久谷雉

新詩集『花束』、8月16日より発売予定です。

久谷雉

新詩集『花束』、8月16日より発売予定です。

最近の記事

花束日誌4

某月某日 一限、論理国語の授業にて、哲学者の野矢茂樹氏の書いた文章を読み進める。ロボットが意志を持ち、自由に行為するのは可能なのかという内容……というよりもその問いに答えることを通じて「自由」の核心とは何かを示そうとしているのがこの文章のミソ。本日読むのは、「意志」とは何かを定義する前段階として、「欲求」について考察した部分。「欲求」とは心の中に起こる何かを「したい」という状態ではあるが、それが必ずそのとおりに叶えられるとは限らないと、野矢氏はこの文章の中で説明している。で

    • 花束日誌3

      某月某日 朝、勤務校の文化祭の閉祭式。今年度は校内で行う短歌コンクールの結果発表という「大役」がある。金賞と銀賞をそれぞれ二点、簡単な講評とともに発表する。しかしながら、実は前夜からある問題が頭の片隅にささやかな影を投げかけていた。 「サクラコの会」で詩人の野崎有以さんと数年ぶりにお目にかかった。野崎さんには西武線文化圏への愛で溢れている『ソ連のおばさん』という名詩集があるのだが、やはり話は、私が四月から大学の非常勤で通っている西武池袋線の江古田駅周辺の再開発のことに及ん

      • 花束日誌2

        某月某日 夕刻、東中野で催された「サクラコの会」へ。朝吹亮二、小林坩堝、佐野裕哉、藤井一乃の四氏が中心となって、一月に急逝した榎本櫻湖さんに「心を寄せる」(案内文より引用)ために企画された会。あらかじめそうなると藤井さんから聞いていたのだが、生前の榎本さんと面識のあった人もなかった人もおそらく百人近い規模で集まり大盛況。泉下の客となった榎本さんもこのにぎやかさなら浮かばれるだろう、というか浮かばれてほしい。普段からもともと人の集まるところには行かないので、久しぶりに顔を合わ

        • 花束日誌1

          某月某日 訃報はたいてい、電車に乗っているときに届く。土浦から特急ときわの品川行に乗り込んでスマホを開くと、choriさんの亡くなった件がツイッターに流れていた。三十九歳だったという。 もう十五年以上会っていなかったが、今年に入ってから同年代の詩の書き手の知り合いを榎本櫻湖さんに続いて亡くしたことになる。榎本さんの死のしらせを編集者の藤井一乃さんから受けたのも、非常勤先の大学の健康診断を受けたあとの電車の中であった。四月の、雨降りの夕刻だった。 どういうわけかchori

        花束日誌4

          詩集『花束』ためし読み

          秘密今日 あなたの顔に はじめてさはりました   あなたの眠つてゐる町から 鉄橋と峠を いくつも越えてたどりつく 黄昏の祠で わたくしはたしかに あなたの顔にさはりました   窓のやうなものも 穴のやうなものもすべて消えて 一枚のかゞみとなつた あなたの顔に 手の甲をあてゝゐました   幸福でした 童謡うつわが割れます   うつわは雨にたたかれていますが うつわが割れたのは 雨の力ではありません   赤い家鴨の力です 雨の力をかりることを拒んで 櫛をくわえて ほろびてい

          詩集『花束』ためし読み

          詩集『花束』目次

          ・秘密 ・採集 ・凪 ・末裔 ・品川行 ・朝焼け ・夏の破れ ・消滅 ・翼 ・nymph ・石段 ・教育 ・めざめ ・放蕩娘 ・八月 ・日傘の群れ ・袖 ・掬う ・蜉蝣 ・婚約 ・被災 ・祝福 ・鶴 ・冬 ・ほどこし ・童謡 ・あおむけ ・芹の葉 ・山桜 ・あしたのからだ ・海を巻いて ・白球 * 思潮社 新刊情報 » 久谷雉『花束』 (shichosha.co.jp) 珠のように降る32篇 あなたのために尽くされる 言葉は 降るものでなければならない (「nymph

          詩集『花束』目次

          詩集『花束』刊行にあたって

          詩はささげものである、という意識を昔から捨てることができない。 いま書いている詩をだれにささげるのか――はっきりと輪郭が見えないときであっても、いつか書きあがるその詩を一茎の花のように受けるだれかの両手のかたちを、常に思い描いてきた。 いや、組みあわされた手そのものばかりではなく、手と手のすきまに生まれる闇への挨拶として言葉を投じること。手の持ち主自身も知らない闇へとむけて、かたるべき言葉をつむぐこと。そのための試行をくぐりぬけてきた言葉こそが、詩になるという確信がある。

          詩集『花束』刊行にあたって