18.男娼できるかな(3)

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 平日の夜だが白猫黒猫は盛況だ。
売れっ子の男娼がついたテーブルはすぐに常連でいっぱいになり、気を引きたい彼らが注文するケーキ(一番安いものでも数千円し、売り上げのいくらかが男娼に入る)がどんどん運ばれてくる。

 芥が俺の顎に人差し指を当て、くいっと顔を上げさせた。

「顔を見せておけ。エサの意味がないだろ」

「恥ずかしいんだよ!」

 振り払うようにしてまたうつむく。
店の奢りをいいことにビールをがぶ飲みする芥を見ているうちに、なんだかムカムカしてきた。
恋人……ヒナキのことを話そうとしない彼と、そのことを聞く勇気を出せない自分、両方に。

(そりゃ、そんなことまで俺に話す義務はないかもだけどさ。恋人がいるのにチューさせるって……)

 あのときのことを思い出すだけで顔に血が上がってくる。
そのとき突然、俺はある重大な事実に気付いた。

(ん?! 俺は芥が好きなのか? 男なのに?)

 そんなわけないとすぐに否定した。
彼の圧倒的な強さに憧れていることは確かだし、男女問わず見とれてしまうような顔とスタイルをしている。
でも、それはそういう意味での好きってことなんだろうか?
考えているうちにわけがわからなくなって頭をかきむしった。

(ああもう、全然わっかんねえ! こんなことならちゃんと恋愛経験つんどきゃ良かった!)

 盛大にげっぷをした芥と目が合い、彼はにやりとした。

「失礼」

(そもそもこいつは俺のことどう思ってるのかな。ほかの男に買われないように見張ってるのって、もしかして……嫉妬?)

 何だか妙に気恥ずかしくなってにやにやしてしまった。

(ちょっと嬉しい)

『あー、ココくん。来たわよ』

「え!?」

 イヤホン越しの青珠の声にぎょっとした。

『犯人じゃないわ。ウチの若旦那』

 ヒナキがやってきた。
彼のスタイルにぴったりのスリムな背広姿で、部下をふたり引き連れている。
俺たちを見ると満面の笑みでウインクし、口元に人差し指を立てて見せる。
仕事の邪魔しに来たんじゃないって意味かな?
そのまま素通りして店一番の売れっ子がいるテーブルへ向かい、大きな箱を置いた。

「今週も売り上げナンバーワンおめでとう!」

 ヒナキが箱を開けて大きなケーキを取り出すと、歓声が上がった。
にわかにパーティが始まり、周囲の客や男娼が集まってくる。

「脅迫されてる最中に何でわざわざ」

「あれか? 〝脅しには乗らない〟ってアピールだろ。ヤクザはナメられたら終わりだからな」

「そういやお前もヤクザだったな」

 芥は嫌そうな顔をした。

「フリしてただけだ」

「ジィエ!」

 ヒナキが声を張り上げた。
シャンパンのボトルを掲げ、ネックの部分を手で切るふりをする。

「チョップで切るのやってよ!」

 芥はビールを飲み干し、席を立った。

「しょうがねえ、酒代のかわりだ。そこにいろよ」

「はい、みんな見ててよ~。彼がこのビン、手でスッパリ切っちゃうから」

 芥《ジィエ》、火鳴《ホアミン》。
彼らがその名で呼び合うとき、妙にそわそわする。
そこには俺の知らないふたりだけの秘密がある気がした。

 芥がテーブルに置いたシャンパンボトルに手刀を一閃し、ネックを切断して見せる。
最高難度の試技《ためしわざ》(*瓦割りなどのデモンストレーション的な技)で、高名な空手家でもあれができる人はそうはいない。
ビンの切れ口から泡が吹き出すと、周りから歓声が上がった。

 俺がひとり取り残されたような気分でそれを見ていると、客に声をかけられた。

「すみません、ここいいですか」

「えっ? どこですか!?」

 意味のわからない返事をし、相手をきょとんとさせてしまった。

「キミのお隣ですけど」

 言葉に詰まっていると、店の前でうろうろしていた男たちが次々に俺のテーブルへ集まってきた。

「2万出す!」

「俺はもっと出すよ!」

 あっという間に席が埋まり、興奮した男たちに取り囲まれてしまった。
あわてて逃げ場を探すが四方をふさがれている。
俺の胸ポケットに金を押し込んで先約を取ろうとするやつすらいた。

(この人たち、もしかして芥がいなくなるのをずっと待ってたの?!)

 助けを求めてあたりを見回すが青珠の姿はなく、芥はヒナキと話している。
ヒナキがこちらをちらりと見たが、少し笑っただけで芥に視線を戻した。

「えっと、あのですね、俺はその、そういうアレじゃ」

 眼を回しそうになっていると、人の合間に見知った顔が見えた。
思わず席を立ち、人を掻き分けてそちらに小走りに向かう。

 花屋の配達員の制服を来たその少年は不思議そうに俺を見た。
間近に来るとやっと俺が誰だか気付いたらしく、口をあんぐり開けた。

「セ……センパイ!?」

「煉くん! ちょ、ちょっと助けて」

 ほっとして彼の手を取り、テーブルのほうに引っ張っていく。
不安定なハイヒールのせいでついその腕にしがみついてしまうと、煉はびくんと跳ね上がった。

「ひい!?」

「あ、ごめん! 痛かった?」

「いえっ……いえ!?」

 顔が真っ赤だ。
ガチガチに硬直している彼をテーブルにつかせ、俺は周りに愛想笑いを振りまいた。

「ごめんなさい、俺、この人にしますから。アハハ……」

 彼らは渋々散って行ったが、ほとんどはふたたび遠巻きに眺めている。
自分の番が回ってくるのを待っているんだろう。

 俺は煉の腕に抱きついたままだったことに気付き、あわてて離れた。

「バイトのジャマしちゃった」

「いいえ、いいえ、ううん、全然」

「そっか。ちょっとのあいだでいいからいてくれない? 話せば長いんだけど」

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ほんの5000兆円でいいんです。