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ミステリ・ミュージカル『ルームメイトと謎解きを』終演に寄せて


はじめに

 11月18日に開幕したミステリ・ミュージカル『ルームメイトと謎解きを』が、昨日(26日)千秋楽を迎えました。
 脚本・作詞・演出は板垣恭一さん。音楽は桑原まこさん&桑原あいさん。

 私は、原作にあたる小説『ルームメイトと謎解きを』(2022年、ポプラ社)を執筆した楠谷佑です。

 原作者という立場で、17日(金)にゲネプロを見学させていただき、18日の初演(昼公演)も拝見しました。あまりの素晴らしさに、さっそくチケットを追加購入し、そこから19日昼、20日夜……と続き、気づけば、合計9公演を観劇しておりました。関係者としてお席をご用意いただいた回もございましたが、あまりの素晴らしさに「『メイ解き』にお金が落ちないのは許せん」という気分になり、自主的に買わせていただいたのです。

 素晴らしいミュージカルです。ただただ、素晴らしい。
 もう余計な言葉を付け加える必要もないというか、「素晴らしいからとにかく観て!!」としか申し上げられません(12月9日まで観られる配信アーカイブもありますし、DVDも本稿執筆時点で予約受付中です)。
 ただ、曲がりなりにも文章を書くお仕事をしている人間として、もう少し丁寧にこの感動を書き記しておきたいと思いました。この世界を作ってくださった皆様に、少しでも感謝の意が伝わることを祈って。
 そして時が経ってから、この舞台がどんなふうに素晴らしかったかを思い返す手がかりとなるように。

 1章はネタバレなしで総評を述べておりますので、「配信やDVDで観るかどうか迷っている」という方も、よろしければご一読ください。
 2章以降ではすでにご観劇を終えた皆様と共有したいというつもりで、本編のネタバレが含まれています。悪しからずご了承ください。

1:全体として

『ルームメイトと謎解きを』は、埼玉県にある全寮制男子校が舞台のミステリです。校内で殺人事件が発生し、現場の状況から容疑者は寮旧館「あすなろ館」に住む誰かだと思われる。あすなろ館住人の兎川雛太は、ルームメイトの鷹宮絵愛と共に事件の謎に挑む――。
 この小説をミュージカル化したい、というお話をいただいたとき、光栄に思いつつも少し意表を突かれる思いでした。ストレートな演劇ではなくミュージカルなのか、と。
 いただいた企画書は夢のように素敵で、脚本を拝読してみると、原作の台詞や説明をかなりスマートにアレンジしてくださった板垣恭一氏の手腕に驚かされました。絶対、面白いものになることは間違いないだろう、と確信できました。
 しかしそこまで確信しつつ、どういう作品に仕上がるのかだけは、明確に思い描くことができませんでした。

 そして、ゲネプロを拝見して。
 圧倒されました。すごすぎて。面白すぎて。
 宣伝などで「新感覚」という言葉がありましたが、まさにその通り。これまでの人生、ミュージカル「メイ解き」に似た作品は観た記憶がありません。しかし、自分はまさにこういうものを観たかったのだ、というくらい、理想的な、魔法みたいな世界がそこにありました。
 翌日の初演を観て、他のお客さんたちと一緒に笑ったり泣いたりしながら一観客として楽しんでいると、もう、だめでした。完全にひとりのファンとして、「メイ解き」の虜になってしまったのです。

 まず、書いておいてなんですが、私は原作の『ルームメイトと謎解きを』がとても好きなのです。以前から「男子もの」というか、男の子たちがいっぱい出てきてわいわいやる作品が大好きなので。加えてミステリファンとしては、こういう「犯人当て」の興味を中心とした話がいちばん好きなのですから、原作『ルームメイト~』はまさに、私の好きなもの全部載せの小説と言えます。なので、原作の要素をたくさん残していただいたこのミュージカルを好きになるのはある意味必然でした。

 しかし、板垣さんのお作りになった舞台は、原作の世界をそのまま舞台に乗っけたというような簡単なものではありません。原作者が意図しているところを汲み取っていただいたうえ、無数の素晴らしいオリジナルアイディアが投入されていました。
 そしてなにより、ミュージカルという形式がこの「魔法」の肝と思えました。
 桑原まこさんとあいさん姉妹による音楽。これが全編に鳴り響いていて、演者の皆さんの歌唱が贅沢に乗っかることで、この舞台はこれほど魔術的になっているのでしょう。音楽の力とはすごいものです。
 しかも豪華生演奏。キーボーディストの方が替わった日、私は事前にそのことを知らなかったのですが、「あ、ちょっと音楽の雰囲気変わったかも」と思いました。カーテンコールの際、キーボードが桑原まこさんから男性の方(長濱司さん)に替わられていることに気づき「やっぱり」と頷いたのです。役者さんの歌とお芝居だけでなく、演奏も各公演の一期一会。こんなにリッチな舞台って、珍しいのではないでしょうか。

 板垣さんとお話しさせていただいたとき、もしもこの原作をストレートに演劇化したら5時間くらいのものになる、と伺いました。「時間」を自在に操れるミュージカルだからこそ、この尺でいけたのだと。
 なるほど、と思うと同時に、ミュージカルって本当に素晴らしい形式だな、と感動したのです。
「メイ解き」のすごさは、いくら観ていても飽きないどころか、「えっ、もう幕間?」「もう終わるの?」と思わせられるスピード感です。
 イベント数が多く、しかも台詞と音楽がシームレスに脳に流入してくるので、うっかり眠くなる暇もないのです。出演者とバンドの皆様をはじめ、作り手としては休む間もない大変さと拝察しますが、観ている側としては、これほどゴージャスな体験は滅多にできるものではありません。

 ですから、まだ「メイ解き」を観ていないという皆さん。
 絶対に、体験して損はないです、ということだけは申し上げたいです。
 このミュージカルの良さを、無理に一言で言ってしまえば、とても「贅沢」な舞台、ということになるのですから。

