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落語日記 テーマに沿った演目が並んだ落語会

柳橋特選寄席 おとうさんといっしょ・日本の和芸
9月19日 柳橋・共和会館5階
連休最終日は予約を入れていた落語会。二日前の「扇に燕」の落語会の会場のすぐ近所、柳橋の貸会議室を利用して行われている会。
主催者の中村裕明企画の略称がNHKなので、毎回NHKの番組名のパロディでテーマを掲げている。この日は「おかあさんといっしょ」のもじりで「おとうさんといっしょ」と題して、父親と息子が登場する噺をネタ出しで「真田小僧」「片棒」「抜け雀」の三題というラインナップ。それぞれに異なる父子関係で、落語における多様性を感じさせる番組。また「日本の話芸」のもじりで「日本の和芸」として、寄席文字の橘右樂師匠と紙切りの楽一さんが、寄席に関連する伝統芸を披露するという企画。
この日はレギュラー出演者の柳家さん遊師匠がお休みで、藤兵衛師匠・扇蔵師匠がレギュラー陣として出演。色物を挟んだ落語会で、なかなかに寄席っぽい構成。
 
入船亭扇太「真田小僧」
二ツ目に昇進してまだ間もない。この会では、高座返しやメクリなど前座仕事を担当。真面目にこなしている。高座は、メリハリがあって声も大きくセリフも明瞭。基本を身につける修行をされてきたことが分かる。
 
橘右樂 寄席文字
寄席の看板やメクリの寄席文字を書いている寄席文字橘流の師匠。ところが、高座に座られてのお話がなかなか流暢で面白い。右樂師匠のライフワークが寄席や落語の歴史の研究。その成果として、会場のある柳橋に因んだ話をされた。
 
時は慶応4年5月15日、戊辰戦争で官軍が彰義隊を上野で殲滅した日のお話。官軍は柳橋に火を付けて燃やそうとしていたが、長雨の影響で火が付かず、大砲を並べて柳橋を破壊しようとしていた。
それを見ていたのが、町火消の頭の榎本金太郎。官軍の隊長に町を壊すのか、橋を落とすのかと尋ね、橋を落とすとの答え。それでは我々が落としましょうと、榎本の号令のもと鳶の衆で柳橋を破壊してしまった。この榎本の男気によって、官軍の大砲による柳橋近辺の町の破壊を免れたのだった。
これに感謝した町の衆が、お礼の意味で柳橋の地に「榎本亭」と頭の名を付けた寄席を建てたそうだ。そんな柳橋に因んだ寄席の歴史のお話。
物語として聴かせる右樂師匠の語り口は、まさに話芸。右樂師匠の凄さが、寄席文字の技量という和芸だけではなく、話芸にもあることが分かった一席。
その後、観客からのリクエストに応えて色紙に寄席文字を書いてプレゼント。
寿(筆試し)・烏・凧・薫
この日は右樂師匠の寄席文字教室の生徒さんの落語ファンの顔見知りの方が来られていた。訊くと、生徒仲間が数人来られているとのこと。皆さん熱心な右樂ファンだ。
 
入船亭扇蔵「片棒」
マクラは、主催者の名称とNHKの関係から会の企画の由来の話から始める。こんなところも、気遣いをみせる。そこから、NHKに出演したときに放送禁止用語の注意があったという思い出話。三ボウの話から、けちん坊、吝嗇へと続く上手い流れで本編へ。
この会は、扇蔵師匠のご縁で知った。馬治師匠や燕弥師匠と同期で、皆さんを二ツ目時代から聴いてきたご縁。なので、どう変わってきたか、追いかける楽しみがある。
真摯な姿勢で古典落語に取り組んでいるという印象の扇蔵師匠。最近は、肩の力が抜けて、噺が軽やかになってきた印象がある。この日の片棒も、三人兄弟の長男次男の不真面目な葬式を、軽妙でリズミカルに聴かせてくれた。年齢を重ねることで、噺に丸みをおびてきたような気がした一席だった。
 
仲入り
 
林家楽一 紙切り
馬(鋏試し)・大谷選手・エリザベス女王・親子酒・招き猫
日本の和芸としての二人目は紙切りの楽一さん。楽一さんはこの会の準レギュラーで、今回で四回目の出演。
作品を入れるクリアファイルがNHKの番組のキャラクターのもの。この日もチコちゃんのものが人気。ぼそぼそと話す楽一さんのキャラがこの日も炸裂していて、楽しい一席だった。
 
桂藤兵衛「抜け雀」
この日の主任は藤兵衛師匠。この会の主任は、レギュラー陣が順番に回しているようだ。
ネタ出しの演目は、超人的な能力を発揮する絵師によって貧乏旅籠を繁盛させる噺。先日聴いた竹の水仙はこの噺と同じパターンだが、主役は左甚五郎という超有名人であり、抜け雀の方は無名の絵師という違いがある。どの演者でも、この絵師に何の何兵衛といった名前は付けない。この超人の無名性が、絵師の性格や行動を単なるヒーローとは異なるものにしていると考えている。
この絵師は、吞兵衛であるのは同じだが、人格者で正義の味方である左甚五郎と異なり、どこか傍若無人で我儘な振舞いで、旅籠の主人を翻弄する。無銭宿泊しながら、悪びれず平気で威張っている。極めつけは、絵に抜かりがあり親不孝をしてしまう。身分は侍のようなのだが、何とも不思議なキャラだ。このように、絵師の性格を非常識な男として如何様にも描けるのは、特定されたモデルがなく、無名だからだ。
この不思議な絵師を、その性格をそのままに語って聴かせるのは、なかなか難易度が高いと思う。また、気位の高さの根源は侍という身分。これらの点は、さすがの藤兵衛師匠。ベテランの味というか、この不思議キャラを説得力を持って、リアルさをも感じさせる好演。
この絵師の存在がリアルなので、絵から雀が抜け出すという超人技を見世物小屋で出し物を見ているかのように楽しんでいる江戸の頃の人たちの奇妙な様子も、微笑ましく受け入れることができるのだ。そんなことも感じさせてくれた藤兵衛師匠の一席だった。

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