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落語日記 鹿芝居に挑戦する新たな世代の登場

令和鹿芝居 第6回公演「廓噺白浪五人男の巻」夜の部
8月4日 深川江戸資料館 小劇場
落語家の余芸として、江戸の頃から続いている鹿芝居。これは、落語家が役者として披露する芝居のことであり、噺家(はなしか)が演じる芝居なので、本来は噺家芝居(はなしかしばい)と呼ぶべきところ、華(はな)が無い芝居という洒落で、鹿芝居(しかしばい)と呼ばれているらしい。古くは、古今亭志ん生師や三遊亭圓生師、桂文楽師などの名人たちも行っていたそうだ。その伝統を引き継いで、国立演芸場では、金原亭馬生師匠と林家正雀師匠が中心となって一座を組んで鹿芝居興行を毎年開催している。
この馬生一座以外で、定期的な鹿芝居公演は開催されていなかったなか、令和元年12月に林家はな平師匠を座長として一座を組んだ若手落語家の皆さんが江戸東京博物館小ホールにおいて「菅原伝授手習鑑―車引―」を題材とする鹿芝居の公演を行った。その後も「令和鹿芝居」と名付けて公演を重ねて、今回が6回目の公演となった。
出演者も徐々に増えていき、今回は女性落語家2名を含め合計8名が役者として舞台に立つ。前座や裏方、お囃子を含めると総勢はもっと大所帯だろう。
この若手の皆さんの積極的な活動は気になっていたが、今回やっと日程が合って観ることができた。

第一幕
柳亭市好「寄合酒」
前半は、第一幕として、出演者のうち四名が落語を披露。まずは、役者ではなくツケ打ち担当の市好さんの高座から。
開口一番として、鹿芝居の解説役も担う。まずは、役者に対する掛け声の話。歌舞伎でいうところの大向う。贔屓の役者の屋号を、タイミングよく声掛けすること。この鹿芝居でも観客に声を掛けてもらおうと呼びかける。配布されたプログラムには、各役者の屋号が書かれている。これが洒落ていて、なかなかに面白い。各役者の屋号は下記のとおり。
 はな平・からや  緑也・ひだかや
 馬久・うまや   佑輔・さんたまりや
 市童・わらべや  音助・くわばらや 
 市寿・ことぶきや 花ごめ・はなみや
何となく由来が分かるが、笑えるのは緑也師匠。後の出番で、本人からその訳が語られた。この日の市好さんの役目はツケ打ちで、役者ではない。役者だけでなく、こちらも注目してください、とのお願い。
鹿芝居の本番では、この屋号で大向うの掛け声を掛けていたお客さんもいた。歌舞伎の常連さんでないとなかなかタイミングが掴めず、掛け声はなかなか難しい。私は拍手するのが精一杯だった。
市好さんの本編は、流暢な語り口が印象的な一席。

金原亭馬久「富士詣り」
馬生門下として、馬生一座の鹿芝居には出演し続けている馬久さん。今年2月の鹿芝居「らくだ」でも、らくだの死体役を名演されていた。この若手の中では、鹿芝居経験者として他のメンバーを先導する役割もあるだろう。
本編は、馬久さんで以前に聴いたことがある、かなり珍しい噺。すっかり自家薬籠中の噺とされている。富士登山の途中で天候急変の予兆があるという危険な状況のなか、延々と語られる間男の懺悔。登山の情景がどこかに行ってしまったような会話が楽しい。

柳家緑也「茗荷宿」
この演目では、弁天小僧という主役級の役。芝居では、拍手が何よりも嬉しい、遠慮なく拍手してくださいというお願いから。
市好さんが語った掛け声の中で、ご自身の屋号の由来の話。日高屋が大好きで、よく打上げや飲みにいくことから付けたようだ。自分のなかでは日高屋は中華料理屋ではなく、飲み屋、そんな話が楽しい。
本編は、こちらも珍しい噺。今まで、白酒師匠としん平師匠でしか聴いたことがない。短いなかにも、メリハリがあって笑いどころが多い一席だった。

雷門音助「長短」
一座の中で唯一、落語芸術協会から参加されている音助さん。稽古は落語協会の事務所二階なので、事務所に入るときは毎回「芸協の音助です」と挨拶しながら通ったという話から。
しかし、鹿芝居の中では、一座の一員として馴染んでいて、協会の違いなどの違和感は一切なかった。
マクラでは、落語家になることに反対していた父親が、音助さんの出演する落語会によく来てくれるというエピソードが楽しい。語っている音助さんも嬉しそうだ。
本編は、気の長い京都人と、気の短い江戸っ子の対話という珍しい型の長短。ネットで調べると、先代雷門助六師による型のようだ。助六一門として大師匠の噺を大切にしていることが分かる。筋書きは、気の長い京都人が塩辛を持って知り合いの気の短い江戸っ子を訪ねるというもの。気の長い短いの対比と、京都人と江戸っ子の対比という組み合わせによる二重の可笑しさがある。