2:登場人物と出演者様について

 この章では、原作者としての視点から各キャラクターについて簡単にご紹介しつつ、それぞれの人物を演じている出演者様がいかに素晴らしかったかを語らせていただきます。
 冒頭で述べたように、本編のネタバレが含まれていますので、ご了承ください。

 なんといってもまず、主演のお三方の素晴らしさ。
 メインキャラクターはふたりいて、主人公(原作の語り手)の兎川雛太を小野塚勇人さんと武藤潤さんがダブルキャストで、探偵役の鷹宮絵愛を富永勇也さんが演じられていました。

 まずは、兎川雛太(ヒナ)について。
 空手部に所属する元気な少年で、探偵役のエチカを引っ張っていきます。
 原作は、雛太の一人称で語られる小説です。頭から終わりまで、一貫して「オレ」こと雛太の視点で話が進みます。ですから、この舞台でも雛太役の方はほぼ舞台に出ずっぱり。途轍もない台詞量、歌唱量、運動量です。演劇素人の私でも、物理的な意味において雛太がかなりの難役であることはわかります。

 小野塚勇人さんは、前半部分の7公演、ぶっ通しで雛太を演じてくださりました。まず、このバイタリティに驚嘆しております。
 それだけでなく、小野塚さんは連日の登板でも、舞台上では一切疲れをお見せにならなかったことにも驚かされています。全身でリアクションをとる元気男子の雛太を常に全力で表現していらして、このかたの体力はどこから湧き出てくるのだろうと圧倒されていました。
 しかし、それは観終わった後に出てくる感想で、観劇中はただただそこにいる「雛太」に目が惹かれるばかりでした。雛太は台詞量もすごいと申しましたが、観ている間にそのことを意識する瞬間はありませんでした。小野塚さんの高度なお芝居で、雛太がなにを喋っていても「彼が日常を生きる中で自然にその言葉を選んだ」感じがして、「台詞」と思えないのです。
 パワフルでありつつ心地よくのびやかな歌声も素敵でした。小野塚さんは「その登場人物が音楽に乗せて、セリフを話しているのが理想的なミュージカル」だと思うとおっしゃっていて(雑誌「えんぶ」2023年12月号)、ナチュラルですっと心に染みてくる歌唱が、本当にお言葉どおり理想的であったと感じております。
 また、小野塚さんの雛太は随所にユーモアをまぶして演じてくださったのも印象的で、アドリブ要素もたくさん見受けられました。第二幕、松村優さん演じる瞬との毎回異なるじゃれ合いは、いつも大きな楽しみでした。
 アフタートークでは「頼れる座長」という評もお聞きし、小野塚さんがヒナを演じてくださって本当によかった、と心から思います。
 お茶目で頼もしく、「ヒナ先輩」と呼びたくなってしまう小野塚さんのヒナのことが、私はこれからもずっと大好きです。こんなにも私が「メイ解き」の世界に魅了されてしまったのは、間違いなく小野塚さんのハイレベルなお仕事があったからです。

 ダブルキャストで雛太を演じてくださったのが、武藤潤さん。
 ご体調の関係で、前半公演でお姿を見ることができず、思えば一週間近く毎日「武藤さんのヒナ、早く観たいな」と思っていました。
 座組の皆様も、カーテンコールやアフタートークの際、しきりに「潤」「潤くん」とお名前を口にして、武藤さんのお帰りを待ち望んでいました。そのたび、愛されていらっしゃるのだな、と心が温かくなりました。
 そして24日(金)、武藤さんがお帰りになってようやく待望の武藤ヒナを拝見いたしました。
 武藤さんのヒナは、とにかくまっすぐでいつも一生懸命なヒナでした。見ていて、「あ、この子は絶対嘘がつけない良い子なんだな」ということがわかるヒナ。その日のアフタートークで長江崚行さんが、武藤さんを「みんなで支えたくなる座長」とおっしゃっていたのがまさに的を射ていたかと(記憶が不正確でしたらすみません)。
 雛太というのは、まさにそういう「愛され属性」を持っているキャラクターでもあります。後輩の瞬くんからも可愛い可愛いと言われてしまったり、つい突っ走ってエチカに心配をかけたり……。そんなヒナの両面を、ダブルキャストのおふたりの強みを前面に出されたお芝居で、立体的に立ち上げてくださったのだな、としみじみ思っています。雛太は2年生ですから、先輩でもあり後輩でもあります。小野塚さんが頼もしいヒナを、武藤さんが、愛され気にかけたくなるヒナを体現してくださっていたのですね。
 しかし、そういった愛らしさが滲みつつも、武藤さんのプロ魂が伝わってくる場面も多々あり、とくに見事な歌声には聞き惚れました。
 2日目にあたる25日(土)の昼公演で、ぐっとリラックスされたことが感じられ、アドリブ部分の切れ味などどんどんエンジンが温まっていくのを目の当たりにして、「ああ、武藤さんのヒナをもっともっと見たかった」と少し寂しくなってしまいました。
 ですが、拝見した3公演だけでも溢れ出す魅力が伝わってくる、素敵なヒナでした。

 富永勇也さん演じる、探偵役の鷹宮絵愛(エチカ)について。
 エチカという人物は、原作小説においては言ってしまえば少し「嘘」な部分のあるキャラクターです。おなじみシャーロック・ホームズ系統の変人天才型の造形ですから。容姿端麗で背が高く、頭脳明晰、クールだけど動物にはデレデレ……という、そんな山盛りのエチカくん。どちらかといえば漫画の世界の住人に近いです。
 このエチカというキャラクターが実在感を伴って舞台上に現れたのは、富永さんの演者としてのお力と華やかさ、滲み出る知性がなければありえないことでした。エチカという頭脳派ヒーローの実在に、このうえない説得力がありました。それだけでなく、随所に「人間」としてのエチカが垣間見えるお芝居に、原作を上回る鷹宮絵愛の奥深さを感じました。第二幕中盤、「信じる/信じない」を巡るヒナとの対話にはいつも圧倒されます。
 原作のイメージを体現しつつ、それでいて血の通ったひとりの人間としての鷹宮絵愛を組み上げてくださった富永さんのお芝居と歌唱で、どんどんエチカのことが好きになってしまいました。
 これはひとりのミステリファンの勝手な願望ですが、富永さんが演じられる〈探偵役〉をもっと見てみたいと思いました。終盤、「消去法推理」を立て板に水の勢いで語るエチカの熱演を思い出すだけでぞくぞくします。
 感情ではなく論理で構成された台詞を完璧に記憶し、説得力を持って、観ている人の頭に沁みるように語るというのは、素人の私にも異様にハードルが高いことだとわかります。それを12公演分やってのけた富永さんのお力を目の当たりにすると、やはり「このかたが演じる探偵役、もっともっと見たい」という気持ちになってしまうのです(個人の願望です、あくまでも)。

