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落語日記 老舗のホール落語会で落語体力の凄さを見せてくれたさん喬師匠

第665回 落語研究会
11月29日 日本橋劇場
TBSが主催して1968年3月14日から国立劇場小劇場で始まったのが、この老舗のホール落語会。この落語会が、国立劇場の建て替えで、長い歴史を刻んできた本拠地を失うことになってしまった。新たな国立劇場が完成する予定は、今だにはっきりしていない。それまでは、別の施設を探して開催を継続していくようだ。そして、今回が新たな会場となった日本橋劇場で開催された第1回目。
この会場は、人形町らくだ亭やその他にも落語会が頻繁に開催されている場所。なので、落語ファンにとってはお馴染みの会場なのだ。

国立劇場小劇場から始まった落語会が、56年目にして初めての引っ越しとなるのだ。スタッフにとっては、勝手が違って苦労も多いだろうと推察する。しかし、緞帳が開いて舞台を見ると、高さのある高座に見覚えのある屏風や背景の水色の照明など、今までの落語研究会と同様の高座風景が広がっている。さすが、TBS美術スタッフの見事な職人技。
さて、しばらくはこの会場で腰を据えて開催を続けていけるのかと思えば、さにあらず。この日本橋劇場も改修工事が予定されていて、令和6年6月1日から令和7年10月31日まで利用が休止されるらしい。と言うことは、この会場も使用できるのはあと半年。落語研究会は、また別の会場を探して、さまようことになるのだ。
この落語会の会場探し難民状況は、最近の落語界での問題となっている。国立劇場や国立演芸場だけの話ではない。例えば、お江戸日本橋亭も令和6年1月より当面の期間、ビル建て替え工事により休館となる。江戸東京博物館の大小のホールも、改修のため休館中。落語会にちょうどよい広さの会場が、少なくなっている状況にある。主催者も演者さんたちも、大変な状況がしばらく続くのだ。

この落語研究会はネタ出しで、出演順も予め公表されている。今回は主任がさん喬師匠で、演目が「ちきり伊勢屋」であることが告知されたうえで、予約受付がスタートした。そう、このさん喬師匠の高座が、今回の目玉商品なのだ。
この演目は、まともに掛けると2時間では収まらない大作とされている。私も以前に前半と後半に別けて掛ける会で、後半部分でしか聴いたことがない。なので、通しで聴くのは今回が初めてとなる。
この会は公演予定時間も貼り出されていて、さん喬師匠の出演時間は1時間となっている。通しで聴かせてくれるなら、かなりの短縮版となる。この長講大作の演目を、短縮版に再構成して、さん喬師匠はどのように聴かせてくれるのか。プログラムが発表された時点から、この日を楽しみに待っていたのだ。
主任の高座が1時間という長丁場が予定されているので、前方の皆さんの出演時間は短めで、寄席サイズよりちょっと長めの持ち時間。仲入り前の市馬師匠だけが、他の演者よりも少しだけ長めとなっている。芸巧者の皆さんなので、寄席の番組作りと同様に、主任の時間が長くなるように切り上げていく高座は見事だった。それでも、各演者の持ち時間の内容は濃厚。これを感じられるのが、芸達者の証しだと思っている。この日の皆さんは、全員がそうだった。

さん喬師匠の高座は、終わってみれば口演時間は65分という長丁場。毎度ながら、さん喬師匠の落語体力の凄さを感じた一席。
ちきり伊勢屋という質屋の若旦那の伝次郎が主人公。父親が商っていたころは、悪徳商法で評判の悪かった質屋。その父親が亡くなり、後を継いだ若旦那。悪評ある質屋の跡取り息子なのに、これが純真純朴な好人物。そしてその若旦那を取り巻く人々も皆、好人物。店の番頭、遊び仲間の幇間、幼馴染の友人、身投げしようとした白木屋、向かいの店の大旦那、みな好い人達なのだ。
この辺りの人物造形が、さん喬師匠らしさだ。悪役だった易者の白井左近までも、噺の後半では人間性の良さを感じさせる。若旦那が先代の悪評を知らずに育ったという不思議さを感じさせず、純真な心で占いを信じ込み、易者の言われるとおりに無謀な善行を施していく。この若旦那の純真さに不自然はないので、その不思議な行動にも違和感がない。だから、観客は物語に身を任せられるのだ。この人物描写は、まさに、さん喬マジック。
また、人物造形だけでなく、本来の長い筋書きを短くして再構成して、噺本来の持ち味を変えずにドラマチックな人情噺として聴かせてくれた。これもまた、さん喬マジック。
プログラムの解説にも書いてあったが、最後は若旦那と命を助けた娘のラブストーリーとなる。さん喬師匠の脳内で出来上がったラブストーリーが観客の心をグッと掴むのは、師匠が根っからのロマンチストである証拠。間違いない。

番組の放送用の素材の収録が目的の落語会。いずれ放送しようという主旨で、1時間の長講を収録する。この長丁場の収録は、かなり大胆な企画だろう。落語研究会ならではだ。
一切のカット無しCM無しで、この一席の放送が実現されることを心待ちにしている。でも、無理かなあ。

番組

春風亭朝枝「加賀の千代」

三笑亭夢丸「噺家の夢」

柳亭市馬「将棋の殿様」

仲入

林家正蔵「おすわどん」

柳家さん喬「ちきり伊勢屋」

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