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落語日記 人生経験を活かした新作落語を創作した二人の落語家

三遊亭遊かり独演会 vol.8
9月26日 江戸東京博物館小ホール
この会は、遊かりさん自ら主催されている独演会で、第一回から訪問している。前回は緊急事態宣言下の6月20日、今回もその状況は変わっていない。客席の配置が市松模様にしているところも同じ。この日も常連さんで、ほぼ満員の盛況。
今回のゲストは、笑福亭羽光師匠。前回の瀧川鯉八師匠と同じく、芸協の先輩で独自世界の新作で人気の先輩。鶴光師匠のお弟子さんで、東京の寄席で活躍されている上方落語家。さがみはら若手落語家選手権、北とぴあ若手落語家競演会、NHK新人落語大賞と、若手落語家対象の賞レースを総なめにした実力者だ。

この会のゲスト選びは、遊かりさんが尊敬する先輩、背中を追いかけたい先輩をお招きして、遊かりさんご自身もゲストの高座を楽しみたいというコンセプト。この遊かりチョイスのセンスはなかなかのもの。私の好みとも合っている。この日の羽光師匠も、初めて生の高座を拝見したときから、その魅力に取りつかれた注目の奇才なのだ。
なので、この会の魅力は、遊かりさんとゲストの化学反応が生み出す楽しい雰囲気にある。尊敬する先輩にゲスト出演してもらって、遊かりさんのテンションアップ。また、ゲストも遊かりさんに呼んでもらえたと、他の会では見られない表情を見せる。ゲストが必ず遊かりさんをイジルのが楽しい。この日の羽光師匠も、ここには書けないエロさ全開での遊かりイジリを見せてくれた。
そんな、遊かりさんとゲストによるコラボならではの楽しさが、この会の魅力なのだ。

桂伸ぴん「転失気」
前回に続けて登場。真面目そうで、楽屋仕事もきっちりこなしているような感じ。遊かりさんの信頼も厚いのだろう。下げが初めて聴く型、オリジナルなのか。

三遊亭遊かり「幇間腹」
マクラは、当然、先日の北とぴあ若手落語家競演会での奨励賞受賞の報告から。ご贔屓さんを前に嬉しそうな表情での報告を聞いていると、こちらも嬉しくなってくる。こんな報告は大歓迎。
また、前座選びの話題。女性落語家の独演会では、頼む前座は毎回変えるのが通例らしい。なぜなら、同じ前座ばかりだと、その前座と出来ているのではないかとあらぬ疑いを持たれかねないかららしい。今回の前座さんの伸ぴんさんは、前回から連続。あらぬ疑いを掛けられたい、と笑いを取る。

毎回のようにゲストの紹介。尊敬する先輩がゲストに来てくれたことが嬉しくてたまらない様子の遊かりさん。新作も掛ける遊かりさんにとって、今回のゲストの羽光師匠は敬愛すべき新作派の先輩だ。羽光師匠の新作の根底にあるテーマは、エロ。自他ともに認めるもの。ふざけた芸風のように見えるが、その実は、新作落語に対する熱い情熱を持っていて、遊かりさんに新作とは?と、打上げで真面目に熱く語るそうだ。このエロい芸風と落語に対する情熱との間にギャップがある。このギャップに、遊かりさんは萌えるらしい。こんなゲスト紹介の時間も楽しい。

さて、本編導入のマクラは、幇間の解説から。お座敷芸なので、客と対面する芸の大変さは落語家と違う。そして、昔の幇間の話で、落語家より儲かる商売だった。落語家を辞めて幇間になり、お金を貯めてから落語家に戻った人もいたことを紹介。
このエピソードはまさに、三代目春風亭柳好師のこと。そして、この三代目柳好の得意ネタと言えば「野ざらし」で、噺全体が唄うような一席と評されている。なんと、この幇間のエピソードから「野ざらし」に繋がり、この噺がトリの一席に登場することになろうとは。これは、遊かりさんが忍ばせた伏線だったのだろうか。
マクラからテンションが高かった遊かりさんが、そのハイテンションのまま突入した本編。若旦那のみならず、幇間の一八も嫌がる本心を隠してハイテンション。このテンションのまま一気に駆け抜けた一席。

三遊亭遊かり「伝説の販売員」
いったん下がって、羽織を着替えて再登場。二席目は、遊かりさん作の新作。今まで作った新作は9作品。うち高座に掛けられるものは4作品だそうで、この噺はそのひとつ。
新作は温かいお客さんの前で演れ、というのが新作派の先輩からの教え。ご贔屓さんの多いこの会での高座は、この教えを実感されていることだろう。
本編は、遊かりさん自身の池袋のTデパート日本酒売場での販売員経験を活かした噺。この後に登場する羽光師匠が掛けた私小説落語を意識したかのような、遊かり版の私小説落語と言える。
販売員時代と落語家人生がほぼ同じ長さとなったと、なかなかに感慨深か気に語る。十年くらい経っているが、今でも当時のお得意さんの顔や名前を憶えているとのこと。なので、記憶にある当時の販売員経験は、新作の素材となりうるもの。そんな実体験を元に、舞台は新宿にある百貨店ニセタンの地下の洋菓子売り場、マカロンで有名なブランドの店舗での二人の女性販売員の日常という設定に変えた噺。

