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落語日記 老舗のホール落語会に初訪問

第683回 紀伊國屋寄席
5月25日 紀伊國屋ホール
紀伊國屋ホール開場の年、昭和39年(1964年)から始まった、老舗のホール落語会。月一回開催で、半世紀以上の年月を重ね、今回が何と683回。
そんな歴史と伝統のホール落語会、いつかは行こうと思いつつ、行かずに何となく今まで来てしまった。特に毛嫌いしていた訳でもなく、たまたま切っ掛けが無かったからというのが正直な理由。
そんな老舗の会に、今回初参加することになったのは、出演者と演目が並んでいるチラシを見て、出演者の皆さんが大好きな落語家ばかりなので、こりゃあ行かねばとチケットを申し込んだ次第。私の好きな小八師匠、圓太郎師匠、左龍師匠、たい平師匠がネタ出し。特に、たい平師匠が「らくだ」でトリを務められる。これはかなり魅力的な番組構成。普段スルーしていた紀伊國屋寄席のチラシが、目にしたとたん、飛び込んできたような感覚。私の落語ファン心理の琴線に触れた、とでも言えばいいのだろうか。自分が主催者なら、まさに組んでみたい顔付け。黒門町若旦那寄席を開催するなら、いずれ実現したい夢の顔付けなのだ。チケット購入時点から開催までに、こんなにワクワクして待っていた落語会もそうそうない。
会場に入ると、常連さんらしき雰囲気の高齢者の観客が大勢、さすが老舗の落語会。
 
柳亭左ん坊「浮世根問」
左龍師匠の弟子の前座さん。噺に素直に取り組んでいる感じが心地良い。
 
林家つる子「反対俥」
高座に上がるなり、興奮した様子でマクラを語り始める。なんと、この会は初出演だそうだ。ついでに、前座の左ん坊さんも初出演と紹介して、二人に対する盛大な拍手を受ける。老舗落語会の出演者に選ばれたことの喜びを素直に、そして、こちらがちょっと驚くくらいな感情表現で伝えてくれる。つる子さん、良かったね、私も初めて仲間ですよと、常連さんたちに混じって、拍手しながら心の中で祝福。
マクラは後輩、三遊亭ぐんまさんネタ。これがタクシーの後部座席での会話の話で、本編の人力俥の噺の前振りとなる。
本編は、スピードと勢いがあって、下げまで文字通り突っ走った。俥夫は、威勢のある男のみが登場するバージョン。上野行きを頼んで鎌倉に到着、では反対俥で、と言って後ろ向きに座り、くるっと半回転して前向きに疾走。初出演の喜びを体現したかのような、大汗かいての熱演だった。
 
柳家小八「佐々木政談」
この後からお目当てが続く。元気なく登場する様子は、先の師匠を思わせる。開口一番、私も初出演です。これには笑い声と盛大な拍手。
マクラは、先の師匠、喜多八師匠の思い出話。これは小八師匠のお約束。私もこの思い出話を聴くのが好きなのだ。山手線内だったら全部、自転車で移動された喜多八師匠。小三治師匠の元へ師弟で挨拶に行ったときも、二人で自転車で行った。師弟でしか共有していない貴重な思い出。辛い経験との引き換えに手に入れた素晴らしい財産だ。
話は小八家の家庭の話題へ。ご夫婦で落語家の家庭、娘さんがいるそうだ。その娘さんには父親の職業をミシュランの覆面調査員と教えている。しかし、実は落語家とばれている。そんな娘さんの話から、頓智が効いて利発な子供が主役の本編へ。これも上手い流れ。
主役の子供は、子供らしさを振りまきながら、言動は大人をへこます生意気で頓才を感じさせるもの。町場での奉行所ごっとと、リアルなお白洲でのお裁きの場面。対照的な場面だが、それぞれ子供らしさと大人らしさが溢れていて楽しい一席。喜多八師匠張りの美声で、堪能させてくれた小八師匠だった。
 
