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落語日記 松本清張作品を落語にして口演した扇蔵師匠

入船亭扇蔵 松本清張作品集
11月5日 お江戸日本橋亭
松本清張作品の落語化は、今までも多くの落語家が挑んできた。入船亭扇蔵師匠もその一人。若かりし頃より松本清張に心酔し、小説をはじめ映画やドラマなどの映像作品も夢中になって親しみ、数々の作品に魅了されてきた。落語家になってからは、清張作品を落語にして口演する試みに挑戦されている。今までに「くるま宿」「いびき」「左の腕」と披露してきた。そして、今回の独演会で口演するのは、第四弾となる「西郷札」をネタ下ろし。そして、もう一席は、再演となる「左の腕」。
清張作品のみを披露する会なので、会のタイトルも「松本清張作品集」。独演会の企画としては、なかなか意欲的だ。この独演会をプロデュースしているのは有限会社宮岡博英事務所で、代表の宮岡博英氏は以前より扇蔵師匠を応援されていてる。
この会のパンフレットによると、宮岡氏も松本清張ファンで、作品の話で意気投合し、それがご縁で扇蔵師匠の会を主催するようになったそうだ。今回の上演についても松本清張氏サイドの了解を得て、さらに撮影した写真家の林忠彦氏の許可のもと松本清張のポートレートを使用したパンフレットを作成している。演者も主催者も松本清張ファンの落語会、なるほど気合いが入っている。

入船亭辰ぢろ「やかん」
入船亭扇辰門下の前座。師匠からジロ、女将さんからはジロちゃんと呼ばれている。コロナ禍で師匠が自宅にいたとき、「ジロ、散歩に行くぞ」と呼ばれ、まるで飼い犬みたい。そんな、笑いを呼びながら自分の名前を憶えてもらおうという作戦は、前座らしくない大胆さだ。

坂本頼光「サザザさん 第4話・第7話」
まずはゲストの舞台から。最近、落語芸術協会に入会して、寄席にも出演されるようになった活動写真弁士の頼光先生。
頼光先生は、無声映画全盛期の頃の俳優に詳しいのはもちろん、昭和の頃の映画やドラマなど、結構古い作品のこともかなりお詳しい。なので、主催者から、松本清張所縁の無声映画というリクエストがあっての出演。年代的に、松本清張が作家デビューしたのは戦後の昭和20年代、すでに無声映画の時代は終わっている。時代が違い過ぎて、清張作品と無声映画の関連作品はない。そこで、色々と考えた、と今回の出し物の主旨説明。
自分も松本清張が大好きで、小説ではなく映像作品から入った。なので、映像作品によく登場した昭和の名優たちが好きだったことに改めて気付く。そんな名優たちを自作のアニメ作品にも登場させてる。
この日に活弁を披露した映像作品は、自作のアニメ。サザエさんのパロディなのだが、筋書きはかなり毒にあふれていてぶっ飛んだもの。通常のメディアでは、およそ公開は難しいだろう内容。この日記でも、ストーリーの記載は省略させていただく。
頼光先生のリアルな公演でしか観ることができないもの。これがある意味、頼光作品のプレミアム感となっている。
このサザザさんに登場する昭和の名優は、波平役が殿山泰司、猫のタマが小池朝雄、そして田中邦衛も顔を出す。頼光先生は、この名優たちの物真似が抜群に上手い。また、水木しげるファンで弟子入りしていた頼光先生は、漫画を描くのも得意。なので名優の似顔絵も、すごく似ている。そんな活弁は、名優の皆さんをご存じな世代の観客には大受けだった。

入船亭扇蔵「西郷札」(さいごうさつ)
この日の主役、扇蔵師匠登場。まずは、この会の主旨説明から。
落語家にも清張ファンが多いという話から、前座時代の思い出話。扇遊師匠と志ん輔師匠の二人会の打上げで、このお二人が映画「砂の器」の名場面の加藤嘉と丹波哲郎の対面シーンを再現していた。打上げに参加している他の方々は分からず、当時前座だった自分が知ってます、と口出ししたら、前座は知らなくていいんだと師匠に怒られたという思い出。

