禁忌を判断するために

1.レッドフラッグについて

手技療法を用いる上で、禁忌かどうかの最終的な判断は、触れたときの組織の反応をみて決めますが、はじめにするべきことはレッドフラッグの判別です。

慢性の運動機能障害を診ることが多い治療院に、レッドフラッグの方が来るのはまれとはいえ、まれなことが起こった時のために備えることは大切。

腰痛のレッドフラッグの覚え方としては、
「まごわやさしい」・・・ではなくて(笑)
「ボケがこえた子」が有名ですね。
・ボ 膀胱直腸障害を伴う脊髄・馬尾障害(ヘルニア等)
・ケ 結石(腎・尿管)
・が 癌(多発性骨髄腫・転移性脊椎腫瘍):
    50歳以上、癌の既往あり、夜間安静時痛
・こ 骨折(圧迫骨折) :70歳以上、ステロイド使用、外傷の既往
・え 炎症(化膿性脊椎炎・腎周囲腫瘍・急性膵炎)
・た 大動脈(解離・破裂)
・こ 梗塞(腎梗塞・脾梗塞)

このようにレッドフラッグに分類される疾患は列挙できますが、
要は、
1.明確な知覚鈍麻や脱力があるか(神経障害)
2.体動に影響されない持続性の痛み、あるいは安静にしても治まらない激しい痛みがあるか(内臓疾患・骨折など)
3.施術後、短期間で再発することを繰り返すか(内臓疾患・骨折など)

というような、上記疾患の結果生ずるこれらの反応がみられるかどうかがポイントになると思います。

治療家にとってまず大切なのは、どのような疾患であるかよりも、速やかに医師の診察が必要であるかどうかの判断なので、症状や介入後の反応に注意する方が実践的かもしれません。

レッドフラッグをクリアすれば、次に重要になるのは触れようとした時のクライアントのしぐさ、触れた時の身体の反応です。

2.微細な炎症をどう見分けるのか

肩こり・腰痛などへの対応が中心となる治療院で、レッドフラッグのケースと遭遇するケースは比較的まれですが、より日常的に判断が求められるのは炎症の有無です。
炎症を起こしている部位に、強い刺激を加えるのは当然のことながらNG。

炎症のサインとしては、有名な5徴候「熱感・発赤・腫脹・疼痛・機能障害」があります。

視診で確認できる「疼痛」と「機能障害」については、動かし切ったところで痛む「終端時痛」と、動かしている途中で痛む「運動時痛」が参考になります。

終端時痛は可動域の範囲は問わず、動かしている途中は普通で、動かし切ったところで痛むもの。
途中の様子も落ち着いていて、表情も普通であることが多く、手技療法の適応とある可能性が高いです。

これに対して運動時痛は、動かしている途中に痛みを訴えながら、おっかなビックリ動かしている状態。
動きに対する緊張感が伝わってきて、表情も苦痛にこわばっており、「イテテテテッ💦 」という声が聞かれることがあります。

参考動画は、3年前に左鎖骨と肋骨3本を骨折したままセミナー講師をし、固定しないまま運動時痛について身体を張って解説した時のもの。
運動時痛は組織破壊を伴っており、禁忌となる可能性も高くなるので注意が必要です。(注:だからよいこはマネしないでね!!)

もうひとつ視診で確認できる「発赤」は、皮膚など体表面近くで起こっていたらわかりやすいのですが、腰部なら多裂筋などの深部に炎症が起こるとわかりにくいので、私はサラッと確認だけすることが多いです。
(発赤から得られる有用な情報がありましたらどうぞ教えてください)

「疼痛・機能障害・発赤」に続いて、今度は触診の出番となる「熱感・腫脹」です。

「熱感」の有無は、触診を重視する手技療法では利用しやすく、直接手のひらや手の甲で触れて感じる伝導熱や、ストーブに手をかざして輻射熱を感じ取るようにする方法を用います。
先ほどの腰部多裂筋など深部の炎症は、動作時痛と伝導熱・輻射熱でおおよその検討をつけることが個人的には多いです。

熱感を認めるケースでは、施術直後、患部以外の運動機能障害の改善によって痛みなく動ける気がしたとしても、時間と共に炎症の痛みを自覚することがあるので、今動けているからといって決して無理しないよう、念入りにお話しして釘を刺すようにします。
それでも動いて痛みが出たとしたら、予測していたことが起こっただけであり、痛いながらもクライアントは不安にならずにすむ。

