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落語日記 大変なときに席亭を交代した鈴本演芸場の決断

鈴本演芸場 4月上席昼の部 入船亭扇遊主任興行
4月10日
鈴本演芸場は、今年の1月中席の途中から、楽屋での感染者発生のために休席し、その後、3月21日初日の3月下席真打披露興行から営業を再開している。HPでは、4月以降は当面の間は、夜の部は休席して昼の部のみ、毎週月曜日を定休日とする形態での営業とすることが発表され、その形態で営業を続けている。
東京都では緊急事態宣言が3月22日に解除されたものの、感染が拡大傾向にあるので、4月12日からまん延防止等重点措置が適用され、再び飲食店などに時短要請が行われることとなった。鈴本演芸場の告知では、状況が改善次第、通常の形態に戻すとあるが、まだまだ改善されたと言うにはほど遠い状況であり、通常営業に戻す目算は立っていないと思われる。
訪れたこの日は、通常の昼席だが、落語ファンには人気のベテラン入船亭扇遊師匠の主任興行、人気者が並ぶ顔付け、その楽日であって日曜日という日。なのに、終演時でもおそらく50名くらいの入り。昼席のみの興行で、こんな入場者数が続いているのであれば、かなり厳しい状況だと思われる。

そんな大変な状況のなか、鈴本演芸場では席亭の交代が行われた。4月1日付で前の席亭の鈴木寧氏が引退し、その息子である鈴木敦氏が、七代目の席亭に就任された。営業形態の見直しと同時に、経営陣の交代という思い切った改革を行ったようだ。
かなり以前から、新席亭は木戸口に立って観客の出迎えや見送りを行っていたので、寄席ファンの間では鈴本の若旦那として有名だった。大旦那の方針だと思われるが、若旦那は跡継ぎとして現場での修行を積んでいた。寄席ファンとしては、そんな若旦那の様子を見てきているので、いずれ席亭交代はあるものと思っていたが、このコロナ禍の厳しい状況での交代は、正直、驚いた。
先代席亭である大旦那の思い切った決断と、伝統を守り引き継いでいくために、コロナ禍の下での経営という難題を引き受けた若旦那の決意。外からは分からないが、お二人の強い思いがあったから実現できたのだろう。
事業承継が社会問題化している現代で、この鈴本が成し遂げた事業承継は、160年以上続いてきた老舗の証しだと思う。老舗だから生き残ってきたのではなく、生き残ってきたからこそ、老舗たり得るのだ。

どの落語家を主任にするか、他に誰を出演させるかは、客入りに大きな影響がある。この出演者を決める「顔付け」は、席亭にとっては最も重要な仕事だと思われる。
鈴本演芸場は他の寄席と異なり、落語協会所属の演芸家しか出演できないので、演者の選択肢が他の寄席より少ない。落語芸術協会(以下、芸協と略す)に比べると落語協会は、色物や講談、浪曲の演者は少ない。また、芸協の定席では立川流や円楽一門会も巻き込んでいる。よって、鈴本演芸場以外の寄席は芸協も出演できるので、番組作りにはかなりのバラエティさがあると言えるのだ。
そんな状況で、当面、夜の部は休席して昼の部のみの開催となれば、出演機会も半分に減る。その鈴本演芸場の少ない出演機会を、落語協会の人気者たちが席取り競争を行っているのだ。
寄席側は集客を考えたら、人気者を多く出演させたいと考えるのは当然の理屈。しかし、人気者ばかりとなると、メンバーが限られてしまい、同じような顔ぶれになってしまう。今の鈴本演芸場の顔付けは、いつも出演されている常連に限られているように見える。多種多様で雑多な出演者が、取っ替え引っ替え登場する楽しさは、鈴本演芸場よりも他の寄席の方が勝っているように思えるのだ。
そんな状況のなか、今後の番組作りの舵取りは、新席亭の腕の見せ所なのだ。今後の顔付けの責任者として、新席亭の手腕に注目したい。

新席亭の就任の挨拶は、インスタグラムで行われた。suzumoto_wakaというアカウントだ。こんな風にSNSを使って挨拶をするという手法は、今までの寄席の経営者では考えられないことだろう。
新席亭の就任挨拶の一部を抜粋すると「安政4年(1857年)の創業以来、お客様と芸人によって時代の変化に合わせながら脈々と受け継がれてきた「笑いのチカラ」を信じ、自分も愛してやまない寄席演芸の世界を守り発展させるべくチャレンジして参る所存です」とある。
昨年の緊急事態宣言時に休席になったときは、Youtubeで鈴本演芸場チャンネルを開設し、中止となった興行の主任の皆さんの高座を無観客で収録して配信した。おそらく、この企画も新席亭のアイディアだろう。HPで発表されているが、黄金週間の5月上席は特別興行として、この上席だけ夜の部を復活させている。この時期はまだ、まん防適用の期間内のはず。昼の部主任は正蔵師匠、夜の部主任は権太楼師匠の企画物。ここは、なかなか攻めた企画だ。ネット等を駆使した新席亭の仕事ぶりからは、時代の変化に合わせながら生き残ってきた寄席演芸の世界を守り、そして発展させるべくチャレンジする、という就任挨拶のとおりを実践されていることが伝わってくる。
江戸落語は、寄席の存在を前提とする古典芸能だ。寄席の伝統を守ることは、落語の伝統を守ることなのだ。寄席演芸が好きな一ファンには、新席亭の決意表明は非常に心強く響いてくる。新席亭なら、コロナ禍の危機にも負けず、鈴本演芸場の灯を消さずに守り続けてくれると信じている。鈴本ファンとしては、新席亭を応援せずにはいられない。頑張れ、若!

この日は新席亭に変わってからの、初めての芝居である4月上席の楽日だ。新席亭がどんな表情で来場者を迎えるのか、そんな興味もあって出掛けてきた。ところが、新席亭は開演前も終演後も不在で、表情を拝見することができず、残念。
その代わり、驚いたのが、テケツの中に居たのは前席亭。それは、社長がチケットを販売している、という不思議な感覚を覚える風景。引退して隠居することもなく、チケット売りでも何でもこだわらずに引き受けて、新席亭を助けたいという、そんな前席亭の心意気と覚悟を感じた。
様々な感慨を持って訪れた、4月上席楽日の鈴本演芸場だった。

番組
入船亭扇ぽう「道具屋」

入船亭遊京「堀の内」

ダーク広和 奇術

林家しん平「猫と金魚」

古今亭菊志ん「風呂敷」

のだゆき 音楽

柳家小ゑん「ぐつぐつ」

入船亭扇辰「悋気の独楽」

林家正楽 紙切り
相合傘(鋏試し) 桜の隅田川 保育園の入園式 入船亭扇遊

古今亭菊丸「ちりとてちん」

仲入り

三増紋之助 曲独楽

三遊亭歌武蔵「支度部屋外伝」

隅田川馬石「金明竹」

ロケット団 漫才

入船亭扇遊「夢の酒」

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