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今治限界環境紀行

 僕は神奈川県の、いわゆる湘南と呼ばれる地域に住んでいます。
 東京の隣県であり、横浜に電車一本でアクセスでき、箱根や江の島などの景勝地や鎌倉などの寺社仏閣などもそれなりにあり、歴史と文化が積み重なって様々な顔を覗かせる土地であります。
 しかし僕が人生の大半を過ごした地域は猫の額に屋根を寄せ集めたようなベッドタウンであり、都市部の洗練された街並みとは程遠い。
 ウチって田舎だ。ずっとそう思っておりました。土地の売買契約のために父の故郷、今治市に行くまでは。


 まず先制パンチとして申し上げると、今治駅ではICカードが一切使えません。生活したけりゃ車に乗れという地方の掟に出鼻をくじかれます。
 改札に駅員さんがいればまだいいほうで、今治からJR予讃線で2~3駅離れれば当然のように無人駅。そんな調子ですから利用客も学生さんか地元のご老人になります。

 駅のホームで電車を待っている間、地元の老夫婦とすれ違う際に「こんにちは」とご挨拶申し上げたところ、「ああ~よう来んさったねぇ!今日は天気が良くて気持ちえんよ、どこから来たの?お父さんも元気にしとるし話したって!○∈×♪△〒゜~!!(聞き取れない言葉)」とまくしたてるような言葉の連打に心の中でたたらを踏みます。
 こちらは儀礼的な挨拶と型通りの返礼しか予想してないのにいきなり懐に詰め寄られて手も足も出ません。なんとか二言三言会話してその場を切り抜けましたが、自分の地元と違う距離の詰め方にカルチャーショックを受けました。

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 これは地方固有の「銀座」です。往年の都会の高級感や洗練された雰囲気をおらが町に敷衍しようとしている様がかえって田舎感を引き立てています。固有種を見るとテンション上がりますね。
 ところで、国体優勝選手の名前をアーケードの入口にデカデカと掲げるのはしんどくないですかね。普段交流もなければ顔も見たことのない人間に勝手に自分たちの気持ちを仮託して盛り上がる。端的に言ってきがくるっている。

 とはいえ、国体優勝選手の頑張る姿を見た地元の人の熱狂と狂騒を観察してみたい気持ちはありますね。
 世界大会決勝戦で敗れた国体優勝選手が普段関わりのない地元住民から「何であそこで勝てなかったんだバカタレ!」と雑に怒りを向けられるところまで観測できればパーフェクト。

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 郷土の誇りとか言われたらおれ、ブルっちゃうよ。


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 今治市はサイクリストを盛んに誘致しているらしく、自転車が入ってきても交通の妨げにならないよう配慮しているのか道幅が広くなっており、その分否応なく閑散と感じられる商店街の道の半ばに据えられた電話ボックスはかなりの存在感があります。
 人通りがなさ過ぎて買い物客どころか不審者すらいない商店街でも、いつでも電話が使えるよう保守している。スキルフルな技術者からは何かと槍玉に挙げられるNTTですが、採算の見込めない土地でもきちんとインフラを整備している公益性の高さにもう少し注目してもよいのではないでしょうか。
 実際の作業は口に糊するのが精一杯の玄孫受けくらいの業者に丸投げしている気がしますが(誰か実態教えてください)。


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 これは「銀座」のコミュニティ食堂で出てきた鶏天定食です。これで700円。とにかくでかい。食べきれない。
 男子運動部学生が好みそうなメニューですが、地元の人はこれをペロリと平らげた上、ごはんまでお代わりすると食堂のおばちゃんが教えてくれました。
 別の場所で肉うどんを食べた時もそうでしたが、この地では全体的に味付けが甘め。血糖値がすごいことになりそうと思って県別の糖尿病に対する死亡率を調べたところ、愛媛県は34位*1。街中で見かけた求人では、老人ホームのパートよりもラーメン屋のバイトの時給のほうが高く、命よりメシという土地柄なのかもしれません*2。


