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落語日記 久しぶりに拝見して精進の成果が分かる兄弟会

越中家の落語 其の七 金原亭馬久・馬太郎兄弟会
6月23日 としま区民センター 4階 403会議室
馬生門下の馬久さんと馬太郎さんの兄弟会。この二人の兄弟会はなかなかに珍しい。馬生一門ファンとして、久々だが是非ともお二人の成長を観たくてお邪魔してきた。
東京かわら版や落語協会の落語会情報には掲載されず、あまり積極的な広報を行っていなかったためか、こじんまりと開催。それでも馬生一門の贔屓の顔見知りがお二人来られていた。ありがたいかぎり。落語マニアな感じの観客は少ないような印象。

オープニングトーク
まずはお二人が登場。自己紹介とご挨拶。話題は馬久さんの真打昇進のお話へ。来年の9月下席より昇進、なのでずいぶん早い発表だ。まだ1年以上もある。それまでに今年の9月下席と来年3月下席にも昇進があり、落語協会は真打昇進の披露目が続く。なので、今年の秋の披露目では馬久さんは番頭を務めるそうで、まだまだ実感がが湧かないようだ。馬久さんのときは、馬太郎さんが番頭を引き受けるとのこと。
馬治師匠のネタで、馬生門下の弟子は順番が偶数の弟子は出来が良くてしっかり者で奇数の弟子は出来が悪い、というのがある。馬久さんは四番弟子、馬太郎さんは六番弟子という偶数コンビ。しっかり者の二人なのだ、番頭を任されるのをみても分かる。
さて、話題は皆さんの興味あるところ、真打昇進の際に改名するかどうかの話。実は既に改名する名前は決まっていて、会場で披露された。さて、肝心のそのお名前だが、正式発表までは書かないことにする。

金原亭馬久「犬の字」
まずは、兄弟子から。ということは、主任は馬久さんだ。マクラは、笑うという文字を考案したのだ弘法大師という歴史の話。そこから、犬という文字の右上にある点の意味の説明。馬久さんが語ると信憑性があるが、落語家の言うことは信じちゃいけないと、上手く笑いに変える。この前振りのマクラが、この噺の下げに繋がるという仕掛け。
そして始まった本編は、元犬の改作。今年の池袋演芸場1月下席の金原亭馬治師匠の主任興に馬久さんが出演されたときに、この噺を聴いた。この噺は、柳家小満ん師匠が元犬を改作したもの。そして、注目の下げは、モトは居ぬか、から先が続く。これは聴いてのお楽しみ。
開口一番を軽い前座噺で始めるも、ひとひねりした一席を聴かせてくれた馬久さん。真打昇進が決定しても、いつもと変わらない。

金原亭馬太郎「居残り佐平次」
二席目は、馬太郎さんの長講の熱演。マクラは短く本編へ。馬太郎さんも久々の拝見。以前に拝見したときと比べると、変化が大きく感じた。若手らしい成長の大きさ、速さなのだろう。
本編の語り口は、登場人物がみな飄々と軽妙に動き回る明るい雰囲気。これはまさに、師匠である馬生師匠の語り口を彷彿させるもの。おそらく、馬生師匠から習った一席だろう。その再現度は見事。今後はこの噺を掛け続けていくなかで、どんな馬太郎色に染め上げていくのか楽しみにしよう。
この噺の下げ楽しみのひとつ、これも馬生師匠と同じ。「おこわにかける」より分かりやすく治まりの良い下げ。これも一つの落語の進化の形。

仲入り

金原亭馬太郎「生徒の作文」
仲入り前が長講だったので、今度は短い噺でさらっと終わります宣言。今度は長めでゆったりのマクラ。現在、スイミングスクールへ通っているというお話。
マスターズコースで、スクール仲間は、みな高齢者。同じスクールに小学生のクラスもあり、子供たちからはイケメン俳優と呼ばれている。記録会では小学生と泳ぎ、若い頃の自分の記録より2秒更新。そんな話題で、スクールの和気あいあいとした雰囲気が会場にも伝わり、客席も和やかな空気が広がる。
本編は、寄席でよく聴かれる噺。作文や設定を自由にいじれるので、演者の工夫を入れやすい演目。この一席でも、作文を書いた生徒の名前が美濃部清貴。これは兄弟子である小駒さんの本名。一部の観客でしか受けていなかった。馬生一門のご贔屓さんは少なかったようだ。寄席サイズの短さで楽しく聴かせてくれた馬太郎さん。

金原亭馬久「陸奥間違い」
主任の出番は兄弟子。演目は以前、浪曲の太福先生で聞いたものだが、落語で聴くのは初めて。前編が武士たちの騒動を描いていて、雰囲気は講談の世界。これを、きっちり落語として聴かせてくれた。馬久さんの技量の高さを感じさせてくれた一席。この日の二席は、いずれもひとひねりした高座で、これも馬久さんらしさだ。
マクラは、西洋の騎士道と日本の武士道との違いの説明から。これは、女性に対する規律の有無らしい。
物語は、幕府御家人ながら貧乏している穴山小左衛門が大晦日の金策に、かつての同僚で仲の良い松野陸奥守に無心することにした。しかし、小左衛門は体面を重んじて田舎から出てきたばかりの中間を使いやる。ところが、この中間は字が読めない使者で、場所も名前も忘れてしまい、通りすがりの床屋で御隠居に手紙を見せる。手紙の宛名が闕字(けつじ)と言って名前の文字の一部が空白にしてあり、松○陸奥守を松平陸奥守と読んでしまう。これがなんと、大大名の伊達政宗公。ここから将軍までも巻き込む大騒動が始まる。
この騒動の元となったのが、闕字という武家の慣習。闕字とは、元々は文書中に天子や貴人に関する語を記載する際、敬意を表すためにその言葉の前を空白にする慣習であり、江戸時代の武家社会では闕字は貴人に限定されず、相手に敬意を表す為に苗字の内の一文字を省略していた。そんな武家社会の慣習から生活事情、身分制度、そして武士道の考え方までを上手く伝えてくれる演目である。馬久さんは、そんな武家の社会を格調高く伝えてくれた。この一席で、演目と真摯に向き合っていることを感じさせた馬久さんだった。

余談だが、後日談として、この噺の登場人物の松野陸奥守は、陸奥守を返上した後に与えられたのが河内守。そして松野河内守として、実在の人物ながら古典芸能の世界では活躍するキャラとなっていく。「天野屋利兵衛は男でござる」で有名な「赤穂義士外伝~天野屋利兵衛」では名奉行として登場し、天野屋利兵衛と共に赤穂浪士の仇討ちを裏で支えた義に厚い幕府方の武士として描かれる。また、落語「鹿政談」では、豆腐屋を救う人情深い名裁きを見せる。なるほど、古典芸能の世界では、穴山小左衛門が頼りたくなるのも分かる好人物、正義の味方キャラだったのだ。


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