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落語日記 落語家夫婦が夫の主任興行で共演し、仲の良さを見せつけた小八師匠と和泉師匠

池袋演芸場 7月下席 昼の部 柳家小八主任興行
7月23日
以前の勉強会や馬治師匠との二人会で、よく拝見していた当時の柳家ろべえさん。平成29年3月に真打に昇進されて、柳家小八と改名された。真打昇進の前年に、当時の師匠であった柳家喜多八師匠が亡くなるという不幸があった。その後、小三治一門に移籍されるという、なかなかに波乱の落語家人生を歩まれている。
真打昇進披露興行を終えてまもなく、その年の10月には、鈴本演芸場で初主任を務めるという快挙を成し遂げ、その後も活躍されている。そんな小八師匠が、この度、池袋演芸場で初めて主任に抜擢された。
私にとって小八師匠は、しばらくご無沙汰だった。今年4月の若手三人の会スーパーラクゴブラザーズで久しぶりに拝見して、以前と変わらない様子は、当時のろべえさんそのままだった。しかし、貫禄というか落ち着いた語り口が、芸の確かな精進を感じさせて、すごく嬉しくなった。なので、小八師匠のどこかの会にお邪魔したいなあと思っていたので、この主任興行がちょうど良い機会となった。
この日の夜には、東京五輪の開会式が行われる。昼ごろには、東京上空をブルーインパルスが曲芸飛行する。昼の部はその間の時間帯にピッタリとはまる。自宅マンションの屋上でブルーインパルスを見てから、池袋演芸場に出掛け、帰宅後には開会式の放送に間に合った。そんな、記念すべき、そして思い出深い一日となった。

三遊亭二之吉「堀の内」
真面目そうな前座さん。

柳家小はぜ「道具屋」
前に拝見した記憶がないので初めて。柳家はん治師匠の一番弟子の二ツ目。
聴いてビックリ、ベテランのような流暢さのある語り口。声質もしゃがれ声というか、枯れた声。ほんと二ツ目の若者なのか。年寄りじみた喋りは老成感にあふれている。小はぜさんの個性なのだろうが、典型的な落語家の語り口って感じが個性を感じさせない。これから経験や年齢を重ねて、どのように芸風が変わってくのか、楽しみだ。

古今亭志ん吉「転失気」
まだ二ツ目なのだが、令和3年9月下席より真打昇進し、古今亭志ん雀と改名することが決まっている。普段の寄席では二ツ目は一人しか出演しないのだが、もうすぐ真打昇進のお祝い枠ということだろうか。
明るく華やかな表情が持ち味。マクラでも、ブルーインパルスは見ましたか、オリンピックも見ないで地下世界(池袋演芸場が地下にあるので)へようこそ。そんな、時流を捉えた挨拶から。本編は、珍念が可愛い一席。

柳家小せん「猫と金魚」
ここからは、アシスト役となるベテランの助演が続く。出演者が次々に交替するという寄席の流れは、客席に身を置いていると感じる心地よさがある。この日は、ベテランの演者の皆さんがお馴染みの演目で繋いでいき、初主任の小八師匠を盛り上げるのだ。
小八師匠と同じく、声質が心地良さを与えてくれる小せん師匠。この日はリズムも良く、トントンと番頭さんがボケまくる。筋書きは分かっている噺でも、声質やリズムで充分に笑えるのが落語の魅力。

風藤松原 漫才
先日の文蔵主任興行で拝見したばかり。そのときに聴いた大喜利ネタ、何度聴いても可笑しい。松原さんの不思議な雰囲気が笑いの素。この日は、この不思議な松原さんが、子供時代に帰った設定で、苦手な友だち作りのコントのようなネタ。初めて聴くネタなので嬉しい。ふざけた子供の松原さんに対して、真面目に反応する風藤さんのツッコミも可笑しい。

橘家文蔵「目薬」
マクラは、今夜の開会式の話題。土砂降りの大雨になると面白いと、毒舌で会場を沸かす。
寄席の主任の高座も素敵だが、途中出番の文蔵師匠も、楽しくて私は好きだ。この演目も文蔵師匠が寄席でよく掛けてくれる噺。バレ噺の範疇に入る噺だろうが、嫌みの無い馬鹿々々しく楽しい下ネタ。
強面の文蔵師匠の描く女房がなんとも可愛い。この繊細な演じ別けが出来るのが、文蔵師匠の魅力なのだ。女房の尻に付けた薬を吹き飛ばすのが、転失気。志ん吉さんの演目と付くと言えば付くかもしれない。でも、楽しけりゃ良いのだ。