 そんな素晴らしい主演お三方を迎えられただけで、本作はものすごい作品だよなと思いつつ、他のキャストの方々も恐ろしいほどに魅力的で実力派の方々ばかりでした。
 原作者としては名前を与えた人物全員に思い入れがあり、彼らを素敵に演じてくださったお一方ずつに感謝を申し上げたいです。長くなりますが全員語らせてください。

 まずは、雛太たちが住む「あすなろ館」の寮長であり空手部主将の有岡優介。彼は、曲がったことが大嫌いな質実剛健男子。後輩からとても慕われている人です。けれど、まっすぐすぎるがゆえに人とぶつかってしまう、不器用な面も持っている。有岡役の健人さんは、そんな有岡らしさを、よく通る力強い声でストレートに表現してらしたのが印象的です。これは雛太が尊敬するだろうなあ。
 20日(月)のアフタートークでの健人さんは、有岡の大声により「いま声がガサガサで」「公演が終わると同時に俺の喉が死ぬのよ」と冗談めかしておっしゃっていました。さらに千秋楽のカーテンコールでの「俺の喉も千秋楽を迎えております」というウィットに富んだお言葉にはつい噴き出してしまいましたが、役者にとっての命のひとつである声帯を酷使してまで有岡を体現してくださったということで、その情熱に敬意と感謝を捧げます(喉お大事になさってください)。「常に熱い男・有岡」の魂、たしかに伝わってまいりました。
 空手部部長ならではのパワフルな動きも好きで、最初の空手部稽古の場面、有岡さんがみんなの後ろから飛び出してくるところ(伝わりますか?)……いつも見惚れてしまいます。あの空手シーンの迫力で、ぐっと「メイ解き」の世界に導かれるのです。
 道着姿の雄姿に魅せられつつも、有岡さんは単に腕組みをした立ち姿だけからも、頼れる部長、寮長のオーラがびしばし伝わってきました。健人さんの存在感の賜物なのだろうな、と感じた次第です。

 そして、有岡と対になっている上級生キャラが、志儀稔です。
 関西弁で喋る演劇部部長で、剽軽なムードメーカー。その一方で、彼は大人たちが隠そうとしている不都合な事実をずばり指摘する、「声を上げる者」としての強さもあります。社会集団の中では、いつも少数派の声はかき消されてしまう。原作を書いている私の中には「志儀先輩みたいな人が、常に世の中にいてほしい」、そんな大げさな思いが密かにありました。
 しかし、そんな志儀の性質も彼自身のある後悔に基づくものですから、彼は飄々としているようでいて、じつはとても複雑なキャラクターです。そんな難しい志儀先輩を演じてくださったのが、加藤将さん。
 加藤さんは、公演開始前から志儀という人物について分析された投稿をTwitter(現X)でしてらして、それを拝見して嬉しくなったものです。この作品を「人間ドラマ」と表現してらしたことも印象的でした。加藤さんの深い人物理解と作りこみが、志儀稔、ひいては「メイ解き」をぐっと奥行きのあるものにしていたことは間違いないです。
 浅香との関係は原作以上に深い感情表現で掘り下げてくださったと感じており、お蔭様で、「メイ解き」の感想をSNSで見ていると、志儀先輩の話をしていない人のほうが少ないくらいです。クライマックスでの無音の慟哭、いつも私たち観客の心を揺さぶっていました。
 本当に、志儀先輩を加藤さんが演じてくださってよかったと思います。

 長江崚行さん演じる園部圭。
 生物部の内気な男の子、という役どころですが、じつは物語の中ではけっこうたくさん喋ります。もじもじした無口キャラなのに台詞が多い、これって、演じるかたにとってはある意味で難役なんじゃないか……などと想像しましたが、長江さんの園部くんはその完成度に驚かされました。
 園部くんの独唱は第一幕最大の山場と言えるもので、長江さんの心揺さぶる熱唱が場をぐっと引き締めていたのを感じています。あの声の震え方と、台詞との繋がりの良さ……記憶だけで胸がきゅっとなるほどです。「死んでしまった」という歌詞の直前、一瞬鋭く息を呑むあのお芝居の見事さたるや。浅香先輩の死を知ったときの園部くんの衝撃が鮮やかに伝わってきました。
 ゲネプロでの幕間のとき、隣で観ていたポプラ社の担当さんと舞台全体の完成度の高さに「すごい、すごい」と興奮して語り合ったのですが、担当さんは「園部がめっちゃ園部だった」と真っ先におっしゃっていました。長江さんがキャラクターの個性を練り上げてくださって、キーパーソンである園部くんが抜群に立っていたなと感じます。役柄に合った喋り方がなんとも可愛らしくて、高校生だな、と思わせられるのも凄いです。
 アフタートークなどで拝見した長江さんご自身は、クレバーに司会進行をする姿がお似合いの溌溂とした方で、そこにも驚かされました。園部圭という人格を違和感なく体現しておられた姿を重ね、プロの役者さんの凄さを思い知りました。

