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落語日記 伝統のコンテストに挑戦した若手落語家の皆さん

第32回 北とぴあ若手落語家競演会
9月5日 北とぴあ つつじホール
若手落語家が話芸を競い大賞を決めるコンペ形式の落語会。今回で32回を迎える伝統のある会で、現在人気の落語家も大賞を受賞してきて、若手の登竜門とも呼ばれている落語会。受賞結果は落語協会や芸協のホームページで告知されるくらい、この会の大賞受賞は業界でも評価されている。そんな会なので、存在は知ってはいたが、私は今回が初参加。
今年のゲストは、第5回の大賞受賞者であり、会場のある北区在住である三遊亭遊雀師匠。そして出場者として、贔屓の三遊亭遊かりさんと春風亭一花さんが出演。特に、ゲストの師匠の前でのコンテスト参加という、大変なプレッシャーの中で遊かりさんがどんな高座を見せてくれるのか、そんな興味もあり、お邪魔してきた。

この競演会の審査員は、観客全員。座席には投票用紙が配られている。出場者のうち一人だけ選択し、最も投票数の多かった演者が北とぴあ大賞を受賞、次に多かった演者が奨励賞を受賞するという仕組み。専門家の評価が全く入らず、会場で聴いた観客の投票のみで決められる。
私にとって、コンテスト形式の落語会は初体験。それも、観客の投票によって優勝が決まるという観客にある程度のプレッシャーのかかる落語会だ。そんな会なので、初参加の感想としては、贔屓の落語家が出演するコンテストは気楽に楽しめるものではなかった、というものだった。司会のサンキュータツオさんは気楽に投票してくださいと、何度も繰り返し呼びかけていたのが、私には印象的に聞こえたのだ。
特定の贔屓の落語家が出場するので、他の演者の出来に関わらず、この贔屓に投票しようと思って出掛けた私みたいな観客は、おそらく少数派だと思われる。
それは、どの落語家の受けも良く、落語を素直に楽しんで、そして客観的に審査しようといういう暖かい落語ファンの皆さんが集まっているような雰囲気が感じられたからだ。どの演者に対しても等しく受け入れ、熱演に喝采を贈る観客。素晴らしいと思う。勢いのある将来有望な若手を評価することで応援しようという落語ファンが集まっている。

また、観客の皆さんが審査員として客観的な判断を心がけていることは、審査の結果からも伝わってくる。今回は、入船亭小辰さんが大賞を受賞された。投票しなかった私が言うのも何だが、小辰さんの大賞受賞は十分に納得できるものだ。
落語は趣味嗜好のもので、好みが分かれるので、評価は難しいと思う。しかし、この日の小辰さんの一席は大賞に相応しい見事なもの、私もそう感じた。古典でありながら、夫婦の会話が、ボケの要素が協調されたコメント力の強いセリフが盛り沢山また、そのセルフを活かす表現力も抜群だったし、オリジナルな下げも見事だった。
そんな自分の評価と、この日の大賞の結果が違っていなかったのは、皆さんも同じ観方だったことが分かって嬉しかったし、私の落語力も満更でもないと妙な自信を得た。

なので、審査員としては客観的評価で投票すべきところが本分なのだろうが、参加の動機が贔屓を応援するためであり、投票行動も当初の目的どおり。
しかし、この日は贔屓二人が出演。どちらに投票するか、これが何とも悩ましい。おまけに、この日の出来が二人とも良かったから、なおさら決めかねてしまった。六人から一人選ぶより、二人のうちどちらか選ぶのは、本当に難しかった。結果、どちらを選んだかは、内緒にしておきます。
応援団としては、その高座を楽しむというより、何とか躓かず終わって欲しい、会場に笑い声を溢れさせて欲しい、高評価を得て欲しい、そんな思いで観ていた。まるで、家族が出場する試合を観戦する親族のように。これが、気楽に楽しめるものではなかった理由である。そんな中で、遊かりさんが奨励賞を受賞。観客として、非常に嬉しい贈り物をいただいた気持ち。