橘家圓太郎「かんしゃく」
池袋の下席昼の部は時間が短いので、出演者の数も他の寄席より少ない。この日の少数精鋭の顔付けが、私の好みとドンピシャで、それもテンションアップの理由。そして、仲入り前が大好きな圓太郎師匠。
マクラは、オリンピックの不祥事の話題から判断基準は大切というお話。そこから、小学4年生のお嬢様との微笑ましい会話の話。圓太郎師匠のマクラは、世情を圓太郎流解釈で切りまくるという面白さがある。思い込みと独断と偏見な意見、聴かされて楽しいのが圓太郎師匠の魅力。

ジェンダーと言う言葉があるが、昔の教育では「家にありては父に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従え」という三従の教えがあった。そんな導入から、本編へ。
この噺が掛かると分かって、私のテンションは爆上げ。と言うのも、圓太郎師匠のこの演目は、私の大のお気に入りなのだ。頑固ジジイの亭主が、女房や奉公人に対して怒鳴り散らすという噺。この亭主のキレ具合が凄い。脳の血管が切れるんじゃないか、そんな心配をしてしまうくらい、真っ赤な顔で怒鳴り散らす圓太郎師匠の熱演が爆笑を呼ぶ。
この噺は、明治の頃の家父長制の理不尽さを描いている。しかし、メインのテーマは、外面は立派な屋敷住まいの紳士な実業家であっても、癇癪持ちの小人物であれば滑稽に見えるという、人間性の大切さを伝えてくれる噺だと思っている。そんな小人物の愚かさを、癇癪の炸裂によって、楽しい滑稽噺の題材として描いてみせてくれた圓太郎師匠だった。

仲入り

弁財亭和泉「すぶや」
この芝居のクイツキは、小八師匠の奥様である和泉師匠が顔付けされている。まさに、夫婦で支え合っている芝居。池袋演芸場の席亭も、なかなかに粋な顔付けをされている。
師弟や一門が共演する寄席の顔付けは一般的だが、落語協会の寄席で落語家夫婦が共演するのは、そうそう無い。なので、夫婦お二人は、それぞれどんな表情を見せるのだろうか、お互い照れ臭くないのだろうか、この日はそんな興味もあった。
まずは、奥様から登場。開口一番の、小八師匠にはお世話になっております、という挨拶で客席爆笑。にこやかで嬉しそうな表情で、こちらもほっとする。

本編は和泉師匠作の新作落語。田舎の純情な高校生カップルの会話で進行する噺。東京への奇妙な憧れが笑いを呼ぶ。地名で東小金井が登場するが、まるで東京の都心のような扱いで、池袋のお客さんは大笑い。ちなみに、東小金井は小八師匠の出身大学である東京農工大学のあるところ。
旦那が主任の寄席で、純情な恋愛をテーマにした新作を持ってきた和泉師匠。お二人の熱々ぶりも感じられるネタ選びだった。

柳家小満ん「浮世床 本・夢」
柳家一門の重鎮がひざ前で、きっちりと小八師匠をアシスト。寄席で聴く機会が少ない小満ん師匠。短い持ち時間で軽い噺もなかなかに楽しい。こんな貴重な出会いも、寄席の魅力。
本編は、本のパートは短くして、すぐに夢のパートへ移行。そこからの半ちゃんの色事話が楽しいという構成。自由自在に噺を転がしていく、さすがベテラン。短くあっさりと切り上げ、主任への期待を盛り上げる。

林家楽一 紙切り
夕涼み(鋏試し)・小八師匠・ブルーインパルス・猫と金魚
ひざ替わりは、最近よく拝見する楽一さん。以前のおどおどした挙動不審な様子もなく、不思議なオタクの雰囲気はそのまま。良い味を出してきている。
「ブルーインパルス」のお題で、どうしようとマジで困った表情が可笑しい。そして考えた挙句、五つの輪と五機の飛行機と見上げる人たちをバラバラで切りぬく。紙切り芸は、一筆書きのように切っていき、切り抜いた形が繋がっているのが本来の様式。なので、バラバラにモチーフを切るのは、本当は反則技。しかし、台紙にバラバラの五つの輪と五機の飛行機と見上げる人たちを上手く配置して、結果的には見事な作品となった。ご本人も反則技であることは承知の上。これ、鈴本でやったら怒られる、という呟きが可笑しい。

