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落語日記 苦手な噺に必死で挑戦する赤裸々な姿が観客の気持ちを惹きつける落語会

遊かり一花のすききらい vol.11
11月14日 新宿 フリースペース無何有
遊かりさんと一花さんのお二人が、自分たちの好きな噺と苦手な噺を交互に掛けることに取り組んでいる落語会。前回の訪問は7月のVol.9で、Vol.10は欠席。そのVol.10では一花さんが咽の痛みで欠席となり、林家あんこさんが代演。なので、Vol.10は本来は苦手な噺の回だったのが、今回に苦手な噺の回が順延。一花さんの病状は悪疫によるものではなく大事には至らなかったようで、この日も元気な表情を見せてくれた。
 
オープニングトーク
ざっくばらんな二人の会話が聴けるのが、この会の魅力のひとつ。特に苦手な噺の回は、苦手になった訳や過去の失敗談を赤裸々に告白してくれる。なので、そんなトークを聞いたあとで、苦手な噺に再挑戦するお二人の高座が観られるのだ。なかなか無い形式が、楽しさを増す落語会。しかし、観客は興味深く聴けるが、演者側は自らハードルを上げることになり、ハードさが増すことになる落語会なのだ。
遊かりさんは、昨日の親子会、今日のこの会に続いて、明日、新作のネタ下しの会が待っていて、その新作の台本も現時点で6割くらいしか出来上がっていない。この会の後も、台本作りの追い込みが待っているという大変な状況。そんな中で、苦手な噺の再チャレンジ。ますますハードルが上がる。
苦手噺の演目はあらかじめ発表。一花さんは、浅草演芸ホールの披露興行で絶句してしまった演目「金明竹」。遊かりさんも、啖呵で苦労されている演目「大工調べ」。「おーっ!」という客席の皆さんの心の声が聞こえる。
今回は、お互いに言立てで苦労した経験のある演目に挑戦される。これは偶然の一致で、ネタ決めのときには、噺が付くことに気付かなかったそうだ。この演目を聞いて、いやが上でもこの後の挑戦への期待が高まる。
 
「すききらい」というこの会のコンセプト、そろそろ変えませんかと一花さんから提案。一花さんは、挑戦する苦手な演目を選ぶのに苦労しているそうだ。次回までは「すききらい」という名前での開催は決まっている。月島社会教育会館という大きな会場で、林家正楽師匠をゲストに迎えて記念の回として開催予定。
その後は、もしかするとコンセプトをリニューアルした落語会として、新装開店するかもしれない。
 
春風亭一花「金明竹」
この日の主任は一花さんの番。なので、苦手な噺の一席目、まずは一花さんが露払い。
マクラは、今月10日まで開催されていた新真打披露目のお手伝いでのエピソードから。今回は会場でのグッズ販売をお手伝い。会場の演芸場ごとにオリジナルなTシャツを製作。最初は在庫の山だったのが、皆さんが頑張って売り、最後の国立演芸場ですべて完売。そんな話から、前座が披露目で起した様々なシクジリ話。若かりし頃の皆さん、色々やらかしてます。披露目の高座で絶句した一花さんのシクジリなんて、軽い軽い。
そんな長めのマクラから、本編は、傘や猫を借りに来た客の場面をカットし、口上を言立てる使者との遣り取りが中心。まさに、注目の的の言立て場面に特化した構成だ。
オープニングトークでの絶句経験を聞いた後だ。いよいよ使者が口上を語る場面に来ると、さて今回は大丈夫か、客席はみな固唾を飲んで注目。そんな中で、見事な上方弁で完璧な口上を聴かせてくれた一花さん。ほっとした空気が広がる客席。
こんな一席を披露できる一花さんでも、頭が真っ白になって絶句することがあるとは。まさに、高座には魔物が住んでいる。
 
三遊亭遊かり「大工調べ」
遊かりさんは、この噺に対する思い入れの話から。小遊三師匠のかっこイイ大工調べに憧れて稽古を付けてもらった。この噺を女性が上手く出来るのかどうか、そう問われたとしても、自分がやってみたいから挑戦するのだという答え。たしかに、女流落語家で大工調べに挑戦する人はあまりいない。昨年6月のこの会で、一花さんが好きな噺として聴かせてくれた。そのときも、啖呵でハプニングがあり、それも楽しい思い出。今回は遊かりさんが果敢に挑戦する番だ。
一花さんのマクラを受けて、遊かりさんも落語協会の新真打披露目のお手伝いに参加した話。師匠が元落語協会なので、顔を出すタイミングに気を使う。国立演芸場の扇橋師匠主任の日に参加し、元デパート販売員の経験を活かし、Tシャツを販売した。営業力を発揮されたそうだ。
遊かりさんの今の楽しみは、録画したドラマを観ること。役者の演技を観るのが好きとのこと。今ハマっているのが朝ドラ「本日も晴天なり」の再放送。津川雅彦が江戸っ子の父親役で出演している。そのべらんめえ調の江戸弁の啖呵が楽しい。周囲の人たちから見ると、かなりウザイ存在。この江戸っ子の啖呵は、争いを解決するものではない。逆に炎上させて、それが解決に向かう切っ掛けとなっている。そんなドラマでの江戸っ子の話から、上手く本編へ入る。
 
