ふたつの魔物・その1

2018年5月末。
人間ドックの散々な結果と紹介状を持参し、別の大きな総合病院へ精密検査を受けるべく向かった。
大きな総合病院=仮にK病院とする=は、以前母の度重なるがん治療でお世話になったことがあり、個人的には馴染みのある病院でもある。入院中の母の見舞いを受付時間ギリギリで面会手続きをし、面会終了時間ギリギリまで母と話をし、まとめられた洗濯物を持って帰宅し、へろへろになりつつも晩ごはんを自炊する…そんな時代もあったねと今なら笑ってry

まさか親子揃ってこの病院に世話になるとは…。
まあ、家から比較的近いところなので、そうなるのは必然的ではあるが、なんとも言えない複雑な気持ちを親子で噛み締めている。

精密検査は、人間ドックで異常を発見した箇所に焦点を当てて詳しく検査する。
私の検査対象は、大腸と子宮。(胆石は様子見)。

結論をいう。
タイトル「ふたつの魔物」、と言う通り、2箇所からちょっとしたものが発見された。


まず1つ。これはさらりと終わったので、この記事でさくっと書いてみる。

大腸を詳しく見るには、内視鏡により大腸内部を観察する。
いわゆる「大腸内視鏡検査」であるが、この検査は、実は20代のころから何度かやっている。

若い頃から過敏性腸症候群を患っていた私。その腹痛は本当に神経的なものからきているのか、ひょっとするとなにか病気がひそんでいるのではないか…働き始めて数年目、相変わらずグルグルと何かが鳴き続ける腹の中を探るべく、初めての内視鏡検査を行ったのは、20代なかばの頃。
・・・いっこうにきれいなものだった。
肛門から内視鏡カメラを挿入し(この時羞恥心も何もかもが麻痺していた自分は、『ほう…ア○ルセックスとはきっとこういう感じなんだろうか』と馬鹿なことを考えていた。実は今もやられるたびに考えている)、直前まで2リットルの下剤で(何度もいうが超快便野郎な私は、半分を残してほぼキレイとされるものに達成しているので事実上1リットル)で何もなくなった大腸の中をモニタに映しつつ奥へと進み行く。
いかにも血行の良さそうな内壁が淡々と続き、小腸との境目までたどり着く。そしてまた肛門まで帰ってくる。
『何もなかったね・・・ところでこのモニタおかしくない?』
『そうですねえ…ちょっと色が時々悪くなりますね』(モニタの壁面をちょっと叩く)
おいおまえら…モニタの具合を見るな、私の腸を見ろ!!!

初体験の大腸内視鏡検査は、こんな感じで終了している。
まあ、今回もこんな感じだろう、と思っていた。

今回も、2リットル(ではなく1リットル)でキレイな大腸を達成したが、意外にも手こずったのは年のせいではないと言い聞かせつつ、グロッキー状態で病院へ赴く。
検査用の服(ケツだけに穴が空いているという素敵なおズボン)に着替え、医師や看護師にケツを向けるという失敬なポーズでベッドに横になる。
渡辺●美さんばりにとても恰幅の良い看護師が痛み止めの麻酔を肛門周辺に塗った(?)あと、
「はい、力抜いてくださいね」
という医師の声とともに、肛門から内視鏡カメラが「ごめんください」とやってきた。
実はこの検査前に麻酔をするという話をされた時に、

私「私眠っちゃうんですか?」
医師「いや、そんなぐっすりは眠りませんよ、痛みとかあった時にわからないと困るし。ちょっとぼんやりする程度ですよ」

というやり取りをしたのだが、眠っちゃうと見られなくなるのが悲しいのである。
自分の大腸の中が見えるモニタを。
こういう機会がないと、なかなか見れないじゃないですか。
特に大腸のなかって、まるでRPGゲームに出てくる洞窟みたいにうねうねしてて面白くないですか?
これまで何度かやってきている内視鏡検査だが、その都度「モニタが見えるような姿勢で!」とお願いするくらい、実は探検…もとい検査中のモニタを見るのが好きなのである。

