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高校生のありふれた選択の中で


人生の選択はたくさんあって、
こっちが正しかったのかな?と考えることが
たまにあるけれど、
理系を辞めて文系を選択した、いわゆる文転した高校2年生の頃の選択だけは、絶対に正しい選択だったと思う。

私の通う高校は、
高校1年生の時に文理選択があった。

特にやりたいこともなく生きていた私は、
親に薦められるままに理系を選択した。

将来の目標とか、やりたい勉強が無いなら、
理系の方が食いっぱぐれないから、理系にしなさい。と言うのが親の意見だった。
両親共に(祖父母も)理系だったし、食いっぱぐれていないからそうなんだろうなと思い、
理系を選択した。

特にやりたいことが無い私は、親の意見が真理に思えた。


その選択を覆す、今でも鮮明に覚えている出来事がある。
文理選択の1年後、生物の授業で豚の眼球の解剖をしたことだ。

正確に言うと、私は解剖どころか、豚の眼球を見ることすらできなかった。

殺生した結果の眼球、個体で存在し得ない眼球だけという違和感、血、生臭い匂い、豚に申し訳ない気持ち、それを分かっていながら美味しく豚肉を食す自分、顔をあげたら絶対に気絶してしまうことがわかる、全てが無理すぎて、
授業中ずっと下を向いていた。

近くでは友達がぷにぷにで気持ちいい〜!!
と言っていた。
何がぷにぷになのかは、見れなかったので未だに分からないんだけれども。

私はクラスのみんなが、別の生物に思え、居た堪れなさを感じながら下を向いていた。(看護師志望の子が多いクラスだった)

下を向きながら、必死に考えていた。
このまま理系を勉強してどうなるんだ?
解剖ができない私に理系を学ぶことは無理なのでは、

そもそも、苦手なものが、血、病院、薬、数学、化学、物理だった。
授業いっぱい考え抜いて、あ、理系、無理だな?と悟りを開いた。

今思うと、親のアドバイスに従って、
苦手科目、苦手分野だらけの理系を選択していた自分が信じられない、何になるつもりで理系にいたのかな?

けど、当時はそれが1番良い選択に思えていたんだから不思議だ。


次の日、文転の意思を先生に伝えた。先生にも親にもご迷惑とご心配をおかけして、本当に申し訳なかったが、最後まで理系が無理だと言う意思を貫き通し、文系クラスへと移動させてもらえた。


10年経った今、
文系で学んで、それを活かして、
ちゃんと自立して生きることができている。
よかった〜!!!


当時を振り返ると、
親の言うことは全部正しいと思っていた私の、
はじめて自分だけの意思で、責任を持って考えて出した選択だったと思う。

解剖できなくても、親は助けてくれないのだ。

自分のことは自分で決めなければいけない。
高校生のありふれた文理選択の中で、
そんな当たり前のことを知ることができた。
私にとっては、本当に大切な選択だった。


P.S.
この文を読む進路に悩む高校生がいるならば、自分の興味とか将来の夢とかが無くても、
自分が苦手なこととか、興味のわかないことを進路に選ぶのはやめた方が良いのでは?!というアドバイスをしたいです。

自分で決めるんだぞ!!

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