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落語日記 真打昇進後、8年かけて初主任を掴んだ扇蔵師匠

池袋演芸場 2月下席昼の部 入船亭扇蔵主任興行
2月23日
入船亭扇蔵師匠が、真打昇進後に初めて開催された主任興行にお邪魔してきた。真打昇進後に初めて定席の主任を任されることとなる主任興行であり、扇蔵ファンにとっては待ちに待ったものだ。
扇蔵師匠とのご縁を、自分の落語日記で遡ってみた。初めて拝見したのが、まだ二ツ目で遊一を名乗っていた頃の2012年5月に、お江戸日本橋亭で開催された遊一・馬治・馬吉同期の会。若手二ツ目の三人の高座は、いずれも本寸法で端正なものだったと記憶している。三人を応援しようと思った切っ掛けの会でもある。
その後、2015年3月に馬治さんや馬吉さんら同期十名と共に真打に昇進し、四代目扇蔵を襲名された。その真打披露興行も終わった6月に、落語仲間の友人が主催している落語会に扇蔵師匠が出演された。二ツ目時代より扇蔵師匠を応援されている友人が、真打昇進と四代目扇蔵襲名をお祝いする会を開催されたのだ。この会にお邪魔したときに初めて扇蔵師匠とお話しをする機会があり、観客に対して誠意をもって丁寧に対応される姿にますますファンになった。
 
真打に昇進してから約8年が経過した。同期の十名のうち、馬治師匠、馬玉師匠、さん助師匠がすでに寄席で主任を務めている。最近の落語協会では若手真打が台頭してきている。扇蔵師匠の後輩の真打たちも次々と主任を務めはじめている。そんな境遇にあっても、扇蔵師匠は真摯に芸と向き合い、こつこつと地道に精進を重ね、実直に芸道を歩んでこられた。その成果が今回の主任抜擢だと思う。
人気者の若手が真打昇進後すぐに主任に抜擢されることが最近は多くなっている。そんな中で、真打昇進してから8年もかけて、寄席の席亭に主任として認められたのだ。初主任を務めた昨今の落語家の中では、数少ない存在だと思う。それも、真打の人数が増加している落語協会にあって、寄席の主任の席取り競争という競争率の高い激戦区を勝ち抜いてのことなのだ。
芸風も、どちらかというと派手さはないし、じっくりしっとり聴かせるタイプ。この日に披露した「子別れ」は、扇蔵師匠の得意とする十八番の演目。8年前のお祝いの会でも披露されたし、昨年の独演会でも聴いている。同じ演目で印象を比べることが出来るので、より強く感じたのが、若いころよりも登場人物の貫禄や噺の説得力が増しているということ。これは、扇蔵師匠が経験と年齢を重ねたことにより、噺を成熟させたのだろうと感じる。これこそ、扇蔵師匠の今までの精進の証しなのだ。
扇蔵師匠のような芸に真摯な落語家が評価されるのは嬉しいこと。ましてや応援している落語家が評価されることは、自分が褒められているように誇らしいのだ。
 
寄席の主任抜擢の条件として、集客力も重要なポイントとなる。芸の技量が席亭の認めるところとなっても、集客が見込めないようでは主任には抜擢しない。そういう意味でも、扇蔵師匠がご自身のファンを地道に広げてきて、集客力でも主任の実力を備えたと認められたことになる。現に、この日のチケット売場の前には長い行列が出来ていた。開演15分前に来れば間に合うと思っていた私の大きな見込み違い。並んでから入場するまでに15分以上かかり、入場したときには既に前座さんが上がっていた。扇蔵師匠の人気を見くびっていたようだ。ごめんなさい、扇蔵師匠。
客席を見てもご贔屓さんが多いような雰囲気。皆さん、主任を目当てに来られている。これも、今までご贔屓さんを大切にされてきた扇蔵師匠の努力の賜物だ。客席には、落語仲間の知り合いが何人も来られていた。そんな仲間と一緒に、扇蔵師匠の初主任を楽しめる嬉しさをしみじみと味わった。
 
入船亭扇ぱい「初天神」
前座は、元NHKアナウンサーの扇蔵師匠の弟弟子。滑舌が良いのはさすが。笑い声の起こるクスグリとタイミングの良さは、人前で喋り慣れているからか。ところどころに見え隠れする扇遊師匠の語り口は、学ぶは真似ることから始まるを実感させる。
 
入船亭遊京「新聞記事」
二ツ目枠も弟弟子。久しぶりに拝見、すっかり貫禄が付いている。
マクラは、新宿と池袋という治安の悪い地域に寄席があるとの話。そんな街で流れるぼったくりに注意という警察の街頭アナウンスを聞かせる。これが、落語家に騙されないでくださいに聞こえるというオチ。そんなマクラから、殺人事件の記事の噺へ。寄席時間に納まるように上手くまとめた。
 
柳亭市松「堀之内」
二ツ目昇進の披露目中。挨拶で顔を上げたとたんに羽織を脱ぎ、その仕草が脱ぎ捨てるかのようで、なんとも初々しい。
 
柳亭こみち「あくび指南」
こみちファンとしては嬉しい顔付け。噺は当然、こみち流の改作古典。
稽古所に通うのは女性で、お連れさんは彼氏。稽古所の師匠も女性で、欠伸の稽古風景は女性同士。この欠伸にも男型と女型があるというところから、女型は、遊女、老婆、北条政子の三種類。これだけ聞いても、どんな欠伸なのか、想像するだけで楽しくなる。その稽古する欠伸は、なんとも馬鹿々々しく、くだらなさ満載で可笑しいもの。
 
