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今日の精神医療と将来

 長年入院中心主義を取って来た日本の精神科医療の世界で入院治療への過度の依存から脱却し、地域社会への患者の復帰を促しサポートする取り組みを進めてきた岩手県盛岡市の「未来の風せいわ病院」の智田文徳理事長は2023年11月29日(水)にオンライン講演を行った。
 「うちの病院は50周年を迎えました。これから50年後も社会から必要とされるにはどうしたらいいのか。考えながらやってきました。今存続の危機です。もしかしたら、この10年でなくなるのではないかという危機感を抱いています」と智田理事著は冒頭に述べた。
 智田理事長によれば、昭和の頃の精神医療は統合失調症、かつては精神分裂病をいわれたものを治らない病だとして扱いました。また患者は「身内の恥」であり、病院に行かせることで「厄介払い」し、一生みてくれる病院があるのだという一般的な認識だった。
 智田理事長の父親が病院を開設した1973年、日本全体が強制入院政策を推進し、統合失調症モデルの病院作りをし、長期療養・収容を核としていた。2004年に父親から常勤として病院を引き継いだ。
 昭和の「未来の風せいわ病院」には「一つの家族のような雰囲気」があったという。病院主体で年間行事を数多く実施した。例えば、夏祭り、カラオケ、クリスマス会などである。

未来の風せいわ病院

 しかし、智田理事長が引き継いだ当時、多くの種類の薬を大量に処方する他の精神病院と同様だったため「どうやって単剤・少量に出来るかと考えました。また多業種による心理社会的療養も始めました」。
 「その結果、薬の単剤化・少量化をすると症状や認知機能が改善したのです。患者が変わっていくのです。病院内から地域の共同住宅に退院し、病院スタッフが訪問するようになった人もいました。思いました。彼らの何十年もの入院の意味って何だったのか。薬をなぜ大量に使ってきたのか」。
 日本の精神科病院はある時から「老人ホーム」になってしまった。2004年に65歳以上の入院患者が全体に占める割合は40.7%だったのに対し、2021年には62.6%に増えたのである。

病床使用率急減が経営問題に
 その一方で新規入院患者は減り、高齢者には亡くなるものも出て「死亡退院」してゆく。その結果、全国の精神科病院の病床使用率は2005年の93%から2022年の82%に急減した。つまりこの20年で20パーセントの病床が不必要になったのである。
 入院患者を減らそうとすると外野の声もうるさいという。例えば、「どんどん退院させる医者がいるので困る」「無責任だ」「ベッドを空けたら病院が潰れてしまう」・・・しかし、智田理事長は「病院で暮らす方が幸せだと思い込ませて、そこで人生を終わらせてしまっていいのか」と問う。
 確かに「日本では入院させるほうが儲かる。退院ばかりさせているとジリ貧になってゆく。それに病床が減っても専門家は必要なことには変わりなく、人件費比率はかえって上昇します」と智田理事長。
 だが、イタリアでは隔離政策から地域社会で生活する道へと精神科医療制作の舵を切り、それを医療も地域もサポートすることに成功している。

イタリア精神医療改革の中心人物バザーリア


 「地球上でうまく行っている所があるのだから、どうして日本でも出来ないのだろうか」。智田理事長の病院では2008年、地域以降推進室を設立して、さらに地域社会への生活移行をサポートしている。
 そもそも日本の精神科病院の病床数の多さ、入院日数の長さは国際的にも問題視されてきた。精神科病床数は33万8000床(2014年)。人口1000人当たり2.7床で、諸外国に比べてとびぬけて多い。例えば、ベルギーは同1.7床、ドイツは同1.3床だった。
 平均在院日数は274.7日(2015年)、すなわち約9カ月。韓国の124。9日、イギリスの42.3日、スイスの29.4日、ドイツの24。2日などとの比較でも、日本の平均入院日数は非常に長い。
 さて、智田理事長は年60-70回、小学・中学・高校で精神疾患などについての授業を行っている。「一つの大きなテーマが若者の自殺です。10代の若者、特に女子の自殺が、コロナのせいもあって、増えている」。
 「生きづらさを抱えてしまう。助けを求めにくい。声が出しにくい。仲間を見つけにくいい。そういう世の中になっている。延長線上に”トー横キッズ”(新宿歌舞伎町の高層ビル周辺の路地裏にたむろする若者たち)、市販薬の過剰摂取などがあるのだと思います」。

内部崩壊が始まった日本の精神医療政策
 精神科病院に看護師として長く勤務した氏家義章さんは「日本は73年間、安かろう悪かろうの精神医療を続けてきた。しかし、内部崩壊が始まっています。外から見ると何も変わっていないように見えますが、根幹の部分が壊れ始めていると思っています」と述べた。
 厚生労働省の「病院報告」によると、2021年度の精神科病院の病床使用率は全国平均で83・6%だった。
 氏家さんは「病床使用率が95%以上なら「青信号」で経営安泰、90~94%なら「黄信号」、80%台に突入すると「赤信号」で経営は危険ラインに突入」するとみているが、全国平均はすでに赤信号だということだ。
 最後にまとめとして挨拶した、障害者を支援する「社会福祉法人きょうされん」の藤井克徳理事長は「同じ制度であっても智田先生のように実践出来るんですね。同じ日本でありながら差が出るんだなと思いました」。
 「私は2つの団体の改革が必要だと考えています。ひとつは日本精神科病院協会(日精協)。日本の精神科病院の8割が民間でほとんどが入っているのが日精協です。それと学会です」と話して締めくくりとした。

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