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落語日記 これぞ掛け取りと呼ぶべき、手本のような一席を聴かせてくれた一朝師匠

鈴本演芸場 12月中席夜の部 特別企画公演「年の瀬に聴く芝浜と掛け取り」
12月17日
鈴本演芸場では、毎年12月になるとテーマを決めた企画物の特別公演が行われている。コロナ禍による客席の制約は廃止されているが、検温や手指消毒、マスク着用、飲食の制限などの規制は残っているなかで、今年も様々な企画の特別公演が開催されている。
昨年に引き続き、中席夜の部では「年の瀬に聴く芝浜と掛け取り」と題して、年の瀬を舞台とした演目を日替わりの演者が掛ける特別公演が行われた。
この企画で掛けられる演目は「芝浜」と「掛け取り」の2演目。この日は、春風亭一朝師匠が「掛け取り」を掛けるので、これは是非聴かねばと出掛けてきた。

昔は日常の買い物は、出入りの業者から代金の支払いをツケで行う、掛け売りの取引きが多かった。ツケは月末ごとに支払うのが原則だろうが、代金の遣り繰りがつかず支払えなかった分は翌月まで繰越されることもあったようだ。なかには何ヶ月も溜めた強者もあったかもしれない。そんな強者たちから年内に何とか回収しようとする商人は、その年の最終日、大晦日に取り立てに出向く。
掛け売りで貯まったツケを取り立てることから、回収することや回収する人を「掛け取り」と呼んだ。大晦日の掛け取りと長屋の住民との攻防戦を描いた噺なので、この演目も「掛け取り」と呼ぶ。元々は上方発祥の噺で、「掛取万歳」とも呼ばれていた。落語世界では暮れの攻防戦はまさに風物詩、この噺以外にも「尻餅」や「にらみ返し」などでも描かれている。

舞台が大晦日の一日を描いた噺なので、年の暮れの時期にしか聴けない噺。また、掛け取りに対抗する長屋の住民は、芝居や三河万歳で掛け取りを撃退するので、相手を感心させられるくらいの芸の技量が要求される。こんな理由から、演者が少なくて、なかなか聴けない珍しい噺となっている。
そんな珍しい演目を、演者を選んでこの暮れの時期に聴かせてくれる特別公演を、鈴本演芸場が企画してくれたのだ。いずれの演者も、席亭推しのこの噺の名手たち。中でも、芸事の名人である一朝師匠の一席は聴くべき一席、この機会を逃したら来年の暮れまで聴けない。そう思ったら、矢も盾もたまらず鈴本演芸場に向かった。

春風亭いっ休「出来心」
なかなか留守宅に当たらないのが、泥棒の間抜けさより運の悪さを感じさせる。そんな出来心もありだ。

林家彦三「からぬけ」
酒粕、一年は何ヶ月兄弟、星取り兄弟、そして穴子でからぬけと、与太郎小噺集。この奥床しさは彦三さん。

翁家勝丸 太神楽曲芸
座っての曲芸は、かえって難しそう。不思議な間合いが笑いを呼ぶ。
  
春風亭柳枝「時そば」
典型的な古典も、柳枝師匠の手に掛かれば、噺の持つ可笑しさをパワーアップさせて爆笑の噺となる。後半の蕎麦屋の不味さは強烈。こんな蕎麦屋が景気の良いはずがない。不味い蕎麦屋の主人の商売態度が、ふざけ過ぎていて可笑しい。

鈴々舎馬るこ「バルブ職人」
ネットで調べると、芦ノ牧温泉のご当地落語として現地取材の上で作った落語。今回は寄席向けのショートバージョンだそうだ。
栗ノ木温泉という架空の温泉地の観光協会に就職した新人が担当させられた仕事が、足湯を常に適温にするため源泉の湯量を調節するバルブ調節の仕事。この神がかり的な職人技、奇妙な合言葉と動作が怪しくて楽しい。馬るこワールド炸裂の一席。

五街道雲助「権助魚」
久しぶりに拝見したが、どことなく痩せられた印象。表情や語り口はいつも通りなので、ちょっと安心。
威勢の良い若手の高座が続いたあとに、いつもの雲助節で長閑な古典を聴かせてくれると、どこかほっとする。寄席の空気の心地良さを感じる瞬間。

柳家小菊 粋曲
続いても、寄席の空気を感じさせてくれた小菊師匠。江戸前の芸の粋と緩さと華やかさ、美声に乗せて伝えてくれた。
  
宝井琴調「赤穂義士銘々伝~大高源吾 両国橋の出会い」
この芝居の番組表、琴調先生の出番のところには「赤穂義士と忠臣蔵」というタイトルが付されている。この特別公演の中の一部、ここでもネタ縛りの企画。暮れの講談と言えば忠臣蔵。仲入りの出番で、琴調先生は忠臣蔵に所縁の演目を読む。
この日は、討ち入り前日に両国橋で再会した大高源吾と宝井其角にまつわる演目。この一席だけでも充分に暮れの気分を味わえた。