 園部と同室の2年生、棗誠之助。彼は山野光さんが演じられました。
 この棗というキャラクターは、男子との交流に興味が薄く、「あすなろ館」の中で唯一彼女がいる人物です。クールで相手を突き放したようなところもありつつ、しかしそれでも人を惹きつけてしまうオーラがある……という棗のパーソナリティが、山野さんのお芝居から滲み出ていました。初登場シーンの気だるげな「はよ」の言い方だけで、「棗というのはモテるやつなのだな」ということがわかってしまいます。また歌声がとても素敵で、序盤の棗ソロパート「そういえば去年の~」という歌いだしの艶やかさに毎度びっくりします。
 一方、第一幕終盤における恋人・沙奈との合流シーンは毎度面白く(ネタが回により替わるのです)、いつも客席で爆笑が起きていました。本当に好きな子の前では地が出てしまう棗のういういしい面が垣間見えた気持ちで、よりこのキャラクターを好きになる、そんな好演でした。私は24日マチネの「お待た誠之助」「ごめんなーつめ」が好きです。25日ソワレではこのネタのリバイバルに加えて、沙奈ちゃんも乗ってきたので大笑いしたのは良き思い出です。
 ちなみに山野さんは冒頭の空手稽古シーンで空手部員役もやってらっしゃるのですが、キレキレの動きがとても目を惹くのですよね。棗くんのスライディング入場といい、山野さんの高度な身体技術が窺える部分は、いつも注目してしまいました。

 一年生ふたり組――唯哉と瞬も、この作品に欠かせない大切な子たちです。ごくごく個人的な話をすれば、原作を書いたときから彼らは大変なお気に入りで、そんなふたりをものすごくハマるおふたりが演じてくださったので、もう大ファンになってしまいました。

 新入生の五月女唯哉は、横山賀三さんが演じてくださりました。
 キュートで懐っこく、存在しているだけで愛さずにはいられないような唯哉の癒しオーラが伝わってくる、横山さんの佇まい。唯一無二のキャスティングだったな、と思います。序盤の自己紹介ソングも透明感があって心地よく、それでいて耳に残る、素敵な歌声でした。「ああ、ユイの歌がもっともっと聴きたいなぁ」と思ってしまうほどに。原作者の方はもっと唯哉くんの場面を多めに書いておくべきだったんじゃないでしょうか?
 横山さんのお芝居は繊細で丁寧で、鑑賞回を重ねるほどに細かい表現に気づいて、目で追いたくなってしまう演者さんだなと思いました。
 第二幕開始のとき、ぐったりして椅子に座っている瞬の隣に唯哉が立って気にかけているの、皆さんお気づきでしたか? これは原作(P192)にある描写で、板垣さんが拾ってくださったのだと拝察します(ユイは華奢で儚げに見えて、家庭事情のためもあり逆境慣れしており、じつはいざというときの度胸があるという造形)。パンフレットのスペシャルトークで横山さんがおっしゃっている「垣間見えるユイの気丈さ」は、この場面に象徴されていたように思えます。そういう演出意図をひとつひとつお芝居に落とし込んでいらっしゃる丁寧さを感じました。
 皆様、台詞がない場面での無言のお芝居をかなり作りこんでいらっしゃるようお見受けしましたが、五月女唯哉は性格設定上、大胆な身振りがあまりできないと思うので、それだけに横山さんのお芝居の繊細さが光っていたように感じます。
 とくに「あ、すごい」と思ったのが、元気のない園部くんが朝ご飯を食べ残す場面のこと。ユイが「これいただいてもいいですか?」と言い出すよりも前のタイミングで、園部くんと彼が残したご飯を見比べている視線のお芝居が、すごいな、と。舞台上には食卓のセットがなく、園部くんの食べ残しも「イマジナリーご飯」なのですが、元気のない園部くんと彼が残したご飯を交互に見ながら眉を曇らせている、この繊細な目のお芝居がすごく好きです。存在しないご飯が見えました。横山さんの演じ方の丁寧さに感銘を受けた次第です。

 そして、元村瞬。
 彼は元気いっぱいの生意気1年生男子で、雛太によくちょっかいを出してきます。本作の味わいである「わちゃわちゃ男子校成分」のかなりの部分を、じつは瞬が負担してくれているんじゃないでしょうか? 衝撃的なできごとが起きたときに、真っ先に大きなリアクションを取ってくれる子でもあります。「メイ解き」の世界から瞬を引いたらどんな空気になるかまったく想像もつかない、それくらいに「霧森学院」や「あすなろ組」の雰囲気の要となるキャラ。
 そんな瞬くんを演じてくださったのが松村優さん。ゲネプロよりも前、「メイ解き」公式がSNSで公開している稽古場映像を観た時点で、もう私は「瞬くんだ!!」と大いに興奮しました。元気で生意気で騒がしい瞬くんがそこにいました。序盤で唯哉くんが歌っているとき、「ユイ、可愛いぞー!」って声援(?)を飛ばすのが大好きです。
 本編の第二幕は事件発生後で、重たい雰囲気をベースに進行しますが、事情聴取パートでの瞬と雛太のじゃれ合いがいつも一服の清涼剤でありました。ここでの瞬のおふざけ、なんと各公演で異なっているのですよね。初回は忍者ごっこで、他の回だと狭いところを乗り越える動作とか、フュージョンだとか……個人的には、22日(水)公演の仲居さんの真似がツボでした。長時間観劇をする中で、ところどころに笑っちゃうような仕掛けがあると、やはり観客としてはほっとひと息つけて嬉しいです。ちなみに第二幕のこの場面だと、雛太に「瞬も(五月女を)見習えよ」って言われたときに「先輩もねっ!」って返すところの言い方が毎度好きです。
 瞬は回替わりで違う台詞を言うパートが多くて、いつも彼のシーンが来るのが楽しみでした。しかも毎回面白い。22日(水)のアフタートークによれば、「小野塚ヒナ」とのじゃれ合いは事前打ち合わせなしでやっていたそうで、松村さんの引き出しの多さにびっくりしました。同時に、どんなに自由にお芝居をしても「元村瞬」という人格をはみ出さないことにも。小野塚ヒナとのフュージョンが一瞬反対向きになってしまったとき、恐らく咄嗟に言ったのであろう「逆っす」という言葉の、あまりの瞬っぽい言い方にどきっとしました。
 本番一発勝負のアドリブで、会場の雰囲気を暖めこそすれ絶対に失敗しない……松村さんのプロとしてのお力を何度も目の当たりにしました。
 元気な瞬くんを見ていると「ああ、可愛いなあ。なんて可愛いんだろう」と思ってしまいます。生身の役者さんが演じていらっしゃるのでそんなふうに申し上げるのは失礼かもしれないと思いつつ、しかし「高校生の瞬くん」がそこに居たということなのです。演者としての松村さんへの敬意を込めて、やはり瞬くんは可愛いなあと感じています。メイ解きをご覧になったかたで、瞬くんと松村さんに好感を持たなかった人はいないのではないでしょうか。