痛みがなければ動いてしまうのは人情として仕方ないこと。
だから、再発させないことそのものよりも、とにかくクライアントが独りで不安にならない状況を作っておくことが大切だと思っています。

また場合によっては、あえて患部周囲の機能障害をいくらか残しておき、それによる痛みの自覚によって無理を防ぐようにするという方法を取ることもあります。
あくまで同意の上ですが。

続いて「腫脹」も熱感同様に手技療法では利用しやすいですが、私の場合はそれに加えて「組織の脆弱性(もろい感じ・弱い感じ)」の有無を重視しています。
部分断裂をした肉離れの患部に触れると、組織の正常なトーンが消失していた、頼りなさやもろさ、弱さを感じに加えて周囲の腫れや・浮腫・熱感を感じます。

比較的大きなケガなら誰の目にも明らかなのですが、わずかな損傷でも注意深く触診すると同じ現象は認められます。
この場合、患部周囲に保護的な筋緊張が高まっていると、脆弱な患部とはコントラストがハッキリし、わずかに「ペコッ」と凹むような感触を得ることもあります。

小さな損傷では動作時痛もはっきり出ないことがあるので、局所的な熱感・組織の脆弱性を私の場合は重視して、それを認めたら該当部位は外すようにしています。
組織が炎症ではなく、充血して痛みが出ている場合の判断は、熱感を認めるものの局所的な脆弱性を感じないなら、周囲組織の循環を改善させた後に十数分時間をおき、再評価した際に熱感の減少を認めれば充血と判断して患部に入るようにしています。

このような話を聞いて「難しそう💦」と思われた方もいるかもしれません。
熱感や腫脹の有無の判断は微妙になるほど感覚的要素が強くなりますが、あくまで技術であって、知識と練習と経験によって身に付けるもの。
練習を重ね、場数を踏んで自分で頼りにできるレベルになると、とても役に立ちます。

ポイントは探ろうする触れ方ではなく、包むように触れて受け入れるよう意識するということ。
それはイエローフラッグの判断にも通じていくことになります。

3.イエローフラッグの判断とコミュニケーションのプロセス


レッドフラッグ・炎症の有無に続き、今回はイエローフラッグの判断についてのお話しです。
レッドフラッグが器質的病変や原疾患の合併症など、絶対的禁忌の意味合いが強いのに対して、イエローフラッグは心理学的・行動学的要素が強いことから、相対的な禁忌となるでしょうか。

一般的には感情的な問題、健康に対する誤解や、望ましくない生活習慣なども含まれますが、加えて私は、その日の体調や気分など、時と場合に応じて変化するもの。
さらには「合う」「合わない」など個人的な好みも含めて考えるようにしています。
なぜなら、触診した時に組織の異常だけではなく、表情やしぐさ、声などのわずかな変化を通して、感情的な反応も読み取ろうとする意識を持った方がより広い視野で判断することができ、手技療法を適用する上できめ細かい対応が可能になるからです。

とはいえ、そうなるとイエローフラッグの判断は、より複雑に難しく感じてしまうかもしれません。
でも要は、言葉によるコミュニケーションと同じようなものです。

私たちは誰かと会話をする時、まず挨拶をしてから本題に入ります。
はじめは、相手の話す内容・言い分を批判を加えずにじっくり聞いて受け入れ(いわゆる傾聴)、自分の考えを整理し、言葉を選んで相手に伝える。

伝える時も一方的ではなく、発した言葉に相手がどのような反応するか、表情やしぐさを観察します。
不快な表情を見せたら、必要に応じて言葉遣いや表現、内容を変化させて、コミュニケーションが円滑に進むよう配慮していくでしょう。
まさにイエローフラッグの判断を行いながら、コミュニケーションをとっているわけですね。

手技療法のプロセスも同じ。触れる時にはまず挨拶からです。
言葉によるコミュニケーションも、会っていきなり本題に入ると相手はビックリしてしまうもの。
だから挨拶によって警戒を解いて安心させ、気持ちの準備ができるようにします。

触診も同じように、いきなり相手の腹を探るような、こねくり回すような触れ方はせず、挨拶のように安心させる触れ方から入ります。
これは最初だけでなくて、毎回触れるたびに繰り返し行うようにします。

