってくれました。それについての本もその後、書きました。私が母の作品に特に関心を抱くようになったのは、母が亡くなってからでした」
 「でも、知りたくても資料が残ってなかったんですね・・・(しかし)数年前、モスクワの映画アーカイヴに作品が残っていることがわかり、修復されて、今ではいろんな場所で上映されるようになりました」。
 「このことは、母がその自分の作品と共に私の人生に帰ってきてくれた、戻ってきてくれたように感じています」。てくれるような気がして嬉しく思っています」。

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