噺は奉行所へ訴え出るところまで。一花さんの金明竹に登場する小僧は、松公ではなく与太郎。なので、今回も与太郎が登場するので、さっそくこの噺でも茶道具屋の与太郎が登場。師匠譲りのぶっ込みを見せる。
この噺の見せ場でもある棟梁の流暢で威勢のいい啖呵は、義理人情に厚くて面倒見がよく、弱気を助け強気をくじく正義漢、そんな江戸っ子気質を象徴するもの。なので、流暢さを競うように聴かせるのが真の意図ではないと考えている。だから、カッコ良さとか心地良いよさは副次的効果なのだ。ただ、トントンと啖呵を切ってもらえば、観客も溜飲が下がるのは間違いない。
遊かりさんも、棟梁の啖呵は言立てとしての効果が大切なのではない、そんなことも話されていた。この言葉のとおり、棟梁が大家に向かって啖呵を切る前の場面では、言葉を丁寧に繋ぐことによって、与太郎と棟梁と大家の性格描写が成功している。
そして、いよいよ肝心の啖呵の場面。ここでも、観客の皆さんは固唾を飲んで注目。お二人のオープニングトークの前振り効果、客席全体から無言の声援が聞こえてきた。皆さんが見守るなか、絶句することなく、無事に駆け抜ける。慎重さも伝わり、遊かりさんがたまに見せるような、噺が好きすぎて、前のめりで早口になるようなことは無かった。
 
仲入り
 
三遊亭遊かり「鷺とり」
お二人の苦手噺への挑戦を終えられ、宿題の提出が終わってほっとひと安心、そんな表情の遊かりさん。明日の新作の会に対する準備の話。新作を生み出すときの苦しみを語る。早く家に戻って、台本作りの作業をしたいので短い噺にします。また、この日の主任の一花さんは、前回欠席の穴を埋めるように、この後たっぷりとやってもらうために自分は短くします。そんなマクラから本編へ。
おそらく、寄席でもよく掛ける手持ちの噺。慣れた感じで、すらすらと。滑稽噺でストレス発散しているのかも。
 
春風亭一花「粗忽の釘」
さて、この日の主任登場。そんなに長くはやりません。最近の日常会話では使われない粗忽という言葉、なんとか流行らせたい。と言うことで、粗忽者が大暴れする一席。
エンディングトークで話してくれたのだが、この噺は正朝師匠に習ったそうだ。亭主が隣家に謝りに行ったとき、女房との馴れ初め話を語って聞かせる場面がある。ここで登場するのが、女房と庭で行水を使ったときの思い出。夫婦二人が裸で「フェーフェー」と言いながら身体を擦り合わせる。想像すると恥ずかしくなるような爆笑の場面。遊かりさんは、この場面を女流の一花さんがよくやったねえと感心。観客もみな同じ感想だったと思う。この辺りは、かなりふっ切れている一花さん。
粗忽者に対峙する長屋の住民たちの反応が可笑しい。粗忽者の粗忽さを強調するには、その粗忽と直面したときの相手の反応が大切だと思う。あきれ返る住民たちの反応、無言の間もたっぷりとった表現で、粗忽さがより強調される。それと対照的なのが、夫婦二人だけのとき。女房は亭主の粗忽を軽く受け流している。このスルーする様子で、粗忽さもマイルドに感じるのだ。このメリハリもなかなかに効果的。
亭主が箪笥を担ぐときに、思わず「スペース」という言葉を使ってしまい、自分自身に突っ込みを入れる。その焦った表情から、おそらくハプニングだろう。でも、客席も大喜びのハプニング。いつも何かやらかして、素直な表情を見せる一花さん。これも魅力のひとつなのだ。
本人も自信のある演目なのだろう。充実の一席だった。
 
エンディングトーク
最後はお二人そろって高座にあがり、恒例の終演の挨拶と撮影タイム。
今回は苦手な噺を披露する会だったが、記録に挑んだアスリートの持てる力を出し切った試合のあとのような、満足感を感じさせる表情で会を締めくくったお二人だった。

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