仲入り

第二幕 令和鹿芝居「廓噺白浪五人男」
歌舞伎の演目で河竹黙阿弥の代表作と言われる「弁天娘女男白浪」、通称「白浪五人男」と呼ばれ「浜松屋の場」と「稲瀬川勢揃いの場」の人気の二幕が上演されている。今回は、この歌舞伎の演目を元に、落語の人気の演目のエッセンスを加えて、林家はな平師匠が脚本を書いて鹿芝居に仕立てた。
筋書きは、まず前半が落語の演目「居残り佐平次」「明烏」「文七元結」「お見立て」の名場面を少しづつ繋ぎ合わせたもの。この前半の落語パートに登場する演目は、みな遊郭、妓楼が舞台となっている。よってこの芝居の演目名に「廓噺」と付されている。
そして、後半は歌舞伎パート。長兵衛の娘のお久が騒動に巻き込まれ額に傷つけられるところから「浜松屋の場」へ入り、続いて「稲瀬川勢揃いの場」へと移っていく。前半の舞台は妓楼の佐野鎚、ここは文七元結の舞台となっている女郎屋。なので「浜松屋の場」も呉服店の浜松屋ではなく、佐野鎚が舞台となって進んでいく。
このように、落語パートと歌舞伎パートを前後半で別ける構成は効果的であり、その前後半の繋がりもスムーズで見事。歌舞伎を熟知した落語家はな平師匠ならではの、見事な筋書き。そして、座長としても上手くまとめ上げて、演出家としても成功させた。

どの役も、落語パートの役柄が仮装された者で、歌舞伎パートでその正体を現すという芝居の中で芝居をするという二重の演技。これを役者の皆さんが見事に演じていた。
緑也師匠が、浜松屋の場での弁天小僧の有名な名セリフ「知らざあ言って聞かせやしょう、浜の真砂と五右衛門が・・・」を見事に再現。ここから一気に歌舞伎モードに入っていく。
その後、客席の通路の一部を花道に見立て、艶やかな半纏を纏った五人男が勢揃い。舞台の上での捕物の場面となる。この客席と演者を近づけた演出も上手い。
役者の皆さんの演技は真剣そのもの。前半の落語パートは、喋り慣れた落語のセリフ。なので、落語家の皆さんは、セリフは滑らかで感情豊か。後半の歌舞伎パートも、言立ての連続のような決まり文句のセリフをよく覚えられた。特に五人勢揃いしての口上は、五人とも見事。歌舞伎のセリフもほぼ完璧。稽古の成果が感じられるところ。
役者さながらの表情で、皆さん見事な見得を切られた。市好さんのツケ打ちのタイミングもバッチリ。役者との呼吸を上手く合わせて、皆さんの見得を手助けしていた。
華が無いから鹿芝居と言うが、皆さん華やかで綺麗な演技、華があるので華鹿(はなしか)芝居と呼んでも良いくらい。座長がはな平師匠、役者にも「はな」はいらっしゃる。

衣装や小道具も手作り感あふれるものだが、鹿芝居の雰囲気に合っている。カツラはこの鹿芝居の雰囲気を盛り上げる効果抜群のコミカルなカツラなのだ。五人男が着ているカラフルな半纏も、手書きの柄が書かれていて、手が込んでいて舞台映えのする見事なもの。揃いのような統一感がありながら、五人の柄がそれぞれ違っている。この半纏が、セットのない舞台を一気に華やかにする。まさに、五人男がチームであることを示すユニフォームとなっている。
ネットで拝見すると、デザイナー・造形作家のおかめ家ゆうこさんという方が衣装や鬘を製作されたそうだ。コミカルさと華やかさのあるデザインが、鹿芝居の舞台を効果的に盛り上げた。
若者たちが、脚本に演技に衣装に小道具にと、細かいところまで本気で取り組んだ鹿芝居。楽しませてもらった。

【出演・配役】
林家はな平 日本駄右衛門
柳家緑也  弁天小僧
金原亭馬久 南郷力也
古今亭佑輔 赤星十三郎
柳亭市童  忠信利平
雷門音助  佐野鎚の主人
柳亭市寿  喜助
柳家花ごめ 喜瀬川
柳亭市好  ツケ
田村かよ  三味線

【前座】
入船亭辰ぢろ・柳亭市遼

【脚本・演出】
林家はな平

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