だが。
今回は肛門から入ってわずか数十センチのあたり。
開始してほぼ直後に、異変のもとが見つかった。
「あ、ポリープありますね」
血行の良い壁の中、異彩を放つイボのようなものが「はぁい!」と映し出されたのである。
人生初ポリープ。
快食快便不眠症の娘に初めてできた、いびつな形で異彩を放つポリープ。
血便の原因がこいつかどうかはわからないが、まだ始めたばかりでこんなものが見つかったショックを隠せない私を放置して、医師は淡々とカメラを奥まで進ませる。時折ごばぁ~ぎゅるるるる〜と水(洗浄用の)壁を掃除しながら。
その間、医師は無言である。
ちなみにこの医師、若いのだが無愛想で、言う時はどストレートという、取り付く島を見つけるのが難しい人物である。きっとこの人もコミュ障で、医学書が友達です、みたいな学生時代を送ってきたに違いない(偏見)。
あまりに沈黙がつらくなったので、とりあえず話しかけてみた。
「あの・・・他に見つかりました?」
(私もモニタを見ているのだが、麻酔のせいでぼやっとしているし、時々訪れる「ごばぁ〜ぎゅるるるる〜」でモニタに水疱やら何やらが映るため、素人目には判断できない)
「ないですね。あったら教えます。とりあえず奥まで行くんで」
・・・実にそっけない。
『奥まで行くんで』・・・その先はなんだ。黙って見てろ、とか続きそうだな…。
再び訪れる沈黙の中、スルスルとカメラを進める医師。それを見守る渡辺●美さんな看護師。
検査というのはまぁそんなもんだと思うのだが、やはり異様な風景である。日常の中に訪れる非日常、まさにそんな感じなのだが、患者にしてみれば非日常なことであり、医者や看護師にとってはいつものことなのだろう。
「…大腸の奥までさかのぼりました。これから肛門に向かって戻ります」
これまた淡々とした口調で、今度はゆっくりと来た道を引き返す内視鏡探検隊。
眠気でぼんやりとしたモニタを見てみるが、やはりキレイないろをした壁面と、時折やってくる「ごばぁ〜ぎゅるるる〜」でモニタが水疱でごちゃごちゃになるのをひたすら繰り返される。
「あの・・・ありました?」
「ないですね」
を何度か繰り返した後、とうとう入り口付近まで戻ってくる探検隊。
「・・・やはりポリープはここ1つだけみたいですね」
と、おもむろに探検隊が噴射するインクのようなもの。なんだか体に良くない禍々しい青い色をしている。
「…えっ…何しました…?」
「これで血管が見えやすくなるんですよ」
とか言ってたような気がする。(あとで経験者の母に尋ねたところ「手術する際のマーキングじゃね?」と教えてくれた)
白っぽいいびつなポリープが、部分的に禍々しい青で染められる。いかにも体に悪いものに見えてきた。
モニタいっぱいに映し出されるため、大きさの感覚がわからないが、探検隊の測定機能によると、どうやら2cmあるという。

便秘知らずの快便娘(今までさんざん言ってきたが、過敏性腸症候群だから快便と言っていいのかわからんが)にたった一つできたポリープ。
1cm未満であれば、探検隊による切除機能が活かされるのだが、あいにくキャパオーバーなので「探検隊お手上げ」状態だという。
検査終了後の問診にて、医師のまくしたてがすごかった・・・。
「ここまで大きくなると、切除手術のために入院してもらうことになりますね。日帰りでも問題ないですけど…初めて?じゃあちょっと念の為2泊3日してもらってもらいましょうか。いつがいいですか?まぁそんな急ぎで取らなくてもいいですよ、夏に入ってでも全然いいです」
(そんな悠長に構えられるほどの大きさなのか!?と不思議に思いつつ)
「えっ…じゃあ、まあ、できるだけ早めがいいです」
「わかりました、じゃあこの日にしましょう(約2週間後を指した)」

帰宅後、検査結果と入院する旨を母に伝えると、案の定驚愕した。
入院することに、ではなく、ポリープができていたことに対して、である。
「あんた…便秘とかしないじゃん…お酒も飲まないし暴飲暴食しないし…なんでポリープできるの?」
私は会社員ではあるが、会社の飲み会などに参加するほど積極的でもなく、取引先の接待で飲まなければいけない立場でもない。めったにない部署内の集まりでせいぜいお酒を飲む程度であり、家で飲酒することはほぼない。暴飲暴食と呼ぶには程遠い食生活ではあるが、ストレス発散のための菓子が多めなのがやや難点。
そんなやつの大腸(というか出口からほぼ数十センチあたり)にポリープができたのである。