 さて、事件の被害者、湖城龍一郎。彼を演じてくださったのは加藤良輔さんでした。
 横暴な生徒会長という設定で、作中では擁護の余地がない完全なヒールです。本作のミュージカル化決定をうかがったとき、「湖城役の方にとって良き舞台となるだろうか」などと余計な気を回したものですが、いやいや、それは完成した舞台を観ていない人間の浅慮でした。加藤良輔さんによる名演が、この作品のトーンに多大な影響を与えていました。
 ミュージカルでの湖城、ひたすら悪辣だった原作と比べて、(ストーリーはそのままに)どこかコミカルな演出で登場するのです。この点に衝撃を受けると同時に、大いに納得しました。湖城は「イヤな奴」でありながら、そのカリカチュアライズされた「イヤさ」のお蔭で、この話が暗く沈んでしまうことを回避できていたように思います。これは板垣さんの演出でもあると思いますが、コミカルとシリアスを行き来する良輔さんの絶妙なバランス感覚により、殺人やいじめといった重い事件がありつつも、観た後に爽やかな気分になれるハッピーな舞台に仕上がったのだと思います。
 湖城は良輔さんのお人柄ゆえでしょう、演者の皆さんから愛されまくりで、アフタートークやカーテンコールのたびに「湖城モノマネ」ネタが挟まるのが大好きでした。「タイムマネジメント」が持ちネタみたいになっていて。まさかまさか、原作を書いた時点では、湖城という人がこんな愛されキャラになるとは想像もしておらず、これは楽しい意外性でした。
 原作者である私も「おはようございます」という挨拶を聞くだけで、良輔さん演じる湖城の口上が脳内再生されるようになってしまいました。中毒性が高すぎます。

 陳内将さんは、大河原先生と浅香希の二役を演じてくださりました。
 じつは陳内さんの役柄として事前に発表されていた大河原先生、すごく出番が多いというわけではありません。シークレットである浅香のほうが本筋の核となる重要人物なのです。こういうサプライズを仕掛けてくるのか!と驚かされました。
 とはいえキービジュアルの集合写真にいるジャージ姿の大河原先生の存在感は偉大です。彼がここに配置されることで、「学園ミステリ」としてのコンセプトがわかりやすくなり、絵面がものすごく引き締まっていましたから。本編での大河原先生も、出てくる度に目を惹く存在でした。一発目の楽曲、彼が竹刀でリズムを取っているのがいいアクセントで、体育会系な雰囲気が場に満ちるのを感じるのです。そして、郷田刑事に制圧されるシーンで陳内さんが毎回コミカルな演技をなさっているのも好きでした(会場で笑いが起きない回はありませんでした)。
 しかしやはり、浅香希のお芝居に圧倒されました。
 浅香は本編開始時点ですでに亡くなっている人物で、登場シーンはすべて回想です。陰があるキャラで、大河原先生とは対照的な「存在感を消す」お芝居の見事さに息を呑みます。しかし、浅香の台詞や歌声はひとつひとつが大切なもので、しかも、それらはいずれも生きている登場人物たちが浅香を思いながら引用する言葉。悲しみと連動して語られる言葉です。浅香の優しさが伝わってくるおっとりとした儚い声音で陳内さんが語る肉声はすべて、観客の心を揺さぶるものでありました。
 陳内さんと志儀稔役の加藤将さんはとても仲良しでいらっしゃるとのこと(楽屋にご挨拶申し上げにいったときもご一緒にいらして、「名前も同じ『将』で仲がいいんですよ」とおふたりでおっしゃっていました)。志儀と浅香の胸を締めつけられる切ない友情のドラマは、このおふたりに演じていただけたからこそ生まれた深みもあるのだなと感じます。

 青野紗穂さんは、「メイ解き」唯一の女性キャスト。養護教諭/倉林沙奈/千々石董子警部の三役を演じられました。
 演じ分けもお見事で、高校生の沙奈と千々石警部の声色がまったく異なっているのは何度思い出しても凄いです。
 しかし、やはり語らせていただきたいのは、出番が多い千々石警部。
 歩き方、マイクの持ち方、謝罪するときの腰の折り方、どれをとっても「若く優秀なエリート刑事」の佇まいそのもので、プロはこんなに完璧に全身の動きをマネジメントできるものなのか、と驚かされます。凛とした台詞の切れ味も心地よく、エチカを疑って迫ってくる怖さが伝わってきます。
 そしてなんといっても、歌声の迫力が素晴らしかったです。
 青野さんの歌声には、毎回劇場がぴりぴりと震えるほどの異様なお力がありました。「ルームメイトから見て~」の歌い出しだけで、空気が変わります。高らかな歌い上げも、囁くような部分も、どこをとっても耳に残りました。とりわけ解決編、エチカが真犯人を追い詰める場面で、千々石さんが「ゆえに生徒ではない~」という歌唱で畳みかけてくるところの迫力ときたら、たまりません。
 他が男性キャストばかりの中、唯一の女性でしかも台詞が多い役。浮いてしまってもおかしくないところ、お芝居も歌唱も恐ろしく達者でいらっしゃる青野さんが演じてくださったからこそ成立したのだなと思います。