この作品の名前にもなっている西郷札の謂れを丁寧に解説。明治初期の動乱期の時代背景と西郷の晩年、特に西郷下野から西南戦争までを簡潔で分かり易く話してくれた。さすが、教員免許所持の扇蔵師匠。
薩摩藩なので鹿児島県の印象があるが、この西郷札は現在の宮崎県にあたる地域で多くが使われたそうだ。西郷札の主人公も、日向地方出身。宮崎県南西部も薩摩藩の支配下だったことが伝わる話で、私的にはちょっと引っかかる歴史の話。
この作品もドラマ化されている。平成3年にTBSで松本清張作家活動40周年記念ドラマスペシャルとして放映された。主演は緒方直人、ヒロインは仙道敦子で、のちに夫婦になる二人の初共演作品。このドラマのことも楽しそうに紹介する扇蔵師匠、こんなところからも清張マニアであることが感じられる。

多くの落語家が過去に落語化に挑んできた清張作品はいくつもあるが、この「西郷札」は扇蔵師匠の手によって初めて落語化された作品のようだ。
おそらく、小説では描かれていただろう主人とヒロインの恋愛模様は、扇蔵版落語では、大きく省略され、車夫となった主人公とヒロインの亭主である官僚との、西郷札を巡る駆け引きが描かれる構成。薩摩藩の戦費調達のための軍票が、西南戦争の後にはただの紙屑となってしまい、その処理で政府とつるんでひと儲けしようとした商人たちの思惑が、騒動を巻き起こす。扇蔵師匠の雰囲気が、思惑を顔を出さない官僚の不気味さを上手く伝えてくれた。笑いどころは少ないが、物語に引き込まれる一席だった。

仲入り

林家正楽
子供を乗せて駆ける馬・相合傘(以上、鋏試し)・お囃子の岡田まいさんと紙切りしている正楽師匠・酉の市・松本清張
この会ならではの注文「松本清張」に対して、小説を執筆している姿を見事に切り出した正楽師匠。

入船亭扇蔵「左の腕」
この演目の落語化の歴史をネットで調べてみた。古くは昭和30年代に、三代目桂三木助師によりラジオドラマとして放送されている。先代の橘家文蔵師匠も松本清張の許可を得て、演目名「飴売り卯助」と題して口演。このときの先代文蔵師匠の残した記録を基に、当代の文蔵師も再構築して口演、強面の文蔵師匠のキャラが活かされた高座だったようだ。柳家小三治師も、この作品の朗読CDを出されている。この小説も、テレビドラマ化もされている。
そんな落語界との関わりのあるこの作品に扇蔵師匠が初挑戦されたのは、令和4年1月23日の池袋演芸場での独演会。初演は聴いていないので想像するしかないが、ネタ下しからの時間の経過が、噺の熟成を進ませたことだろうと期待が高まる。

物語は、江戸時代の話。飴売りを生業とする卯助とその娘が、深川の料理屋で働くことになるが、その料理屋に押し込み強盗が入り、その卯助の過去が暴かれていくという筋書。
口数少なく実直に働く卯助が、昔は悪に手を染めていた大親分だった過去。その正体が明らかになってから、卯助が本性を現すという変化を見せる。この強盗と対峙する場面が、この噺の勘所だろう。娘に目を付けた目明しは、ドラマにもよく出てくるような小悪党。
そんな登場人物たちを、静かにそして、感情豊かに描いてみせた扇蔵師匠。
この物語は、男たちの侠気や信念を貫く姿を描いていて、かなりハードボイルド小説の匂いがする。時代小説でいうと、藤沢周平のずいぶん前に先輩として登場していたような印象だ。
この日に口演された清張作品を私は読んだことが無い。扇蔵師匠はマクラで、この口演を聴く前には原作を読まないで欲しいと仰っていた。ということは、聴いた後に原作を読んで楽しむのは構わないだろう。忘れないうちに原作を読んでみたい、そう思っている。そんな楽しみも残してくれた落語会だった。

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