ウクレレえいじ
漫才枠の代演。色物さんの代演は珍しい。初めて拝見。アロハ姿にウクレレを抱え、気分はハワイアン。
ウクレレ演奏の技量は本物。歌の歌詞がネタになっている。落語の間のイロドリとしてはバッチリ。
 
柳家小ゑん「いぼめい」
小ゑん師匠も代演。各寄席で常に出演されている人気者。小ゑん師匠作の新作落語は、寄席では何度も掛かっているお馴染みのものなので、すでに古典と呼んでもいい新作なのだ。この日の演目はそんな古典化した新作ではなく、昨年の落語協会・新作落語台本募集の優秀賞作品だそうだ。
ハンダ技研という会社の就職面接の場面で、奇妙な方言を操る応募者と面接官との奇妙な遣り取りを描いたもの。この面接官の質問と応募者の回答が、小ゑん流にデルフォメされていて爆笑を呼ぶ。それだけではなく、下げ前に応募者の意外な正体が明かされて、そこでもまたビックリ。意味不明な言葉「いぼめい」が、爆笑のキーワード。
 
林家彦いち「熱血怪談部」
続いて同じ新作派の彦いち師匠の登場。マクラから客席を上手く掴んでくるところは、さすがベテランという感じ。
噺は、彦いち師匠ではお馴染みの演目。学校の部活で怪談部というのが存在すること自体可笑しいのだが、顧問の流石(サスガではなく、ナガレイシと読む)先生が真面目かつ体育会系のノリで厳しい指導をするところが可笑しい。化け物たち相手にも、異形の姿を怖がるどころかどんどん突っ込んでいく。この不思議で笑えるツッコミはザッツ落語。何度聴いても可笑しい。
 
仲入り
 
柳家小平太「壺算」
相変わらず、流れるような語り口が見事。特にこの噺は、瀬戸物屋の店頭での客と主人との掛け合いが流れるように進んでいくことが可笑しさの源泉だと思っているので、小平太師匠の語り口に合っている。また、簡潔で分かりやすい筋書きは、観客も悩まないですむ。
 
柳亭市馬「長屋の花見」
この市馬師匠の一席が、私にとっては今季初の花見噺。長閑な長屋の面々が織りなす風景は、もうすぐ春がやってくるという季節を強く感じさせる。筋書きもクスグリも分かっているのに、じわじわと笑いがおき上がってくるのは、小さん師の芸風を思わせる。現代では忘れられている風景を見ることの心地良さ。爆笑だけが寄席の楽しさではない。
 
林家二楽
芸者(鋏試し) 酔っ払い ドラえもん
最前列に子供が並んでいたので、この子たちにサービス満点の優しい二楽師匠。見事な技で、繋ぎ役に徹する。
 
入船亭扇蔵「子別れ(中・下)」
さて、お目当ての登場に満場の拍手。ご贔屓さんたちは、この晴れ姿を待っていたのだ。扇蔵師匠は、いつもと変わらないような落ち着いた表情。
マクラは、三道楽の話から吉原の話題へ。あれ、子供たちを目の前に廓噺なのか。と思っていたら、何度も聴いてきたこの噺。ここぞというときに掛けようという、十八番だろうことが伝わる。
扇蔵師匠の子別れは、上の「強飯の女郎買い」は無く、主人公の熊五郎が居続けた吉原から家に帰った場面から始まる。酔った勢いも手伝って、女房のお徳と息子の亀ちゃんを家から追い出す熊五郎。元の鞘に収まる前の不良の熊五郎もきっちりと描き、後半の改心したのちの姿との対比を見事に見せてくれる。
扇蔵師匠が描く人物は、みな人が好い。今までに聴いた熊五郎の印象も、どこか悪に徹しきれないところが感じられた。だが、この日の熊五郎はひと味違っていた。女房子に辛く当たる様子は、本当に駄目駄目男なのだ。この熊五郎の駄目駄目ぶりが描ければ、なんであんな馬鹿なことをしたのか、という熊五郎の後悔が自然と強く伝わってくる。
父親と再会してからの母子の場面も、お互いの愛情を感じられた。女性や子供の表現も年齢を重ねた方が良くなってくるというのも落語の芸らしさだ。
 
扇蔵師匠の子別れは、最後の最後で鰻屋に熊五郎の出入りの商家の番頭さんが登場する。熊五郎を木場に誘って、その道すがら息子の亀ちゃんと出会うきっかけとなった番頭さんだ。
この噺では、番頭さんは一切登場しない型と、仲人役として鰻屋に最初から同席する型も聴いたことがある。最後に再び登場する型を聴いたのは、おそらく扇蔵師匠が初めてだと思う。
この扇蔵師匠の型で感じたことがある。この番頭さんは、親方から亀ちゃんと鰻屋で会うことを聞き、気になって駆けつけて来た。そして、そこで夫婦が復縁することを聞き、大喜びする。この番頭さんの様子から、もしかしたら、偶然を装って親方を木場に誘い、亀ちゃんと再会させたのは番頭さんの仕業だったのではないのか。そう感じさせるような番頭さんの喜び様なのだ。これは私の解釈なので、扇蔵師匠の意図とは違っているかもしれない。でも、最後に番頭さんを登場させたのには、何か仕掛けがあるに違いないと勝手に解釈している。
そんな一席で、初主任の晴れ姿を観に来た客席を満足させてくれた扇蔵師匠だった。

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