 そして――郷田忍警部補を演じてくださったのが、鈴木壮麻さん。
 私は原作を書いたとき、もちろん最善を尽くしました。そして光栄なことに、私の原作を好きだと言ってくださるかたもいらっしゃいます。だから安易に使うべき表現ではないと重々承知しつつ、すみません。鈴木さん演じる郷田警部補は、「原作超え」です。原作の郷田忍を遥かに超える奥行きと深みを持った、最高の郷田でした。
 郷田刑事は序盤では、傷害事件を捜査するために現れ、メインの殺人事件では密室状況を成立させる役目を果たす警察官……というポジションにあたります。しかし、最後まで観るとじつは……皆さんのご覧になった通りです。
 解決編より前の部分、「若者の言うことにも耳を傾ける懐深い刑事」としてだけでも、郷田警部補の存在感は素晴らしかったです。鈴木さんのダンディなお姿と声、力強く深みのある歌唱、いずれも素敵で、これら郷田の「表の姿」を拝見するだけで、「参りました」という感じです。
 しかし解決編での、いわゆる「どんでん返し」の後に訪れる郷田刑事の独白部分ときたら、震えがくるほどでした。彼が自らの過去を物語る、哀愁に満ち満ちた歌声。何度聴いても、観ても、涙が自然と零れてきます。「駅前のショッピングモール」のあたりから、もう涙腺が決壊します。
 そして、哀しみというベースを残したまま語りと歌が続き、浅香事件のことを知ったくだりに差し掛かると、復讐の悪魔となる郷田の憎しみの感情が乗ってきて、もう圧倒されるしかありません。圧力で客席に押さえつけられているかのような感覚に陥る凄絶な歌声です。
 郷田の語りが終わり、彼が退場するまでの一連も……言葉にできないほどの素晴らしさです。我々観客はここで、心置きなく顔をべしょべしょにして泣いていいのですが、この郷田を前にしてご自身のお芝居を続行する出演者の皆様のプロ根性には敬服せざるをえません。
 原作小説は私が22~23歳のときに書いたもので、郷田忍という男性の人生については、やはり頭だけで書いた部分がなかったとは申せません。もちろん、周到に設定を積み重ねて説得力を高めることは意識していました。しかし、郷田という人物の感情の濁流をここまでのお芝居と歌声で魅せられると……。彼の言葉を借りれば「完敗というほかない」という感じです。
 大ベテランの鈴木さんが郷田忍を演じてくださったおかげで、このミステリ・ミュージカルがどれほどの深みを得て、我々観る者たちにどれほどの満足感を与えたか、図り知れません。
 原作者として、深くお礼申し上げます。

 アンサンブルの方々についても、ご感想申し上げたく存じます。
 室刑事役の神澤直也さん。生真面目な室らしさが伝わってくる身のこなしが好きでした。「トイレ行っていいですか」のところのコミカルな間の取り方も絶妙で、公演後半で間に合わなくなっちゃったところなど大笑いしました。それでいて、犯人に泣きながら手錠をかける様が刑事の矜持を感じさせ、あの名場面を素敵に締めくくっていたと感じます。
 平木康臣役の半澤昇さん。平木さんの日替わり料理、毎度の楽しみでございました。ときに陽気、ときに不思議な平木さんをありがとうございます。全公演分の平木さんがアーカイブされないことが無念なほどです。棗の無断外出のときに平木さんの歌唱パートがありますが、美声に酔いしれました。
 財津先生役の森山晶之さん。「クセが強い理科教師」という財津像の作り方が好きでした。イヤな人物寄りでありながら、「大馬鹿モンが!」と怒鳴ったときに怖くなり過ぎないところなど、絶妙だなと。財津という人は、じつは「人間の多面性」に関する郷田の意味深な語りにも繋がる重要なポジションで、その意味でも森山さんのお芝居により、財津という人が本編に痕跡を刻んでいたなと感じます。あと、「死亡推定時刻は7時半から8時の間」の生徒役も地味に好きです(笑)。
 吉村健洋さんは神崎先輩と笹岡(2年2組のガラの悪いクラスメイト)を演じてくださりました。とくに神崎は台詞も多く、ヴァイオレンスな身振りもあり、かなり印象に残るお芝居でした。神崎というのはけっして好感の持てる人物ではありませんが、誰の中にもある心の弱さと醜さを膨らませて描いているようなところがあり、悪い意味での「人間らしさ」があります。原作でその意図がどれほど読み手に伝わったかは別として、吉村さんのお芝居が立ち上げてくださった神崎からは、「弱さゆえに加害者になってしまう」人間の業が強く伝わってきました。「なのになんで死ぬんだよ!」という身勝手な絶叫の、しかしどうしようもない痛切さ。吉村さんのプロフェッショナルな演技が、神崎という人間を深くしてくださっていました。
 大崎聖奈さんは橋場/副会長役。橋場くんはとくに、アリバイの論証にも関わる重要な歌唱がありました。歌声が素敵なため、「猫を追いかけて」のフレーズが、なんだかバラードの一節のように聴こえたほどです。お芝居は朗らかな橋場くんで、「可愛い猫っしょ」の言い方には空手部1年ボーイの初々しい感じが滲んでいました。エチカがちーちゃんに構っている回想シーンの背後で、ずっと「エアちーちゃん」を抱っこしているお芝居の細やかさもいいなと。
 光由さんは嶋役。嶋は、2幕の全校集会の後にエチカに絡んでくる生徒のひとり。笹岡同様原作の地の文に名前があって、嶋は「水泳部のお調子者」とヒナから評されています。劇中の嶋も「棗から聞いたんだけどー」の言い方にお調子者感が出ていて、エチカにすりよっていく仕草も芸が細かかったです。あと、1幕のエチカへの嫌がらせの場面でも存在感がありました。
 SWINGの須田拓未さんは、公演本番では、始業式前のアナウンスと、エピローグでの校長(「あすなろ館は取り壊すことになりました」の人)の声を担当してくださったとのこと。私、校長のCVが気になるあまり、超ご多忙のプロデューサーさんにご挨拶申し上げた際ついこのことを尋ねたのですが、その際に稽古期間中の須田さんの八面六臂の活躍を伺いました。稽古期間中、欠席の役者さんの役をすべてこなしていらしたとのこと。「メイ解き」を裏で支えてくださっていたのを感じて、ジンときます。

