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落語徒然草 その9 三度目の緊急事態宣言と寄席の営業について

東京都へは三度目となる緊急事態宣言が、4月25日に発令された。今回の緊急事態宣言による寄席の営業をめぐる動きがあったので、その流れを記録しておく。寄席ファンとして、私個人も感じたこともあるので、一連の事実の記載に、私の個人的な批評や感想が加えられていることを予めお断りしておく。

今回の緊急事態宣言が発令の決定を受けて、東京都内の劇場の上演中止や映画館の臨時休館が相次いで発表された。そんな中で、発令日の4月25日以降も寄席は営業を継続することが、発令前日の4月24日に発表された。
落語協会、落語芸術協会の公式サイトや鈴本演芸場・新宿末廣亭・浅草演芸ホールの公式ツイッターにおいて、その決定は次のような内容で報告された。東京寄席組合(鈴本演芸場・新宿末廣亭・浅草演芸ホール・池袋演芸場)及び一般社団法人落語協会・公益社団法人落語芸術協会にて協議の結果、「寄席は社会生活の維持に必要なもの」と判断し、4月25日以降の寄席営業についても予定通り有観客で開催することを決定した。
やはり寄席も休業を余儀なくされるだろうと思っていたので、この営業継続宣言には驚かされたし、世間でも波紋を呼んだ。ネット上には賛否両論があふれ、ニュースにもなったし、官房長官の記者会見の中でも取り上げられた。人流の抑制という政府の対策方針に逆らう形になったからだ。
寄席ファン、演芸ファンの立場として、私はよくぞ言ってくれたと、溜飲が下がる思いだった。特に、浅草演芸ホールのサイトによる発表が気に入った。
東京都から無観客開催の要請があったが、営業自粛の要件の中に「社会生活の維持に必要なものを除く」という文言があり、大衆娯楽である寄席は、この「社会生活の維持に必要なもの」に該当するので営業が継続できると解釈でき、それによって営業継続を決めたと、その理由が説明されていたのだ。

ネットの記事で見つけた表現を借りるなら、「寄席基準」というものが存在する。要は、寄席以外の落語会や落語家が出演する行事の開催を判断する基準として、寄席が営業しているのか休業しているのかを考慮するという判断基準が存在するということだ。
寄席がやっているのだから規模縮小してでも落語会を開催する、寄席が休業しているのだから行事は中止する、そう判断することは十分にあり得るのだ。この寄席基準のみが開催の判断基準ではないが、寄席の休業はエンタメの世界における影響が大きいことは間違いない。私が落語会の主催者だとしたら、この寄席基準は大いに影響を受ける。
この寄席の営業継続宣言は、我々観客に対して娯楽の提供や文化的な生活に必要なものという意味は勿論あると思うが、寄席に出演されている芸人さんたちを守るためにも必要なものであるという意味合いが強いものと感じた。それは、前記の「寄席基準」を寄席側も充分に意識して判断されたものと考えられるからだ。
前述のとおり、緊急事態宣言で寄席が一斉に休業してしまうと、他のホール落語会や小さな小屋や小規模な落語会、また落語家・寄席芸人の営業全般に大きな影響を与えるのだ。寄席が止めるくらいなのだから、落語会は止めよう、落語家さんを営業に呼ぶ催しは中止しよう、そんな「寄席基準」による中止という空気が広がりかねない。寄席の休業に関係なく落語会の中止が相次いでいる状況で、少しでもブレーキを掛けたいという寄席側の思いがあったのではないか、寄席ファンとしてはそう考えてしまう。
過去2回の緊急事態宣言では、寄席は休業要請に応じてきた。また、定員を削減して、検温、消毒、換気などの感染症対策も行ってきた。今まで行政側の要請に応じて協力してきた寄席は、お上に逆らうことを本旨としていないはずだ。今回の営業継続宣言は、寄席の存続にも関わるという、よっぽどの危機感の表れと言えるのだ。
この営業継続宣言は、当然、異論反論もあるだろうし、批判も受けるだろう。でも、その批判や非難の矛先は寄席に対してだ。これは出演者である寄席芸人に対する直接の批判や非難を守る盾にもなるのだ。
寄席芸人の仕事の場である寄席を守り、なおかつ批判を背負って寄席が悪者になるという覚悟。寄席の営業継続宣言からは、寄席芸人を守り、寄席を存続させるという、席亭の皆さんの強い覚悟や矜持が感じられるのだ。

ところが、4月28日のニュースでまたまた驚かされた。この寄席の営業継続宣言が4日後には撤回され、5月1日から11日まで休業すると発表されたのだ。これによって、5月上席から予定していた芸協の真打披露興行も、6月中席へ延期となったし、国立演芸場5月中席で行われる予定の落語協会の真打披露興行も、初日11日のみ中止という影響を受けることとなる。
詳細は伝わってこないが、おそらく行政側からの強い要請があったものと推測される。このお上に逆らわないという姿勢と変わり身の早さも、大衆娯楽である寄席らしさだ。庶民の味方である寄席は、お上はもちろん、庶民感情も大切にする。
しかし、当初の営業継続宣言によって、協会や席亭さんたちの強い意志は我々寄席ファンには伝わっているし、芸人さんたちにもきっと伝わっているはずだ。
そして、このGWの休業期間中、鈴本演芸場と浅草演芸ホールが緊急タッグ結成し、両寄席で行う予定だった落語協会5月上席公演を、顔付けを変えて特別番組として再構成し、Youtubeで1日だけ無料生配信を行った。これは実験的な試みながら、結果的には要請されていた無観客開催を行ったことになる。寄席側にとっても稼ぎ時、観客にとっても楽しみにしていたGW特別興行。少しでも楽しみを提供したいという思いもあったろう。また、今後を見据えて、配信ノウハウの蓄積という意味もあったかもしれない。席亭さんたちも時代の流れと闘っているのだ。

連休の終盤になって、期限を5月11日までとする緊急事態宣言を延長すべきという報道がされはじめた。その報道を受けて、興行界や音楽業界の団体から相次いで、自粛規制の緩和を訴える声明文が出された。
全国の映画館や劇場などでつくる全国興行生活衛生同業組合連合会は、この延長の検討報道を受けて声明文を発表。また、音楽業界の4団体である日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会、日本音楽出版社協会が共同で、緊急事態宣言の延長に際して無観客開催要請の撤廃を強く申し入れていることを伝える声明文を出した。まさに、業界を代表しての悲痛な叫びであり、業界関係者の気持ちを代弁するものだ。

新規感染者数が減少傾向に転じないことを受けて、政府は5月7日に緊急事態宣言を5月31日まで延長することを決めた。それを受けて、東京都の小池知事は、緊急事態宣言の延長に伴う基本的対処方針を見直して、休業要請の範囲や条件も変更した。さてさて、寄席ファンとしては、寄席の休業要請は変更されるのかどうか、非常に気懸りなところであり、報道に注目した。
小池都知事は、休業要請を続けるのは床面積の合計が千平方メートル超の大型施設とする方針を示し、寄席は小規模施設のため対象外となり、規制が緩和されることになった。寄席側も、定員を半数までにするなど感染予防対策をした上で、緊急事態宣言が延長される5月12日から営業を再開することを決め、5月8日に発表した。これによって、寄席の休業は結果的に5月1日から11日までの11日間だけということになった。

落語家や寄席芸人の仕事を守り、大衆古典芸能の担い手である寄席という文化を守るため、寄席の席亭さんたちがコロナ禍と闘い奮闘された3週間だった。我々寄席ファンはもちろん、寄席芸人や関係者の皆さんにとってもハラハラドキドキの3週間だったことだろう。明日から、寄席が再開される。新型コロナウイルスとの闘いはまだまだ続く。我々も制約の下での日常生活を過ごすことで、感染症対策に協力したい。それが、一日も早い終息につながり、大衆芸能の伝統を守ることに、きっとつながると信じている。

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