出場できるのは、落語協会と落語芸術協会の二ツ目のみ。この日は、落語協会からは、林家はな平さん、入船亭小辰さん、春風亭一花さん、落語芸術協会からは、瀧川鯉津さん、昔昔亭喜太郎さん、三遊亭遊かりさんがエントリー。
この会は、協会対芸協の対決という雰囲気がある。この日も、協会の芸風と芸協の芸風の違いが鮮明になったように感じた。
遊雀師匠もおっしゃっていたが、賞争いに馴染まない芸風もあると。それは、何となく分かる気がする。言葉で表現するのは難しいが、コンテストの優勝と演者の面白さはイコールではないということだと思う。演者の個性が十分に発揮されていれば、本筋から外れていても楽しいし、観客も満足するのだ。
この競演会は、この日の高座だけの評価で決める一発勝負だし、クジ引きで決めた出演順の影響も結構あると思う。また、参加するメンバー同士の相性もあると思う。なので、受賞されなかった皆さんも落ち込む必要は全くない。
そんな中で奮闘し熱演された出場者全員には、本当に拍手喝采をお贈りしたい。

司会の米粒写経は、サンキュータツオさんのみ出演。これは、相方の居島一平さんがコロナに感染し、現在経過観察中のため出演を自粛されたから。演芸界にもコロナ禍が押し寄せてきている。相方がいないなか、サンキュータツオさんがお一人で見事な司会ぶり。お二人そろった司会も観てみたかった。

立川幸吾「山号寺号」
この日の前座さん。持ち時間5分で盛り上げてくれ、との無理難題。しかし、見事に役割りを果たした達者な前座さん。トントン落ちの噺をやりますと、観音様参詣に向かう若旦那と幇間の会話が始まる。前座らしからぬ達者な口調。将来が楽しみ。

林家はな平「片棒」
クジ引きで決められた出演順で、トップバッターという不利な順番に当たってしまったはな平さん。やりにくところだが、落ち着いていて安定感のある高座ぶり。
マクラも正統派の寄席で聴くような定番の話から、ケチの噺へ。この日感じたのは、正蔵師匠に似てきたということ。やはり、師弟は似てくるという理論は正しい。本寸法で正統派の一席は、コンテスト向きか。

入船亭小辰「替り目」
こちらは、マクラから、ご自身の経験談を面白可笑しく話し、観客を小辰ワールドへ引きずり込む。飲屋のカウンターで、たまたま隣り合った酔っ払いのオジサンとの会話が楽しい。落語家と名乗ったら、談志、三平は知っているというこのオジサンが、落語に詳しいのか詳しくないのか、話していても分からない。この辺りから、酔っ払いの小噺で沸かし、本編も酔っ払いの噺。
持ち時間の制限のあるなか、長めのマクラで本編はコンパクト。そして、下げがオリジナルなもの。噓をつくとき下唇が出るという亭主の癖を上手く使ったもの。この下げが良く出来ていて、愛妻亭主の本音を語る場面で、女房が冷たく突き放すようでいて、本当は嬉しさの裏返し、気丈な女房の照れ隠しに聞こえる下げ。この下げで大賞をものにしたような気がする。

三遊亭遊かり「ちりとてちん 嫁姑Ver.」
三番手を引き当てた遊かりさん。この後が仲入りで、なかなか良い順かもしれない。
登場するなり、師匠に見られながらのコンテスト出場は自分だけというハンデをアピール。また、北区在住は私だけ、師匠も北区、地元の常連さんに地元アピール。これが良いツカミとなって会場の暖かな雰囲気を呼び寄せる。
嫁と姑の噺を演ります宣言。何の噺だろうと思っていると「ちりとてちん」の改作だ。姑の誕生祝いのご馳走を、調子の良い次男春彦の嫁竹子に食べさせ、知ったかぶりで口の悪い長男秋彦の嫁松子にちりとてちんを食べさせるという筋書き。登場人物の設定以外は、ほぼ原作どおり。この改作は見事だった。
この設定を変えることによる面白さは、シチュエーション・コメディが得意の遊かりさんらしさあふれるもの。得意の分野で挑戦してきたところは、さすが。地元贔屓だけではない、噺の工夫と熱演が高評価につながったと思う。

仲入り

瀧川鯉津「代書屋」
鯉津さんは、初めて拝見。芸協の寄席に似合う落語家さんだなあと感じる。
このお馴染みの演目も、演者によってずいぶん異なる。芸協での筋書きなのか。前半は訛りの強い女性の恋文を代書し、後半は履歴書を頼みに来た二人組との遣り取り。どちらも馬鹿々々しく、クスグリの多い爆笑の場面が続く。短い時間に押し込めた瞬発力のある高座は、まさに寄席向き。
後半では、散々尋ねて履歴書を書いた後、もう一人のお連れさんと思っていた方が本当の依頼人であることが判明するという衝撃の下げ。落語協会では聴いたことのない代書屋は、私にとっては新鮮で面白かった。