橘家圓太郎「厩火事」
圓太郎噺の会や圓太郎商店などの独演会も、ご無沙汰となっている。拝見するのも久しぶり。お顔や体形が丸くなった印象。と思っていたら、ご自身から、お客様に会うたびに「太ったね」と言われてます。会場の皆さんも感じていたようで、納得の笑い。
マクラも楽しみな圓太郎師匠。ご家族の話題も楽しい。この日も娘さんの話。現在、小学五年生。その成長ぶりをちょっと心配そうに語るのは父親の顔。強面の圓太郎師匠だが、娘さんの前ではきっと優しい父親であることは想像に難くない。小八師匠に続いて、娘さんの話題。皆さん、家族想いの良いパパなのだ。
福岡出身の師匠が、なぜ東京にいるのか、地理を勉強していて浮かんだ娘さんの疑問。小朝師匠に弟子入りするために、家出して現在に至るということを優しく教える。すると、娘さんに「父親が家出した」と近所で言いふらされ、近所を犬の散歩中に、ご近所さんから「お戻りになったんですね」と安堵されたという逸話。そんな楽しいマクラから本編へ。
お崎さんが相談に行ったのは、兄貴分ではなく仲人のところ。大人然とした貫禄のある仲人。相談中のお崎さんの様子、痴話噺と混ぜっ返しの反応が楽しい。半分呆れながらも、理路整然と亭主の心持を試す方法を伝える仲人の様子が、圓太郎師匠の貫禄や風情と一致していて、味のある厩火事だった。
特に印象的だったのが「唐土(もろこし)の気分」というお崎さんのセリフ。揺れる女心を表している。圓太郎スペシャルなセリフかも。そんな工夫も見事。
 
仲入り
 
柳亭左龍「佃祭」
左龍師匠のこの演目は初見。江戸の夏祭りは5、6月ころが多い。この噺の舞台、佃島にある住吉神社の例祭は、8月に開催される真夏のお祭り。なので、夏の噺として掛けられるので、今年はこの日が今年初の佃祭。真夏の風物詩を扱う噺として、落語を聴き始めたころから好きな演目。また「情けは人の為ならず、巡り巡りて己が身のため」という諺で締めくくられる、これぞ人情噺というところも好きなのだ。そんな演目を左龍師匠で聴けるということも、この日のテンションアップの要因。
本編は、いつものような左龍師匠の語り口で、人の好い人情家の主人公の小間物問屋の次郎兵衛や佃島の漁師夫婦を、いつもながらの細やかな表情の変化で、感情豊かに描いて見せてくれた。
後半は、死んだと勘違いされた次郎兵衛さんの通夜での大騒ぎ。ここでは前半の佃島での人情噺から一転、滑稽噺としての表情を見せる。長屋の連中が交代で滑稽な悔やみの口上を述べるなか、与太郎が悔みの口上で、悲しみの感情を見事に伝えてくれた。セリフにも「与太郎が一番上手ぇじゃねえか」とあるが、まさにその通り。本当に上手い、悲しみの感情表現。不覚にも、目頭が熱くなった。
与太郎に泣かされてしまうとは、我々観客も長屋の住民同様、感情に正直な者のストレートな悲しみの表現には弱いのだ。これも、左龍師匠の技量の高さの証し。人情噺と滑稽噺のバランスが見事な一席だった。
 
林家たい平「らくだ」
いよいよ、トリのたい平師匠登場。この演目はたい平師匠では初見。なので楽しみにしていた。明るくて爽やかな若旦那の風情漂うたい平師匠が、どんな屑屋や丁の目の半次を見せてくれるのか、どんなを悪人の顔を見せてくれるのだろうか。そんな興味を持って臨む。
マクラは、お馴染みの笑点ネタ。いつもはマクラ長めの印象あるが、この日は長講ネタのためか、短く切り上げ本編へ。
冒頭から、強面の半次と気弱な屑屋のメリハリの効いた遣り取りが走り出す。強面な表現も、さすがに上手い。ひと通り仕事を終えて、通夜の真似事の酒盛りの場面までは、まさに本寸法で基本に忠実な「らくだ」。ところが、酒盛りで徐々に酔っ払っていき本性を見せ始める屑屋。この屑屋が、まさに愛にあふれた男なのだ。
酔って強気になるところは同じだが、「俺を兄貴と呼べ」から始まる逆転劇が、屑屋の愛情の見せ場となる。「俺の胸に飛び込んで来い」と両手を広げて半次を誘う。何度も何度も誘う。最初は強がっていた半次も、最後は屑屋の胸に飛び込む。よしよしと抱きしめる屑屋。半次の苦しみや悲しみを受け止めてやる。どんな悪人でも受け入れるという救世主のような屑屋。ビックリと同時に、たい平師匠の人間愛という、落語で表現したい根元のテーマがこれなんだろうなあと痛感させられた。たい平師匠らしさを、強く感じた「らくだ」だった。

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