仲入り

アサダ二世 奇術
いつものアサダ節、ちゃんとやります、が後々にギャグとして効いてくるネタのオンパレード。最後のトランプによる風船割りのネタでは、まさに、ちゃんとやっていません。爆笑を呼ぶ手品は、さすがアサダ先生。

古今亭文菊「のめる」
いつもの、気取ったお坊さんからの入り。これを演らないと噺に入れない、は寄席常連さん向けのセリフ。
マクラから一変し、勢いのある江戸っ子同士の意地の張り合いを見せてくれた本編。啖呵も聴かせる文菊師匠。

林家正楽 紙切り
この日の膝替わりは正楽師匠。この日の注文は、頭を捻る難しいものが多かったせいか、身体を揺らさずに切っていた。
相合傘(鋏試し)・紙切りをするサンタクロース・宝船・富籤・ヤクルトスワローズの優勝

春風亭一朝「掛け取り」
初めて聴く一朝師匠の「掛け取り」。期待でワクワク、まさに文字通りのお目当ての一席。いつもの様に、一朝懸命から始まる穏やかな滑り出し。逆に益々期待で盛り上がる。
この噺は、長屋の夫婦の何気ない会話から始まる。いささか気の強い女房に、貯まったツケはどうすると迫られ、強気なのか弱気なのか、本心がよく分からない亭主が、相手の好きなもので断りを入れれば帰ってくれるという作戦を告げる。昨年の暮れは死んだふりという作戦が失敗しているので、女房は今度も本気にしない。この辺りの夫婦の会話が、貧乏長屋の風景を想像させるものであり、また、亭主の考案した作戦の馬鹿々々しさや長閑さが、まさに落語世界の住民らしさを見事に表現している。
そんな序盤から、掛け取りがやって来る場面が始まった途端、ジェットコースターに乗っているような一気呵成でスリル満載の攻防戦の連続となる。

掛け取りの好きなものが、大家さんの狂歌から始まって、芝居、喧嘩、三河万歳と続く。どれも一朝師匠の得意とする演目に所縁のありそうな芸能。芸事の素養のある一朝師匠ならではの一席だった。
この大家さんとの攻防戦のみを描いたものが「狂歌家主」という噺。狂歌も落語のモチーフとしてよく顔を出す。大家さんが感心するような狂歌を次々と繰り出す亭主。一朝師匠の語り口の流暢さが活かされた場面だ。ここではトントンとリズミカルに話が進むので、あれよあれよという間に大家は納得して帰ってしまう。口から出まかせという言葉があるが、適当に口をついて出たようで、その実は良くできた狂歌の数々。この狂歌が楽しいものなので、観客も大家と同様に気分が高揚させられるのだ。
その次の芝居と喧嘩は、まさに一朝師匠の面目躍如という場面。伝家の宝刀、得意技を繰り出す場面なのだ。芝居の場面は鳴り物入り。恩田えりさんという近所のお師匠さんが弾いていると、亭主が紹介。切れの良い伴奏は、さすが、えりさん。この三味線が流れる中で、歌舞伎役者さながらのセリフを聴かせてくれた一朝師匠。芝居の舞台が目に浮かぶ。
芝居の次に相手の好きな物は喧嘩、なんだか馬鹿々々しい設定だ。「芝居の喧嘩」で一朝師匠は、キレッキレの啖呵を聴かせてくれる。この噺でも、亭主が威勢の良い見事な啖呵を聴かせてくれた。この啖呵の応酬も、屁理屈合戦で亭主に軍配が上がる。喧嘩と言っても殴り合いではない。言葉の応酬、売り言葉に買い言葉で戦うのだ。相手も啖呵で切り返しながらも、捨て台詞を吐きながら退散させられる。ここでは、言葉で言い負かす痛快さを味わえる。
最後の手段、三河万歳は、現在となっては馴染みの少ない伝統的な郷土芸能。聴いたことがないので、一朝師匠演じる三河万歳が正統派で忠実なものかどうかは判断つかないが、いかにも三河万歳と思わせる節回しで聴かせてくれた。ここでも、掛け取りのみならず観客も納得させた一朝師匠。この場面だけでも聴く価値がある。

最近の「掛け取り」では、相手の好きな物を演者の得意な物に変えるバージョンが多い。なので、最後の三河万歳の場面を聴く機会も少ないと思う。そういう意味で、この演目の発祥由来の三河万歳まで聴かせてくれた一朝師匠の一席は、この噺のスタンダード、手本、教科書として後世に残すべき一席なのだ。まさに、ザッツ掛け取り、これぞ掛け取り。落語界に世界遺産があるとするなら、この一席は登録し後世に残したい落語遺産だ。今年聴いた落語の中で、ベストワンを争う一席なのは間違いない。

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