昔昔亭喜太郎「お菊の皿」
喜太郎さんは、久しぶり。こちらはご自身の経歴を語るマクラが面白い。前職が、政治家の事務所勤務。でも仕事でやっていたことは前座と同じで、転職した意味がない。身分で言うと、私は下(げ)の下の下。なので、下下下の喜太郎と覚えてください。そんな楽しいマクラで、結構受けている。
本編は、お菊さんが最初からはっちゃけている一席。お馴染みのお菊さんは、辛い仕打ちによる恨み骨髄で神妙に化けて出ていたはず。喜太郎さんのお菊さんは、そんな出自を感じさせないふざけた幽霊。この弾けぶり脱線ぶりが可笑しい。喜太郎さんのキャラに合わせたような改変。これも意欲的なチャレンジだ。

春風亭一花「黄金の大黒」
最後の出番が一花さん。コンテストに於いては有利な出番。まずは、この出番を引き当てたことをネタにしたマクラから。自分は、引きが良い。くじ運も強いし、コロナも陽性になった。一花さんのコロナ感染は落語ファンにとっては有名な話。今はすっかり元気になられたようで、一花ファンとしては、ほっとひと安心。
本編は、長屋の衆がワイワイガヤガヤと楽しい一席。登場人物の全員が男性で、それも大家さんや長屋の職人衆など、女流にとっては不利にも思える演目。仕草で演じ別けるというより、セリフで多人数の個性を表現しなければならない。この噺をあえて選んでの挑戦とは、一花さんはセリフ廻しに自信があるからだろうと推察。
長屋の衆は、みな江戸弁を強く意識したようなセリフ。威勢がよくて、べらんめえ口調。話す内容からも、皆がさつでいい加減な様子が伝わってくる。ここは一花さんの得意とするところだ。しかし、女流であることを消し込むためか、かなり乱暴さが協調されたもの。勢いある熱演ではあるのだが、この辺りが不利に評価されたのかもしれない。でも、よく頑張りました。

仲入り

三遊亭遊雀「寝床」
この仲入り中に投票用紙を回収し、遊雀師匠の高座の裏で集計作業を行っているようだ。
いつもの表情で登場。まずは、出演者の熱演を労うお言葉。皆んな、個性を存分に発揮していたとのこと。
遊雀師匠は、舞台袖で皆さんの熱演を聴いていたようなのだ。それを聞くと、皆さんのプレッシャーは如何ばかりかと思う。ゲストとしての一席の披露のみならず、コンテストの様子を見届けてから、その感想を伝えてくれるというのは、落語愛にあふれる遊雀師匠らしさだ。

本編は、得意の一席。先輩として後輩たちに聴かせた爆笑の一席。若手二ツ目たちの熱演を受けて、また弟子の熱演を受けて、ベテラン真打としての貫禄と技量を見せつけた一席だった。
また、この一席の中にも遊雀師匠の得意技、前方のネタを取り込むというぶっ込みが炸裂。これは、義太夫を奉公人に聴かせることになって、それぞれの奉公人はどうした?と尋ねる場面で登場。この商家には、一番番頭から六番番頭が居るようだ。この一番番頭の用事が赤螺屋の葬式へ行っているから始まって、六番番頭まで挑戦者のネタが取り込まれている。このとき、途中で度忘れ、次は何だっけと会場に尋ね、観客が答えて噺が進むというアクシデント。これも会場との一体感と臨場感を生み、楽しいアクシデントとなった。
その他にも、長屋の衆が来られない言い訳に、コロナ禍も登場させ、時流も取り込む新手も見せた。そんな楽しい高座であっという間に結果発表の時間となった。

結果発表と表彰式
出場者全員が舞台に勢揃い。主催者の財団法人の役員の方が、結果を発表し、遊雀師匠がプレゼンターとなっての表彰式。今回は、近年稀にみる接戦だったらしい。
北とぴあ大賞の入船亭小辰さん、奨励賞の三遊亭遊かりさん、おめでとうございます。
師匠から賞品を手渡された遊かりさんが見せる素直にすごく嬉しそうな表情と、ちょっと照れ臭さそうな遊雀師匠が対象的で、なかなかに素敵な師弟でした。

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