具体的には「握手」のように「包む」ように触れるということ。
その上で組織の言い分を聞くように、まずは手から伝わる感触だけを受け入れるようにします。

十分受け入れたら、その手応えが意味するところを解剖や病態、これまでの視診や問診で得られた情報と照らし合わせて判断し(評価)、刺激方法や治療手技を選んで組織に伝えます。

伝える時も一方的ではなく、伝えた刺激に相手がどのように反応するのか、組織の状態や表情、しぐさを観察します(モニター)。
組織抵抗が強くなったり、不安や恐怖を示す表情やしぐさがサインとして見られたら、必要に応じて「範囲・深さ・方向・強さ・振幅・リズム・スピード・時間」などを変化させ、手を介したコミュニケーションが円滑に進むよう配慮していくようにしていく。

いかがでしょう?
触診から徒手的介入のプロセスは、言葉によるコミュニケーションのそれと同じだったのではないでしょうか。

このように私たちが日常的に行っているコミュニケーションと照らし合わせれば、触診を用いた評価から治療、再評価までも全体的なイメージも持ちやすいのではないかと思います。
あとは実践あるのみ!

手を用いたコミュニケーションを成立させるためには、必要最低の条件があると私は考えており、それが「楽操」です。

4.触診でいちばん伝えたい「楽操」について

イエローフラッグの判断について、触診から徒手的介入のプロセスは、言葉によるコミュニケーションのそれと同じようなものとお話ししました。
考えてみれば、人間を相手にすることですから似ていて当然ですよね。

私の場合「痛みを伴う治療家」のイメージが強いですが、それでもこれまで述べてきたようなポイントや、「合う」「合わない」も考慮したうえで実施するようには心掛けています。
苦痛であることを見越した上で「苦言を呈す」という言葉もあるように、あえてビシッとやることも多いけど😅(そう考えると苦言ばっかり💦 )

手技療法という手を用いたコミュニケーションを行う上で、セラピスト側に最低限求められる技術が、自分の身体を楽に操作していることだと思っています。
私が「楽操」と表現しているものです。

楽操は、自分自身も他人から見ても楽に操作できていることが大切であって、苦しそう、しんどそう、辛そうではいけないということ。
しんどそうな状態で、触診や徒手的介入を行っても、組織の状態を診る力が低下しているために、期待できる効果が得られないばかりか、力任せの操作になってマイナスの影響を与えてしまう可能性もあります。
手や腰の痛みを我慢しながら身体を診ようとするのは、トイレを我慢しながら人の話を聞こうとすることと同じです。(ここ重要‼)

楽に操作できるからこそ、相手の状態が良く見えて適切な評価が行え、コントロールされた介入ができ、期待した効果を得ることができるはず。
話だけ聞くと当たり前なのですが、臨床ではクライアントを診ることに重点が置かれ、セラピスト側の身体が蔑ろにされがちなので、意識できるようあえて強調しているだで、特殊なものではありません。

とはいえ、どのようなスポーツでも「自然なフォーム」というのは、なかなか難しいものであって、繰り返しの練習が必要になるものですがその点も同じ。
一朝一夕にできることではありませんが、入り口となる基本は日常生活の動きにみられる極めてシンプルなものです。

身体操作というと運動が得意な人が伝えるイメージですが、私のような運動が苦手な者が、いや、苦手な者だからこそ身に付ける大変さがよくわかるので、それを伝えたいと思っています。

以上、手技療法における禁忌の鑑別についての私見をご紹介してきました。
まとめとしては、レッドフラッグの鑑別は視診・問診による判断が大きいものの、炎症の有無・重度の判別から、「合う」「合わない」も含めたイエローフラッグになるに従い、触診によって身体組織とコミュニケーションが求められる要素が強くなってくるということ(図)。

禁忌と評価の段階


レッドフラッグは比較的線引きがハッキリとしたものであるのに対し、イエローフラッグはそのあたりが曖昧で人間関係的な要素が強くなる、というところに難しさがあると言えるのかもしれません。

技能を磨くには、人間関係と同じように場数を踏んで経験を重ねる必要はありますが、その前提としてセラピスト自身が楽にリラックスしながら、触診や徒手的介入を行えるスキルを身に付けておくことは大切です(もちろん視診・問診も、リラックスできていることは大切)。

『自分が幸せでないと、他人を幸せになんてできない』わけですから、
禁忌の鑑別を含め「楽操」が、手技療法の技術を習得・実施する上で必須だと私は思っています。

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