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落語日記 当代三遊亭圓歌師匠の人気の訳

鈴本演芸場 8月中席昼の部 三遊亭圓歌主任興行
8月13日
鈴本演芸場では、お盆休みの時季は毎年「納涼名選会 鈴本夏まつり」と題する特別興行を開催し、夜の部が毎年恒例で人気の「吉例夏夜噺 さん喬・権太楼 特選集」。ここでは、さん喬師匠と権太楼師匠がネタ出しで毎日交互で主任を務めている。昨年は、さん喬師匠の体調の関係で、喬太郎師匠と左龍師匠が代役を務められた。
今年の昼の部は「爆笑暑中見舞い 三遊亭圓歌 連日熱演仕り候」と題して、圓歌師匠の主任興行となっている。夜の部と昼の部のどちらも気になっていたが、今回は諸般の事情で、時間が合ったこの日の昼の部にお邪魔することにした。寄席の訪問は、6月の浅草演芸ホール以来。
 
しかし、この日は台風8号が関東に直撃している最中。ニュースによると、この日の午後5時半ころ静岡県伊豆半島に上陸したそうだ。ちょうど、昼の部が終わって夜の部が始まるころ。入場時点では、そんなに荒天ではなかったが、普段、入口に掲げられている主任の幟も仕舞われていた。寄席も台風対策をとっている、そんな天候の日。当然、帰りの足などの影響を考えると、二の足を踏む状況。入場してみると、そんな状況でも、熱心な決死隊の観客の皆さんがいる。本来であれば、お盆休みの土曜日なので、満員でも可笑しくないのだが、コロナ禍に加えて台風の最接近という悪条件で、観客が数十名なら御の字だ。
この後の夜の部の終盤のころに豪雨が予報されている。夜の部は開催されるようだが、客入りは心配な状況だ。
 
途中から観客も増えてきた。その辺りから、客席の反応が良くなってきた。噺の普通に受けるポイントで、大きな笑い声が起きる。寄席ファンの皆さんが駆け付けてくれていることを感じる。台風直撃の状況下で寄席に行くなんて馬鹿だ、そう非難されてもしょうがない。そんな馬鹿の一人として客席にいると、寄席の決死隊の皆さんの見えない連帯感を感じるのだ。
 
柳亭市助「手紙無筆」
口跡明瞭で、よく通る声の前座さん。
 
三遊亭歌奴「牛ほめ」
この芝居は特別興行だからか、いきなり真打の登場。二ツ目の登場は無し。
新聞に出ていた記事ですと小手調べの小噺。恐怖の赤ちゃんとでも名付けようか。下げが馬鹿々々しいお馴染みの小噺。本編も前座噺で軽く、それでいてお馴染みのクスグリでも笑ってしまう不思議。なるほど真打の実力。
 
ストレート松浦 ジャグリング
中国独楽、踊る棒、皿回し、お手玉と、様々な品物が見事に宙を舞う。
 
入船亭扇遊「狸賽」
浅い時間からベテラン、重鎮の登場が続く。演目は扇遊師匠も軽い前座噺。上がり時間に応じたネタの選択は、寄席が団体戦であることを痛感させる。そして、ベテランの味わいのある狸賽、この顔付けでなければ、なかなか聴く機会が無い。
 
鈴々舎馬風「楽屋外伝」
落語協会の最高顧問で、現在の香盤のトップに君臨する馬風師匠。そんな重鎮も寄席の顔付けに従い、早い出番で軽い漫談で流す。時事の話題は詳しいが、昔話や芸人仲間の話は定番。それでも、お元気な姿を拝見するだけで、寄席ファンとしては満足。
 
ニックス 漫才
ネタはお馴染みの脳トレの話。妹のトモさんの「そうでしたか」は、かなりギャグとして定着してきた。この日も、寄席ファンに受けていた。これは今は亡き昭和こいる先生のいい加減な相槌芸「はいはいはい、良かった良かった」を思い起こさせる。トモさんのテキトーな相槌芸、ますます磨いていって欲しい。
 
古今亭菊之丞「片棒」
さすがお盆休みの特別興行、人気者が続く。まずは、三坊の定番マクラからケチの小噺をいくつか並べる流れるようなマクラ。ここからケチの噺の本編へ。
この片棒は、最初から若旦那が一人だけの設定、三人兄弟でいうと次男の遊び人のみというバージョン。まさに寄席仕様で、この次男だけのエピソードだけでも十分に可笑しい。
 
