見出し画像

落語日記 恐るべし、一朝一門

池袋演芸場 10月上席夜の部 春風亭一之輔主任興行
10月3日
この上席は、馬治師匠が寄席では久々の顔付けされ、そして主任が一之輔師匠なので、出掛けることにした。
今回の池袋演芸場は、コロナ以降では初訪問となる。コロナによる規制で、一時は定員が39名と半数以下で興行していた。10月からは入場人数規制が緩和され、最前列のみ着席禁止で、それ以外は全席が利用できるようになっていた。
この日も昼の部と夜の部では入れ替えは無し。この厳しい興行環境の中で、入れ替え無しという従来の寄席としてのスタイルを継続されているのは素晴らしいと思う。
この上席は、昼の部主任が文蔵師匠、夜の部主任が一之輔師匠と人気者が顔付け。混雑も予想されるので、昼の部終演の少し前に入場。かなりの観客が昼の部の主任の後に退場され、昼の部と夜の部の観客がうまく交替したので、スムーズに着席できた。
コロナ対策としては、チケット売り場での検温、非常口の扉と入場口の扉が開放され換気に配慮されていた。客席内は食べ物も持ち込み禁止、ソフトドリンクのみ可となっている。

顔付けを見ると、一朝一門対古今亭の様相だ。古今亭の馬治師匠、馬石師匠、志ん輔師匠と若手からベテランまでの精鋭陣を、迎えるのは一朝一門の五人。
一朝一門は、弟子が十人、孫弟子が四人、前座から真打までで総勢十五人。一朝一門だけで寄席の番組が組めるという一大勢力だ。数が多いだけではない。この芝居でも主任以外に一門が四人も顔付けされているというのは、この一門が個性豊かで力量のあるメンバーが揃っているという証しである。この十月十一月の寄席の顔付けを見ても、一門の皆さんは、ほぼ毎日どこかの寄席に出演されている。人気と実力を兼ね備え、飛ぶ鳥を落とす勢いの一門なのだ。恐るべし、一朝一門。

橘家圓太郎「厩火事」昼の部主任 代演
終盤に入場。圓太郎師匠が代演と知っていたら、間に合うように来ていたと後悔。
途中入場で、横の壁際に立っていたら、ちょうど圓太郎師匠が下手に顔を振ったときの視線の先の位置にあたる。目が合うような場所で、なんだか申し訳ない感じ。

柳亭市松「道灌」

春風亭一猿「弥次郎」
春風亭一朝師匠の9番弟子、昨年二ツ目に昇進されたばかり。まだ前座のような初々しさもあり、本寸法できちんとされている真面目な印象。将来が楽しみ。

金原亭馬治「鮑のし」
寄席の高座で拝見するのは久し振り。マクラは定番の星空見学ツアー、池袋のお客さんには受けていた。
本編は、寄席サイズでは得意の演目。馬治師匠の甚兵衛さんは、馬鹿正直さとのんびりさに、恐妻キャラの濃い味付けが加わって、不思議な可笑しさを醸し出している。甚兵衛さんと対峙する女房、お向かいの山田さん、魚屋、大家、その皆さんはイラつくよりも優しい目線で対応。癒される一席なのだ。

ニックス 漫才
この日のお二人は、通常に近いディスタンスでの漫才。寄席の席は平常時に戻りつつある。妹トモさんの「そうでしたか」はかなり定着してきた。

隅田川馬石「金明竹」
この日も馬石師匠のふわふわした芸風が爆発で爆笑の一席。馬石師匠は、どんな演目でもご自身の個性を上手く活かす高座を見せる。
小僧は与太郎ではなく松公、そんなに与太郎キャラではなく、小狡い小僧。この一席は奉公先の女将が主役。この女将のおどおどした様子がめちゃくちゃ可笑しく、一人で笑っていた。女将が小僧を松っちゃんと呼ぶのが可愛い。上方弁の来客に「話を聞いていませんでした」と、すっ惚けた女将の対応に会場お大受け。

春風亭柳朝「紙入れ」
主任の兄弟子、一朝一門の惣領弟子、その貫禄を見せる。
本編の主役は、柳朝師匠の線の細い印象のとおりの新吉。おどおどと心配な様子はご自身の雰囲気がピッタリ。演目と演者のニンがピッタリ一致しての好演。

アサダ二世 奇術
アサダ先生は浅草の7月上席以来。この日もコロナ対策のためか、お客さんイジリの手品ネタはない。早くロープの結び目投げるネタや風船を使ってのトランプ当てのネタを見たい。