だが、その時点ではこのポリープの問題がどの程度なのか。
わかるのは切除してからあとである。


そんなこんなで手術日。
ポリープの切除手術は、ほぼ30分程度で終わった。
むしろ待ち時間のほうが長すぎて、大腸洗浄のために食事抜き+下剤で「はーらーへーったー」とつぶやくグロッキー状態の娘のそばで、母は待ちくたびれて半分寝てる状態。
予定時間になっても全くお呼びがかからない。
(あとで聞けば緊急手術が入ったため時間がずれた、とのことだった)
ようやくお呼びがかかったのは、手術開始予定時間から1時間以上はゆうに経っていた。

ふらっふらな私は車椅子に乗せてもらい、軽く(間違った方向で)お嬢様気分を味わいながら処置室へ行く。
手術室、ではなく、先日内視鏡検査を受けた処置室である。ポリープ切除ならこれで十分、ということなのだろうか。
検査とほぼ同じ機材で囲まれた部屋で、検査で着たものと同じおズボンを履き、検査と同じ状態でおケツを向けた失敬ポーズで横になる。
ただ、そこから違ったのは、麻酔の種類(塗り薬+点滴)、脈拍モニターの登場、そして麻酔による眠気度の増加。
「寝てもいいですよ」
と言われたが、やはり眠れなかった。
モニタが見たかった。どうしても見たかった。なんとしてでも見たかった。
禍々しい青に染まったポリープが成敗される瞬間を・・・!

「はい、取れました」

はやっ!!!!!!!!
見れば、禍々しく青く染まったポリープ跡地には、なにもなかった。
ポリープはどこに行ったんや…と不思議におもいつつも、
「今から止血のためのホチキスとめますね」
ホチキス!?!?!?!?!?
その言葉に頭はふっとんだ。
ホチキス…と聞いて思い出すのは、文房具のアレである。
「そんなので止血するんですか!?大丈夫ですか!?結構でかいですけど!」
「モニタで見るから大きく見えるのであって、実際は数ミリもないようなものです。傷が塞がれば便と一緒に流れますから」

医学の進歩って、時々理解を超えますね・・・。

そもそも、手術をして1ヶ月以内どころか、ながくて1〜2週間、最短で日帰りでできるという現在の医学。ガンも他の病気も早期発見できれば切除すれば回復可能。治療しながらも普通の生活ができるこの世の中。
祖父の時代に、医学がこれくらい発達していたら、ひょっとしたら私はおじいちゃんと会えたかもしれない。
新しいものが大好きで、テレビ出始めの頃、近所で一番最初に買って周囲から羨ましがられたというおじいちゃん。
ひょっとしたら、スマホ片手にポケモンGOしてたり、LINEで会話したり、ネトゲで若い子と一緒に「あのドラゴンやっつけようぜ!」みたいなことをしていたかもしれない。
おじいちゃんに今の世の中を見せたかった。というか、お空の上で見ててぎりぎりしてたら面白い。

…話がそれました。失礼。


さて。そのポリープ(実物を見た母曰く、「梅干しの種じゃん何が2cmだ!!」)の検査の結果・・・

「がん細胞ありました」

…人生初のガン。病名「直腸がん ステージ1
幸いなことにポリープ内にとどまっており、そこから先へは進んでおらず、切除すればおしまい、というものであり、医師的には「そんな悲観的になることないですよ。ここで済んだことはとてもラッキーですよ」と、これまた淡々とした言葉(要約)で励ましなんだかわからない言葉をもらいつつ、1年後の再発チェックの検査の予約をし、この日は2泊3日(術後の出血具合をみるために日帰りでなくなった。ちなみに超良好で最後には医師も顔すら見せずに退院を迎えた・・・)

それにしても、唯一できたポリープにがん細胞があったという事実が驚きであった。
たとえば暴飲暴食などで荒れた腸のなかに見つけたポリープがガンだった、というのはなんとなくわかるが、私のようにキレイな…本当にキレイな何もない腸の壁に、唯一あらわれたいびつなものにガンができるとは。
人間どんな状態でどんな病気が発生するかわからないものである。

大腸がんを2度経験した母は、
「やっぱあんたも私の娘なのね・・・」
と、母はうなだれてしまった。

ガン家系というやっかいな血を引いた私の本当の戦いは、ここからだったのかもしれない。



続く!