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落語日記 第一回十字屋落語会 馬治・さん助二人会

7月17日
 湯島天神で行われてきた馬治師匠とさん助師匠の二人会。好きな二人だし、芸風の違う二人の組み合わせの妙が発揮されている楽しい会なので、この会のファンとして通っている。コロナ禍の影響で、5月13日に湯島天神で開催するはずだった会が中止になり、この日の会はその代替として会場を変えて開催された。

 会場に到着してビックリ。湯島の繁華街にあるバーやクラブの入っている飲食ビルの中のひと部屋。ビルの中と聞いていたので、事務所を改装したものを想像していた。
 同じフロアには、他に営業しているバーやクラブが何店舗かある。まさに飲屋街の中の小さな寄席。湯島らしい。なので、会場の中はクラブだったころの名残りが残っている。飲食店で使っていたソファーがそのまま座席として使われているし、カウンターだったところが高座となっている。

 繁華街でのクラスターが発生している昨今、飲屋街のど真ん中の会場での開催。主催者もかなり気を使っている。
 客席は間隔を空けて配置し、限定20名という少人数。窓も全開され、普段なら邪魔に感じる街の喧騒が、この会場では安心感を生む騒音と観客側も納得。入口でも、前座の古今亭まめ菊さんがお客さん一人一人に丁寧な手指消毒。
 会場に入ると、こんな状況でも顔見知りのこの会の常連さんを見かけて、いつもより余計に嬉しさと有り難さを感じる。蔵前駕籠に登場する「女郎買いの決死隊」という有名なフレーズが頭をよぎる。この日の観客は、まさに「落語会の決死隊」。その客席には、奇妙な一体感があるのだ。

主催者挨拶
 まず主催者が登場し、この会場を用意した経緯と来場者への感謝の挨拶。

古今亭まめ菊「狸札」
 マクラは、この会の前座としてのまめ菊さんの活躍ぶりが分かるお話。受付のお手伝い、高座のセッティング、ポールハンガーを改造してメクリ台も手作り。高座の毛氈も、当日に御徒町のユザワヤで買ってきましたっ!と働きぶりを報告。
 会場の設営から運営のお手伝いまで、八面六臂の大活躍だ。さすが、丞様の下で鍛えられているだけあって、まさにスーパー前座と呼ぶべきの働きぶり。そんな話に、会場からも大拍手。
 高座では、そんな裏話をケラケラと笑いながら話す人懐っこさは、本編の小狸そのもの。この愛嬌がまめ菊さんの魅力。

金原亭馬治「鮑のし」
 生の高座は久しぶり。いつもの様に落ち着いた風情で高座に上がる。このコロナ禍の情勢、仕事がいっきに無くなってしまった状況をマクラで語る。こんなリアルな日常を話すマクラも面白い。
 噺は、最近よく聴く得意の演目。主人公の甚兵衛さんは、与太郎とも違う落語世界の間抜けキャラ、いじられキャラ。馬治師匠の甚兵衛さんは、そのキャラの本質を上手く表現している。それは、突き抜けた正直者であって、自分の気持ちに素直に従い、相手の気持ちには鈍感な男。まったく悪気がないので、周囲もそれが分かっているから、何を言っても許されている。
 甚兵衛さんのたどたどしい口上に対し、大家さんは「甚兵衛さん、よく頑張ったね」とねぎらうひと声。このセリフは笑いどころでもあるが、甚兵衛さんのキャラを象徴していて私の好きな場面。大家さんの甚兵衛さんを見守る視線が優しいのだ。
 そんな甚兵衛さんも、コロナ禍で苦労しているのだろう。大家さんからのお返しを「持続化給付金」と呼び、頭の良さの片鱗を見せる。

柳家さん助「二十四孝」
 さん助師匠の生の高座は、馬治師匠よりも久しぶり。以前と変わらない表情を目の前で拝見出来て、それだけでも嬉しい。
 マクラは、やはり馬治師匠と同じく、仕事のない自粛生活のなかでの暮らしぶり。さん助師匠の楽しみは映画観賞らしい。映画の趣味も、ちょっと風変わり。気持ち悪い映画が好き。そんな期待の中で見たお勧めの作品と期待外れの作品を面白可笑しく紹介。
 本編は、私的には珍しい噺。いい加減な乱暴者の八五郎と、物知りで辛抱強く諭す大家さんのコンビ。二人の性格の違いと、会話のちぐはぐさを見事に表現。
 どちらのキャラもぴったりのさん助師匠。中国の故事を聞かせるところは、けっこう格調高く貫禄のある大家さん。八五郎は大家さんに諭されて家に帰るも、あまり改心していない風。このいい加減さ、さん助師匠の芸風にドンピシャ。

仲入り

柳家さん助「胴切り」
 さん助師匠の二席目も珍しい演目。辻斬りによって上半身と下半身に切断された男が、それぞれの身体で出来る仕事を探す噺。
 身体が分かれても、それぞれが独立した意思をもって生きていくというファンタジー。お互いを兄弟と呼ぶ馬鹿馬鹿しさ。口がない下半身が、後半で喋るようになるところが可笑しい。どこで喋ってんだ、この質問はツボにはまった。
 演者にとって、下半身の行動を表現するのが難しいらしい。さん助師匠は、扇子と二本指で下半身の動きを上手く表現。それもちょっと恥ずかし気に、そしてさり気なく、しかし馬鹿々々しくて楽しい。
 下げは、下半身の弟が上半身の兄への伝言のセリフ。ノーマルバージョンは、下半身が「あまり茶ばかり飲むな、小便が近くていけねえ」。ところが、この日はもう一つの下げがあります、と別の下げを披露。それは、バレ噺バージョンのもの。大サービスのさん助師匠だ。

金原亭馬治「猫の災難」
 馬治師匠では珍しい噺。この日は初めて聴いたと思っていたが、日記を検索すると、2017年6月13日連雀亭での同真縁で聴いている。その日が初見、十年ぶりの蔵出しだったらしい。その日以来の二度目。
 少しづつ酔っ払っていき、意地汚い本性が少しづつ表われてくるように表情の変化を見せる。さすが、馬治師匠。酔っ払った八五郎、一升瓶を倒したのを隣家の猫の仕業にせず、三枚におろされた鯛がピチピチと跳ねて倒したというオリジナルのクスグリ。身振り手振りで、三枚におろされた鯛を表現するところは可笑しい。
 この噺は、我々人間の本性を見せてくれる。本能の命じるまま、理性が欲望に負けてしまった男。悲しいけど、我々皆が持つ本性。理性が頑張っても負けるときがある。それも、この男の場合は、酒が飲みたい一心という、我々にも身近な欲望だ。こんな意地汚い性は、笑い飛ばすしかない。

 久しぶりに、馬治師匠とさん助師匠の生の高座をたっぷり聴けて、なかなかに楽しい落語会だった。さん助師匠との二人会では、馬治師匠はいつもと一味違ったフワフワした雰囲気で楽しい。
 この日のお二人の高座は、呑気で馬鹿馬鹿しい滑稽噺ばかり集めた四席。コロナ禍でピリピリしている世の中の空気のなか、少しネジの緩んだ欲望丸出しの呑気者が主役の滑稽噺は、そんな世の中からひと時だけでも別世界に連れて行ってくれる。落語会の決死隊であることも忘れさせてくれる。そんなラインナップの二人会。ザッツ落語、という演目選びが光った会だった。

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