 あらためて、素敵な出演者様方に本作の登場人物を演じていただけたことに、原作者として深く御礼申し上げます。
 もちろん、この舞台は演出家の板垣さんはじめ、舞台をお作りになった皆様のもので、私はせいぜい資料を確認させていただいて「わー、素晴らしいですね! これで問題ないです!」と言う仕事しかしていなかったのですが、それでも、やはり原作を書いた者としては嬉しすぎる体験でしたので、おこがましくも勝手にお礼を言わせていただきます。
 本当に、ありがとうございました。

3:演出と音楽

 まず、メイ解きの全部が、隅から隅まで好きです。
 しかし、すべてを語っているともう、ダイジェストで映画を紹介するよくないまとめサイトみたいになっているので、涙を呑んで、ごく限られた部分だけピックアップして感想を述べさせていただきます。

演出面でとくに好きなところ

 まず舞台装置がいいんですよね。
 この公演は最初から幕が開いていて、開演前から舞台の中央に二段ベッドが置いてあるのです。しかし、本編は室内のシーンではなく、空手稽古のシーンから始まります。最初に出演者の皆様が通路に下りて来て姿を見せてくださって(目の前にいらしてどぎまぎした回がありました)、その間に、ベッドは舞台袖にしまわれます。
 つまり、最初の場面には出てこないベッドをあえて置いて、観客に見せている。この演出が素敵だなと思いました。原作の表紙にも描かれているように、二段ベッドはエチカと雛太の関係の象徴でもありますから。『ルームメイトと謎解きを』という作品のテーマを最初に見せておく!という意図が素敵で、原作者としては勝手に嬉しくなっておりました。
 そうして始まる空手のシーンも迫力抜群で、引き込まれます。皆さんの動きがキレキレで。原作も組手から始まりますが、じつはここ、私が最初に書き上げた初稿にはなくて、有岡さんが昼休憩を宣言するところから本文が始まっていました。しかし、なんだか摑みが弱い気がして、改稿の際に足した場面だったのです。そのときはまさかこんな華やかな舞台が待っているとは思っていませんでしたが、あの改稿は大正解だったな……と思いました。

 しまった。冒頭からこの調子だと、全場面の演出を語ってしまう。セーブします。

 とくに好きな箇所としてあえて挙げるなら、湖城の遺体発見シーンです。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」が流れるのがまずいいですよね。この音楽が大きくなるとともに、舞台の中央に置かれているボードがすーっと開いて、遺体が出現する……。この迫力。しかし怖すぎることはなく、どこか絵画的な美しさがある場面でもありました。
 この遺体発見から、刑事たちが合流して裏門に引き返すときにまた転換が挟まるのが、音楽も合わせて最高にスリリングです。どんどん緊張感が高まっていき、エチカの「あすなろ館しかない」で曲が締めくくられたときの、痺れるような感覚……。いや、あの美しい一連は、何度でも生で観たいです。

 私の趣味もあって、演出面については、ミステリ的な部分にすごく目が行きます。
 このミュージカルで素晴らしいのは「正体不明の犯人」の描き方。
 湖城の着衣に犯人が触れた痕跡があった……という説明がなされるとき、なんと、容疑者とされているあすなろ館の住人全員が出てきて、バッ!と湖城の身体を探る手振りをするんですよね。ここ、めちゃくちゃ恰好よくないですか? で、容疑者7人がはけた後、湖城とエチカが睨み合ってから退場する……っていうここがまたいいんですよ。エチカだけ特別枠なのは、雛太が彼を容疑者から除外しているからとも、千々石警部が第一容疑者と見ているからとも取れて、ふたりどちらの心象風景とも受け取れそうなのが良くないですか?(見当違いかもしれませんが……)
 もうひとつ、図書室でヒナが襲われるシーン。ここも、黒子みたいな人が出てくるんじゃなくて、全員がぴしりと動きを揃えてヒナを殴る仕草をするのがめちゃくちゃ怖くて、妖しい恰好良さがある。名演出です……。
 あと、図書室で思い出しましたが、照明がいいですよね、全体として。ヒナが神崎との会話を終えた後、夕暮れが迫って来て、休憩室→図書室と移動して、それから犯人が電気を消して……というこの一連。照明ですべてが表現されておりすごいのです。演劇の世界において、照明というのがどれほど大きな意味を持つのか、その真価をまざまざと見せつけられる思いでした。
 あと照明で言えば、一幕の締めの「常夜灯を消して」の歌のところで、舞台のてっぺんで一個だけの暖色系の灯りがゆっくりと薄れていくのも見所でした。

 ミステリ的な演出面に話を戻すと……。
 謎解きシーン開始のところで「雷鳴・雨・大時計の音」という、古典ミステリらしい畳みかけをしてくれるのに、ミステリマニアはにやにやしてしまいました。そして、消去法推理が進むにつれて、容疑者たちが前に後ろに移動して、「いま嫌疑の対象になっているのが誰か」が視覚的に把握できるようになっているのも、小説にはできない演出で心憎かったです。

 書き切れないのであともうひとつだけにしておくと……。
 誰もが心晴れやかになったであろう、あのラストシーンの良さは、どうしても書き記しておきたいです。事件後の爽やかな締めくくりとして、歌唱パートが比較的少なめだった棗くんと唯哉くんが歌ってくれるのも嬉しいです。
 そして、「ルームメイトと謎解きを」という歌詞から、わーっとみんなが出てくるところ。あれって、本編のダイジェストっぽくもなっていますよね? 回によって変わっていたんでしょうか。エチカと園部くんが握手していたのを見た記憶があります。あと、志儀先輩と瞬の囚人ごっこもあったかな。毎回見てしまうのが、木登り説を唱えて千々石警部に否定される唯哉くん。あと、「約束じゃない」のところで瞬くんが小指を出してるのが本当に好きです。
 この大団円に自分は9回も立ち会えたんだなあ、と思うと、すごく幸せな気分です。

音楽でとくに好きなところ

 全部いい、はもう大前提です。「メイ解き」の楽曲、どれも耳に残って、いわゆる「脳内再生」が余裕でできてしまうのですから。
 しかし、やはり全部を語ることは難しいので、なんとか絞ります。

