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落語日記 クラウドファンディングによって実現した幻の真打の主任興行

鈴本演芸場 11月下席夜の部 柳家小三太主任興行
百日寄席 上野街笑賑 ~クラウドファンディング 感謝公演~
11月26日
寄席の窮状を救うために実施された寄席支援のクラウドファンディングでは、1億円を超える支援金が集まった。この支援金が都内の各寄席に寄付され、鈴本演芸場にも約2千万円が分配された。この寄付を受けたことやその使途について、Youtubeの鈴本チャンネルで、鈴本演芸場の席亭からの報告とお礼があった。
これによれば、この貴重な浄財である支援金を有効な方法で使用し、その使途を報告する責務があると感じておられるとのこと。席亭としては、会社の運営資金の赤字にただ充当して終わらせるのではなく、なんとか支援金を有効に活用したいと考え、落語協会の市馬会長と協議を重ねてきたそうだ。
その結果、夜の部において「百日寄席・上野街笑賑(うえのまちわらいのにぎわい)~クラウドファンディング感謝公演~」と題する特別の形態の番組を開催することとなった。これは、支援金を鈴本の運営経費に充て、その代わり夜の部の時間帯を落語協会に無料で貸出し、その顔付けや運営は落語協会自体が行い、収益も落語協会が取得するというもの。主任に関してはネタ出しで、5日単位の興行を組む。そんな形態の特別興行が、11月上席から始まったのだ。

落語協会が顔付けするということは、今まで寄席の席亭に選んでもらえなかった芸人も、協会側の選出によって、出演できるチャンスが生まれたということ。そんなチャンスを大いに活かした顔付けによる興行と呼べるものが、この日訪問した柳家小三太師匠の主任興行だ。
この小三太師匠の主任抜擢はニュースにもなり、落語ファンにも話題となった。ニュース記事によると、小三太師匠は平成7年3月に真打に昇進した際の披露興行以来、26年ぶりに鈴本演芸場で主任を務めるのだ。小三太師匠と同時に真打に昇進したのは十名、なので鈴本演芸場での披露興行での主任は一日のみ。記事によると「26年ぶりの出演で昇進後初のトリを務める」とあるので、主任以外でも鈴本演芸場の出演は無かったようだ。私も、小三太師匠の高座は拝見したことがない。
この小三太師匠の主任興行は、5代目柳家小さんの内弟子として一緒に修業した柳亭市馬会長や、小三太師匠の同期である三遊亭圓歌師匠の後押しがあって実現したようだ。
月曜定休日を挟んで、出番は3日間。26日は幇間腹、27日は万金丹、28日は佐野山をネタ出しされている。おそらく、得意の演目と思われる。

高座を拝見したことがないので、どんな落語家なのか、まったく想像がつかなかった。ネットで見ると、芸人仲間がネタにする逸話の多い落語家さんらしい。最近の落語家さんで言うと、林家やま彦さんのような存在なのかもしれない。いじられながらも、憎めない人柄から、芸人仲間から愛されているのだろう。ネット上には「柳家の秘密兵器」もしくは「柳家の最終兵器」という言葉が踊っている。寄席で拝見することが出来ない、幻の真打なので、まさに秘密兵器だ。
今回の主任抜擢が兄弟弟子や同期の仲間の後押しがあって実現したことは、小三太師匠の人柄を象徴している。この日の前方には、後押しされた圓歌師匠や柳家の兄弟弟子が出演して応援されている。

さて、高座を拝見した。ご自身でもおっしゃっていたが、本編は15分。この日の演目の幇間腹も、15分で収まる一席。残りの主任の長めの持ち時間は、前半のマクラと下げの後の余興に充てていた。
やや緊張が感じられるマクラは、26年ぶりかつ主任を務める心境から。またご自身が主人公の漫画が出版されたことなどを語り、表情は嬉しさを隠せない様子。朴訥とした語り口から、小三太師匠の人間性がにじみ出ている。26年ぶりに出演する鈴本演芸場の高座。そんな落語家も、そうそういる訳でもなく、その感慨は当人しか分からないだろう。
8年前に始めた糠漬け、毎朝糠床をかき回してきたという何気ない日常を語るマクラは、ほのぼのしていて、構えていた客席を和ませる。
さて、本編だ。ここから噺に入りますと宣言して本編のスタート。かなり駆け足の印象。早く下げまでたどり着きたい、そんな焦りのような感じは受ける。下げの後、手拍子にのって掛け声がダジャレとなる歌の余興を披露し、高座を降りる。