柳家小八「中村仲蔵」
落ち着いた表情で登場。奥様と共演での池袋初主任、そんな緊張感はあまりないようだ。
マクラは、楽屋でハエが飛んでいたという話から。以前の主任興行でも、楽屋にハエが出た。出番前の自分にハエがまとわりついて来る。どうやら、小八師匠には、このハエが亡くなった喜多八師匠の分身のように感じられるらしい。
前の師匠である喜多八師匠が亡くなり、小三治門下へ移籍。それまでは一人弟子の師弟という関係があり、我々には想像がつかない師匠喜多八への思いがあるようだ。このハエのエピソードは、心配を掛けてばかりだった喜多八師匠が、亡くなった後も自分を心配し続けていると小八師匠が感ていることを象徴する話だと思うのだ。

喜多八師匠の生前、当時のろべえさんを聴いていて、芸風や声音もそっくりな師弟だと思っていた。落語界の中でも一、二位を争う似た者師弟だと感じていた。私は、そんな師弟が好きだった。二人ともファンだった。なので、似た者弟子の小八師匠を拝見すると、どうしても喜多八師匠を思い出してしまうのだ。
喜多八師匠の芸風はもちろん、そのキャッチフレーズ「清く、けだるく、美しく」も芸のうえで小八師匠が引き継いでいる。やる気無さ気でけだるそうなマクラと、本編に入るとたんに登場人物が生き生きと躍動するというギャップ。これが、喜多八ろべえ師弟の魅力であり、今の小八師匠の魅力となって引き継がれているのだ。

そんなことを思いながら聴いていると、マクラは現師匠である小三治師匠の話に移ってきた。今の芸名、小八は小三治師匠が命名してくれたものであり、喜多八師匠の二ツ目時代の名前とのこと。
喜多八師匠は、小三治師匠に付けてもらった小八があまり好きでなかったようで、真打昇進の際に喜多八に変えてしまい、小三治師匠の気分を害したそうだ。そんな先の師匠と現の師匠の間で感情的な諸々があったという小八という名前。小八師匠の二人の師匠に対する思いも語ってくれたマクラだった。
そして、そんな二人の師匠の話題が、本編の筋書きにも繋がってくる。この噺にも仲蔵を出世させた二人の師匠が登場する。仲蔵の師匠の中村伝九郎と、座頭の四代目市川団十郎。喜多八師匠と小三治師匠のエピソードが上手く重なって感じられる。

そんなギャップある芸風のとおり、本編に入ると芝居噺らしく、役者のセリフや感情表現が芝居の世界の雰囲気を見事に伝えてくれる。
団十郎に認められたと思った矢先、仮名手本忠臣蔵で与えられた役が、弁当幕である五段目の斧定九郎のみ。これは団十郎の嫌がらせだ、と落ち込む仲蔵。そこで励ましたのが、仲蔵の女房。励ますセリフも、なかなかイイ。女房に励まされた仲蔵は、新たな工夫で独自の定九郎像を確立しようと決意する。
そんな場面で、女房の力は大きいと楽屋に向かって叫ぶ小八師匠。これには客席も大喜びで満場の拍手。仲蔵と小八が重なった一瞬だ。そのあと、本編から外れた小八師匠は、芸人にとって、また自分にとって、女房の力がいかに大きなものかを力説。そして、感謝の言葉。惚気のようでもあり、本心でもあるような告白。まんざら、ヨイショだけではないことを感じさせる。
落語家は、高座では奥様の悪口をネタにすることが多いなか、堂々と感謝の言葉を述べている小八師匠は、凄く新鮮。本当に和泉師匠に惚れていることを感じさせるし、それを照れもせず隠しもしないのが小八師匠らしさ。
良い女将さんをもらったね、小八師匠。この告白場面だけでお腹いっぱいとなった高座だった。

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