 最初のほうだと、「私立霧森学院高等部」について説明している賑やかな楽曲……これはたしか、途中で会話パートを挟んで、雛太とエチカの邂逅シーンまで続いていますよね?
 ミュージカルの魔法を感じるのってこういう部分で、「説明」も「場面転換」も、継ぎ目のない一連の流れにしてすーっと見せてくれるところです。小説だと緩急をつける必要もあり、どうしても「ひとつの流れ」で物事を見せることができず、章を変えるなど、いろいろな工夫が必要になります。しかし、音楽という糸でばらばらの場面をひとつの布に織り上げる魔法を体験すると、ミュージカルという表現方法の豊かさを感じます。

 あと、前半でとくに好きなナンバーは「へっくんの発見」から園部の不調まで続く一連ですね。ここも、軽快で楽しいエピソードに始まって、寮の日常パートを見せ、徐々に不和や悲しさに繋がっていく、という流れが美しいです。原作だと10ページくらいかけて何日間かのエピソードとして見せていたのですが、音楽のおかげで、寮生たちの感情の移ろいが滑らかに、ごく短時間に、それでいてばっちり印象的に表現されています。
 子供みたいな感想になってしまいますが、「音楽ってすごい」「ミュージカルってすごい」と思わされる、美しい流れでした。

 もうとにかく全部好きで、湖城登場シーンの不穏な前奏とか、千々石警部のテーマとか、語りたいことが尽きないのですが、いったん絞ります。

 後半だと……、演出面でも挙げた「神崎の部屋を出た後、図書室まで」の一連ですね。スピーディに物事が進展し、不穏さが高まっていく感じ。「図書室に鍵はかかってなかった」のラップっぽいリズムとか……。高まりゆく緊張感を音楽で表現しているのが恰好よすぎる。
 そして、音楽の迫力が凄まじいからこそ、無音が訪れた瞬間が、このうえなく映えるのですよね。ヒナが襲撃されて暗転したときの、あの一瞬の絶望感……。ああいう瞬間があると、劇場でお芝居を観るって最高だよなとあらためて実感します。

 そして、音楽で言えば、どうしても外せないのが、犯人が動機を語る場面の悲壮な曲です。古今東西の名作映画を思い出してもそうですが、何度観ても涙が溢れて止まらなくなってしまう悲しい場面というのは、音楽がかなり偉大なお仕事をしているもので……。
 真犯人の哀愁と悲憤をメロディにしたあのナンバーに、あのかたの凄まじい歌声が乗るのですから、それはもう……。心を動かされないわけがないというものです。
 そこから、真犯人が連行されて、音楽が高まるあの瞬間。あすなろ館のみんなの緊張が解けていって、「ああ、事件、終わったな」ということが演奏から伝わってきます。
 エチカと雛太の大切なダイアローグも、あの壮大な楽曲の後だからこその無音が効いている、と感じられます。

 最後の合唱の良さについては、もう、改めて語るまでもないですが……。
 やっぱり、いいですよね。明るく締めくくってくれるところが。
 私は「メイ解き」が終わってとても寂しいですが、けっして悲しくはありません。それはやっぱり、あのラストナンバーのお蔭だと思います。
 歌詞と完璧に調和した、あの明るい曲で物語が締めくくられたからこそ、「メイ解き」は一瞬の輝きであって、そこがいいんじゃないか、と思えるのです。
 一瞬のきらめきであっても、記憶は残り続ける。それも、音楽という形で、いつでも霧森学院での青春を「脳内再生」できる。
 
 桑原まこさん、あいさん、バンドの皆様。
 本当に、一曲残らず印象的な素敵な楽曲をありがとうございます。
 繰り返しになりますが、べつに私はたんに原作を書いただけの者ですから、御礼を申し上げるとかえって偉そうで恐縮もするのですが、それでも、申さないわけにはまいりません。
「メイ解き」が美しい音楽に彩られたミュージカルにならなければ、私がこんなにも鮮やかに霧森学院での日々を胸に抱いて生きていけることもなかったでしょうから。

おわりに

 ミステリ・ミュージカル『ルームメイトと謎解きを』の感想は、いくら言っても言い切れないほどですが、もはやキリがないので、なんとかこの辺で留めます。
 このミュージカルのファンになってしまったひとりの人間としては、なにかしらの「続き」の展開を強く期待しておりますが、原作者としては不思議と、潔い気持ちになっています。最高のものを受け取って、ただただ感謝、という気分です。
 それはやはり、板垣さんが作詞してくださった、このミュージカルの最後のナンバーのおかげでしょう。舞台「メイ解き」は、永遠ではないけれど、幻でもなかった……ということです。

 正直、私は今回ご出演なさった方全員のファンになってしまったので、今後も陰ながら活動を見守らせていただきたく存じます。
 こんな一流の方々と、たった一瞬でもお仕事の線が交わったことは、私にとって一生涯忘れることのない誇りです。「あ、ここ、人生の『最高』だな」と感じられる、そんな機会でした。だからかえって「さて、自分は自分の仕事に戻ろう」と、清々しい気分になっています。
 これからも、ただただ、粛々と小説のお仕事を頑張っていく所存です。今回の舞台に携わってくださった皆様にとって、「楠谷佑」なる作家が原作を書いた作品に関わったということが、いつの日か、わずかでも誇っていただけることとなるように。
 野望とすら言える大きな目標ですが、一生をかける価値のある目標だと思っています。

 それはそれとして、『ルームメイトと謎解きを』は、ありがたいことに続編を期待するお声をたくさんいただいているので、そちらも頑張っていきたいです。そういうお声がいただけるのは、やはり作家として本望というものです。
 エチカと雛太の物語には続きがあるらしいぞ、ということを是非、ちょっとでも憶えておいていただけたら嬉しいです。まだまだ予断を許さない状況ですが、お届けが可能となるよう、頑張ってまいります。
 前は「続編を書くとき、前作の登場人物が再登場したら『前作の犯人ではない』というネタバレになっちゃうから、続投するキャラは絞ろうかな」と思っていたのですが、今回のミュージカルで完全に方針変更しました。やっぱり私はあすなろ組のみんなが大好きすