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落語日記 本寸法な中堅と若手の二人会

扇に燕 リターン
9月17日 浅草橋・須賀神社社務所2階
連休初日の土曜日、特に予定がなく、なんとなく東京かわら版を見ていたら、我が家の近所の浅草橋で開催のこの会を発見。二ツ目時代より応援している燕弥師匠が出演されるので、ダメ元ですぐに予約の電話を入れた。定員30名とあり、満席かもと思って電話したら、当日キャンセルが出て、なんと最後の1名に滑り込みという幸運。これも、燕弥師匠とのご縁というか巡り合わせなのか。
この会は、以前は駒込で「扇に燕 入船亭扇好と柳家燕弥の本寸法の会」として開催されていた会。コロナ禍もあって、休止されていたのが3年ぶりにこの会場で再開。燕弥師匠の高座はご無沙汰していたので、最後の一席をゲットした嬉しさも手伝って、高揚感を持って出掛けてきた。
会場は、神社の本殿に隣接する社務所の二階の座敷。かなり年季の入った木造の建物だった。
 
柳家燕弥「夏泥」
開口一番は燕弥師匠から。と言うことは、この日のトリは燕弥師匠か。
まずマクラは、初めて出演されるこの会場についての、演者サイドからの厳しい意見から。主催者の方を前に公開での苦情はネタでもあるのだが、会場イジリをネタに出来るのも、主催者との信頼関係があるからだろう。
そんな話から、自宅の自室には冷房が無く、熱帯夜に自室で過ごす不快さを面白可笑しく語る。そんな自宅での暑い夜の話から、上手い流れで本編へ。
この噺の柱である筋書きは、人の好い泥棒が仕方なく金を住民に渡していくところであるが、この泥棒の性格描写が笑いどころとなっている。泥棒なのに人情家であり、見て見ぬ振りをすることができない男。この男を見ていると、泥棒は犯罪ではなく、生業として真面目に精を出すものと思わせてしまう。そんな噺のツボを上手く押さえた燕弥師匠の一席。
 
入船亭扇好「阿武松」
落語協会の寄席は長年観てきたが、扇好師匠は今まで拝見できずにいた。高座を観たことのない落語家さんが、まだまだ大勢いることを痛感。と同時に、寄席の席取り競争が厳しい状況であることも感じる。この日は燕弥師匠が切っ掛けでの新たな出会い、ご縁となった。
マクラの落語家の世界が階級社会であるところから同様なのが相撲界という話から、上手く本編へ。扇好師匠は、この噺がネタ出し。
この会の元々の名前「本寸法の会」が納得の、姿勢の良い本寸法な芸風で、お手本となるような綺麗な一席だった。そんな噺の中に、時おり混じるクスグリも可笑しい。
燕弥師匠と共に本寸法の本格派であり、端正な語り口がお二人の共通点だ。扇好師匠を初めて聴いて、主催者さんの落語家の好みが良く分かった。
 
仲入り
 
入船亭扇好「持参金」
マクラで、高座の高さが低いことの弊害を解説。演者と観客の目線の高さが同じくらいだと、上下を振ったときに、演者と観客の目が合ってしまい、演者も観客も互いにつらい。特に狭い会場だと、観客との距離が近いので、余計に演り辛い。そんな、なるほどという解説。
本編は、男尊女卑を否定する現代の倫理観と真っ向から勝負している演目。現代においては、女性蔑視の噺と言っても過言ではない。そんな理由で、聴く機会の少ない貴重な噺。
この日の扇好師匠の一席は、男どもの呑気さ加減が突き抜けていたので、観客の側も、そんなに後ろめたさを感じさせず、笑っていられた。また、観客にあれこれ考える暇も与えず、リズミカルに調子よく筋書きが進行していく好演。
こんな筋書があるのも古典落語。男性目線の筋書は、落語が男性に対する娯楽だったことの名残りなのだ。
 
柳家燕弥「竹の水仙」
マクラでは、前の一席を受けて、現代の社会常識に反する筋書なので、なかなか掛けられることのない噺で、鈴本演芸場では禁演となっていると紹介。燕弥師匠からのアフターフォローだ。
トリの一席が、この日のネタ出しの一席。日記を読み返してみると、2015年の2月の真打昇進直前のタイミングで、当時の右太楼さんとしてこの演目を聴いている。
 
落語には、名人が身分を隠してその超絶的な名人技で、庶民や貧乏旅籠を救う噺がいくつかある。特に名工で名高い左甚五郎が活躍する演目は、この噺の他に「ねずみ」や「叩き蟹」「三井の大黒」などがあり、落語世界のスーパーヒーローだ。
最近はテレビで時代劇が放送されることが少なくなったが、以前はテレビドラマのいちジャンルとして時代劇があった。なかでも、国民的人気番組として有名なのが、「水戸黄門」だ。この黄門様は、テレビ化の前は映画界のヒーローでもあった。そして、この黄門様のコンセプトと同様なのが、この噺の左甚五郎なのだ。
正体を隠して旅をして、旅先で知り合った庶民を助ける正義の味方。最後に正体を明かして、周囲を驚かせる。この噺の左甚五郎も、まさに黄門様のお約束をきっちりふまえた大活躍を見せる。観客は黄門様を観たときのような爽快感を、この噺でも味わうのだ。
燕弥師匠の一席は、この爽快感をお約束どおり味わうことのできる一席だった。この噺では、細川越中守の御側用人が悪役であり道化師役。左甚五郎の正体が分かったときの、この侍の驚きや慌てぶりが見せ場。まさに黄門様の印籠効果と同じ、8時45分の快感と同じ爽快感がここで味わえる。この瞬間のためにこの噺の前半がある、といっても過言ではない。この日も、最後の一席の終盤でこの爽快感を味わった。

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