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 銀座外れのJ〇YSOUNDに置いてあったギャル向け・ギャル好き男性向けのフリーペーパーです。
 キャバクラやガールズバーなどの広告・求人情報などが掲載されており、地方の限界ギャルが夜の蝶へと羽化していく様子が垣間見えます。
 遊行施設に人を誘い込み、楽しいという感情の上に苦界への道を舗装する。夜の生態系を構築する人たちはなんて頭がいいんだ(本気で感心しています)。


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 年月と人生をこの地に捧げたであろうご主人の断腸の思いが、渡世人の仁義を切ったかのような文章から滲み出ています。最大公約数的な大衆に向けたビジネス文書ではこのような傾いた味は出てこないでしょう。"皆々様"なんて書き出しの時点で反則気味。

 ところで、愛媛県といえばみかんの名産地としても知られています。小ぶりだが身がぎっしり詰まってほとんど酸味のない糖度の高いみかんは極上です。和歌山のほうが生産高多いだろって言ったヤツは屋上な。
 愛媛県にまつわる有名な都市伝説としては「蛇口をひねるとポンジュースが出てくる」という話がありますが、松山空港では実際に体験することができます。

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 都市伝説を現実化してしまうとはなかなか商魂たくましく、ネタに対する取り組みの本気度が垣間見えて個人的には好感が持てますね。

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 ポンジュースは今治を実効支配しており、その辺のスーパーでも存在感は別格。隣に置いてあるリンゴジュースがかえって比較広告のように感じられ、リンゴ風情が何するものぞという王者の風格があります。
 人がポンジュースを飲んでいるのではなく、ポンジュースが人を呑み込んでいるのです。


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 愛媛県は瀬戸内海に接しておりますから、駅から海岸線を歩くのも気分転換になります。
 周りを見れば打ち捨てられた重機、
 上を見れば突き抜けるような蒼天、
 下を見れば瑠璃と翡翠をまだらに溶かしたような海、
 寄せる波を黙って受け止める白浜、



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 そして、曖昧に埋まったビールケース。



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 ところ変わってここは今治市立中央図書館です。ガラス張りの明け透けな建物は、公共物にありがちな無機質さを感じさせません。

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 本を一種の処方箋として紹介しています。知識は単なる雑学ではなく、実際に役に立つものであり、生活や人生をよりよくするよう役立ててほしいという図書館スタッフの仕事ぶりを感じます。

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 蔵書もなかなか先進的で、図書館学に関する書籍が入口から割合近いところに置いてあります。
 図書館がどのように成り立ってきたか、問題解決のためにいかに情報を取り入れ、そのために図書館をどのように活用できるかといった、図書館の役割や存在意義を伝えていこうという運営者の志が見えてくるようです。図書館のレファレンスサービス使うと図書館員さんに頭が下がるよね。

 写真には撮っていませんが、今治市図書館内には大人専用の勉強机が置いてあり、本をいくつも並べながらノートを書いている方も見られました。
 この様子からも、いくつになっても勉強はできるしして構わない、知はいつでも開かれているという図書館側のオープンな姿勢が窺えます。
 今治の文化は図書館にあった。


 これまでに見てきたように、風景は味のあるところが結構あるし、ごはんもおいしい。人通り的には物寂しい面がありますが、静かに過ごせるということでもありますし、図書館は文化的。
 住んでみたら案外悪くないのかもしれませんね。








 そうそう、経年劣化で繊維のほつれたビニールシートが屋根にかかり、朽ちかけた焦げ茶色の側壁から朝顔が死に花のように咲いている、どう見ても廃屋としか思えない家屋から、地図記号が多数飛び出したような黄色い嬌声が、家主と思しき老婆の声色で再生されてきたりもしましたが、僕は何も見ていないし聞いてません。
 やっぱ都市部じゃないと生活無理だわ。




*1 「糖尿病の最新全国ランキング ベストは神奈川県 ワーストは青森県」 糖尿病ネットワークのサイトより。
  さらに出典をたどると厚生労働省の統計データ「平成30年(2018)人口動態統計月報年計(概数)の概況 第10表 主な死因の死亡数・死亡率(人口10万対),都道府県(特別区-指定都市再掲)別 」が元データにあたる。

*2 一応フォローしておくと愛媛県は四国4県のなかではもっとも糖尿病死亡率がマシではある。高知県は40位、徳島県は44位、香川県は45位。

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