柳亭燕路「締め込み」
この芝居、唯一の柳家は安定のベテラン。寄席の似合う燕師匠。
長屋の夫婦と泥棒の三人のキャラの見事に演じ分ける。泥棒の人の好さに違和感なく、ジワリと可笑しいという落語らしさ。

春風亭一朝「蛙茶番」
この日の目玉とも言える仲入りの一朝師匠。軽妙で爆笑の一席で、弟子の主任興行を盛り上げる。
この演目は、戦時中は禁演落語として自粛対象となったくらい、下ネタのバレ噺。主人公の半公の行動と同じく、照れずに堂々と演じるから可笑しさが増す。半公の色気、もしくは馬鹿なエロさは、惚れた異性に対する欲望から滲み出るもの。まさに「いきの構造」だ。下品ではなく、粋に通じる可笑しさを見せてくれたのは、さすが一朝師匠。

仲入り

春風亭三朝「磯の鮑」
師匠と同じく、主任の弟弟子として盛り上げ役を務める。三朝師匠は寄席で引っ張り凧の売れっ子で、十月十一月と寄席出演が続き、浅草演芸ホール11月下席昼の部では主任興行が決まっている。
ちょっと珍しい廓噺、与太郎が主役なところは錦の袈裟と同じ。与太郎はからかわれるのだが、周囲の人達の悪意が感じられないので、安心して笑える一席に仕上がっている。

古今亭志ん輔「のめる」
この日の古今亭の三人は、みな芸達者だ。一朝一門の皆さんに良い意味での緊張感を与えているような気がする。三人とも軽い滑稽噺で会場を沸かせ、それが相乗効果で全体が盛り上がったようだ。

林家楽一 紙切り
口数少ない寄席芸人。注文受けての困ったような表情が売り。
横綱の土俵入り(鋏試し) 伊勢海老 スカイツリー 中秋の名月

春風亭一之輔「妾馬」
いつものような、ちょっと無愛想な表情で登場。マクラは、トランプ大統領のコロナ感染の話題から皇室の話題へ。マスコミに載せられない、文字に書けないような話で会場を沸かせる。
奇譚のないと言えばカッコいいが、一之輔師匠のマクラは、遠慮や憚(はばか)ることのない毒舌を吐く世間話であることが身上。会場もそれを知っていて期待している。観客にとって、この毒舌にはどこか共感できるところがあり、世間体などから本音を言えない我々の不満の解消、ガス抜きをしてくれているという側面もある。そして、これこそが寄席でしか聴けない、まさにライブの魅力なのだ。
そんな話から殿様の世界の話に移り、身分の違いなどを語って本編へ繋ぐ。なかなかに上手いマクラだ。
この妾馬は、私の好きな噺。一之輔師匠で聴くのは、おそらく6年ぶり。前回の記憶はあまりないので、初見のような印象。

さてこの噺は滑稽噺なのか、人情噺なのか、分類するのが難しい噺だ。この噺に描かれている題材は、大まかに見ると、八五郎の家族愛と身分制度からくる滑稽さの二つに集約されると思う。この八五郎の家族愛を描くところは人情噺であり、身分制度が巻き起こす騒動の滑稽さのところは滑稽噺だ。そして、この二つは常に根底に流れているので、場面ごとに切り分け出来ない。なので、人情噺であり、かつ滑稽噺であるとしか言いようがない。
この二つの側面は常に感じられるのではあるが、演者によってよる違いはある。人情噺の側にに寄っているか、はたまた滑稽噺の側にに寄っているか、そんな違いを感じることがある。そんな視点で見ると、一之輔師匠のこの日の一席は、八五郎の滑稽さが大爆発していて、明らかに滑稽噺に寄っている。
自分の感情に素直で直情的な江戸っ子が、初めて見聞きする武家屋敷の風習によって右往左往する様子で、見事に笑わせてくれる。八五郎の行動は、真っ当で素直な反応なのに、体面や儀礼を重んじる武家の重圧で滑稽に見えてしまう。これは、まさに身分制度の滑稽さでもある。この滑稽さは、マクラの話題にも通じるものだ。そのマクラで語られた話は現代社会にも身分制度が現にあることを痛烈に皮肉くっているのだ。
そんな滑稽噺に傾いた一席なのだが、後半の場面では、八五郎の家族に対する愛情もしっかりと伝えてくれる。そこが一之輔師匠の凄いところなのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?