販売員アルアル話やデパ地下の豆知識を盛り込みながら、販売員の心構えというかプロ意識や職業上の矜持を根底に感じさせる一席となっている。おそらく、当時、遊かりさんが先輩から教えられた販売員としての心構えなどが反映されているはずだし、遊かりさんの当時の売場での奮闘ぶりが伺える噺になっている。
遊かりさんは長い社会人経験を経てからの落語家入門で、その経験を芸に活かしている。順風満帆な人生ではないかもしれないが、そんな人生経験は、感情の機微の表現者として、けっして無駄になっていないと思う。

仲入り

笑福亭羽光「私小説落語~月の光編~」
遊かりさんのあれだけの前振りがあったので、客席の大いなる期待を感じる満場の拍手でお出迎え。
まずは、話題となった芸風、エロの路線の話から。すぐにセクハラと批判されてしまう昨今の風潮で、ご自身の芸風のエロが発揮し辛くなってきたとの嘆き。女流落語家をエロ視線でイジルのが難しくなってきた。その中で、芸協で唯一イジレル女流落語家が遊かりさん。これには、会場も妙に納得して爆笑。

本編は、ご自身の経験を題材にした私小説落語シリーズの一編で、エロ本の自販機があった時代の高校生三人組が見せるドタバタ劇。誰にでも思い当たる青春時代の甘酸っぱい思い出を描いたもの。
私の世代なら、皆覚えているエロ本の自販機。ネットが無かった頃、ビニ本と呼ばれるエロ系の雑誌や写真集があり、当時の青少年のエロ心を満たす対象となっていた。
このエロ本の自販機は、商品サンプルが見える前面のガラスには、ミラーフィルムが貼ってあって、昼間は商品が見えず、日が暮れると商品が浮かび上がって見えるようになっていたのだ。この自販機の薄明かりを、羽光師匠は月の光と名付けた。1980年代の前半が自販機の最盛期だったようだ。羽光師匠の高校生の頃は、最盛期は過ぎていたようだが、まだまだ稼働していたはずだ。

誰にも見られないようにこっそり買うという背徳感やドキドキ感。今思えば、本当に笑い話のような状況。これを見事に再現してくれた羽光師匠。無性に懐かしく、そして胸が締め付けられるような感覚。誰にでも感じる過去の自分に対する郷愁を呼び覚ます一席。ご自身の体験を元に、青春時代の挫折や劣等感を笑いに変えて見せてくれる羽光師匠の私小説落語。まさに羽光ワールドを堪能させてもらった一席。
羽光師匠も落語家となるまで、お笑い芸人、漫画原作者と、職業経験を重ねてから34歳で笑福亭鶴光師匠に入門したという経歴の持ち主。人生経験を積んでから落語家になったという同じような境遇のお二人が、この日は新作で競演されたのだった。

三遊亭遊かり「野ざらし」
羽光師匠の一席の盛り上がりを受けて、高揚した表情で登場。羽光師匠の遊かりさんイジリも受けて、嬉しそうにお返し。
この会はネタ出し無しなので、演目は聴くまでのお楽しみ。そこで、マクラで、和太鼓にはウマの皮が用いられていたことの解説があり、これを最後まで覚えておいてくださいとお願い。もしかして、馬の皮、太鼓と幇間、あの噺に挑戦させるのか、とちょっとビックリ。
我々素人から見ても、かなり難易度の高い噺だろうなあと感じている古典。色欲に目がくらんだ主役八五郎の馬鹿々々しい行動が、全体を流れるリズミカルな調子と、底抜けの陽気さによって爆笑を誘うものとなる。私は、リズミカルさ、底抜けの陽気さがこの噺の肝だと思っている。スチャラカチャンたらスチャラカチャンと唄う、このサイサイ節と呼ばれるインチキな唄。おそらく三代目柳好が発祥だろうという唄。この唄のリズミカルさ、そして呑気さ加減が噺を盛り上げるのだ。

そんな、高い難易度で技量が求められる演目に、果敢に挑戦された遊かりさん。その出来は、ご本人も終演後の挨拶でカミカミだったとお話されていたように、満足いかないものだったようだ。確かにこの肝のところは、課題として残ったかもしれない。
噺は高座で披露してこそ、磨かれるものと思っている。どんな噺でも高座に掛け続けなければ成長していかない。冷や汗をかいた分、次回に掛けるときの成長がある。なので、発展途上の演目に挑戦することこそ、ご贔屓さんが多い独演会を自ら開催する意義なのだ。
難しい演目に挑戦し、悪戦苦闘する姿は、贔屓は暖かく見守るし、その挑戦する勇気に称賛を贈っているはずだ。終演後の拍手がそれを象徴している。この会は、そんな遊かりさんの苦闘する姿を見られる会でもあるのだ。

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