この一席の感想を書くにあたり、私はかなり悩んだ。今まで聴いてきた私の落語マニアとしての基準に、当てはめて書けないのだ。落語をある程度聴き込んできた演芸ファン落語マニアからすれば、今まで積み上げてきたプロの落語家の高座という固定観念や、上手下手の評価の基準など、そんなマニアの価値観を、大いにぶっ壊す一席なのだ。小三太師匠は、そんなマニアの価値観で評価してはいけない落語家なのだ。
外連味があふれている、という訳ではない。本編に入っても朴訥とした語り口、登場人物のキャラの区別がつかないセリフの言い回し、上下の振り方もあやしい。落語ファンからすると、そんな否定的な評価をしたくなる高座なのだ。しかし、そんな評価など、ものともしない。我が道を行く小三太師匠だ。

そんな高座を、プロの落語家として披露するところが小三太師匠の凄さだ。そして、小三太師匠がこの年齢まで落語家を生業として生きてきたという事実が、この凄さを後押ししている。
芸は人なり、この言葉は芸談で語られることが多い。小三太師匠こそ、落語家としての生き方や人間性をそのまま包み隠さず高座で見せているという意味では、この格言を体現している落語家なのだ。
小三太師匠の高座を、落語の芸として評価するのは難しい。厳しい評価を下す人もいるだろうと思う。おそらく、小三太師匠の落語は、初めて落語を聴く人には不向きだと思う。でも、人間性の可笑しさや生き方の凄さを感じとれる落語マニアなら、きっと受け入れることが出来るはずだ。
私は小三太師匠の高座を落語のみで評価するのは止める。それは、小三太師匠が高座で落語家としての生き方をさらけ出しているからだ。既存の価値観なら否定されるかもしれない芸を、そんな価値観などお構いなしで披露する。それが、小三太師匠の芸人としての生き方なら、その芸を個性として、芸風として受けとめたい。
この小三太師匠の高座に触れて、感じたことがある。それは、落語を聴く際には落語家自身の人間性の可笑しさも楽しむという、ゆとりのある視点を忘れないようにしたい、ということだ。

8年前に原稿は完成していたが出版されなかったという、小三太師匠が主人公の漫画がやっと今年になって出版された。まさに、この漫画も幻の漫画本だったのだ。
この漫画本がサイン入りでロビーにて販売されていたので、記念に購入。落語家を志した若かりし頃から始まって、前座修業や落語家生活からご家族のことまで、小三太師匠の人生や生き方が伝わる内容。爆笑というより、クスリと笑えるエピーソードが詰まった一冊。
憎めない人柄、芸人仲間から愛される人柄は、高座からも伝わってくる。芸の不器用さから感じるのだが、きっと生き方も不器用な人なのだろうと思う。それを感じる小三太師匠の高座を拝見した後に漫画を読んだので、より一層楽しめた。
小三太師匠は主任として、強烈な印象を残したことは間違いない。こんな主任興行が開催できたのも、鈴本演芸場の席亭と落語協会のアイディアの賜物。クラウドファンディングを、単なる寄付で終わらせなかった鈴本演芸場の席亭と落語協会が協働して捻り出した番組作り。その画期的な新趣向は、なかなかに素晴らしいと感嘆させられた寄席だった。

番組

春風亭貫いち「牛ほめ」

柳家小もん「道灌」

柳家さん福「万病円」

三遊亭圓歌「やかん工事中」

ニックス 漫才

柳家小団治「蝦蟇の油」

仲入り

初音家左橋「宮戸川」

三増紋之助 曲独楽

柳家小三太「幇間腹」

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