春風亭一朝「幇間腹」
ベテランの人気者、鈴本演芸場の常連の一朝師匠。ここでも短く凝縮された滑稽噺。前方の皆さんは、笑いどころが多いけど軽い滑稽噺を並べてくるのは、爆笑王の圓歌師匠の主任を意識されてのことだろう。
 
柳家小菊 粋曲
この日は都々逸を何曲か。それも朝顔の出てくる曲尽くし。分かり易い都々逸のメロディが心地良い。
 
隅田川馬石「粗忽の釘」
ほんと、この日の出演者は、みな鈴本演芸場で主任をとっている人気者ばかり。そんな皆さんが前方に並ぶ番組は、特別興行ならでは。そんな皆さんなので、団体戦の本筋は外さず、穏やかに盛り上げていく。
馬石師匠の粗忽者は、どこか愛嬌が有って憎めない。思い込みが激しく。人の話をあまり聞かない。そんな、愛すべき粗忽者に、近隣住民たちも暖かく受け入れる。
 
仲入り
 
ホンキートンク 漫才
ロケット団の代演。冒頭の拍手のネタで、自分たちのこと初めて観た方の問い掛けに、起き上がる大拍手。観客の皆さんは寄席の常連さんだ、分かってらっしゃる。
 
三遊亭歌武蔵「支度部屋外伝」
この日は、終始、相撲に関する漫談。コロナ禍による無観客の不思議さ、可笑しさを憂いながら、それでも相撲愛にあふれる毒舌に会場大受け。解説の北の富士親方のエピソードは、何度聴いても可笑しい。テレビ中継の解説はこのまま北の富士親方に続けていってもらいたい。
 
柳家三三「加賀の千代」
膝前で三三師匠を拝見するのは初めてかもしれない。すでにベテランの貫禄。
女房の差し金で隠居に借金を頼みにいく亭主の甚兵衛という筋書きの下、夫婦の会話や甚兵衛と隠居の会話の長閑さが楽しい噺。爆笑はないが、のんびり流れる時間が心地良い一席。
 
林家二楽 紙切り
芸者 台風 結婚披露宴
 
三遊亭圓歌「やかん工事中」
いよいよ主任の登場。圓歌師匠の主任興行は初訪問。どんなネタを掛けてくれるのかと楽しみにしていた。マクラは、お馴染みの先代圓歌師匠の思い出から。これで終わると「圓歌伝」となる。会場が暖まってきたら、いつの間にか本編へ入っていた。噺は圓歌師匠の十八番で、古典「やかん」の改作。
本編と言っても、根問物なので、短い小噺のような問答が連続していく構成。マクラの漫談との境目がない。時間調整しやすいので、圓歌師匠は寄席ではよく掛けている演目。と言うか、歌之介時代から、寄席でこの演目以外は、あまり聴いたことがない。今回、主任の高座でも、普段のスタイルを貫いている圓歌師匠。
そんな寄席の前方でよく聴く演目が、長い持ち時間の主任の出番でも掛けることが可能なのは、問答の数が豊富に有ってバラエティーに富んでいることの証し。薬缶の名前の謂れの段が終わっても、噺はまだまだ続いてゆく。問答は、インチキな蘊蓄話から、人生や宇宙の話にまで広がっていく。馬鹿々々しい問答の中に、人生の哲学が隠されている、かも、しれないのだ。
長年に渡り、この噺を掛け続けている圓歌師匠。そのうえで、人気者の地位を維持されている。その秘密が、この演目に潜んでいる。同じ内容の単なる繰り返しではなく、時代の空気や流行などを取り入れて、問答を入れたり削ったりしながら、この噺を磨き続けてきた。時代と共に、この噺を微妙に変化させてきたのだ。それと同時に、何度聴いても可笑しい根幹の部分は、変えずに守っている。変わらない問答のところは、何度も聴いているはずなのに、つられて笑ってしまう。同じ演目を同じ演者で聴いても何度も楽しめる、そんな落語という芸能の本質を伝えてくれる。
これらが、この演目が生き残ってきた理由であり、圓歌師匠が人気者であり続けている訳だと感じさせてくれた主任の一席だった。

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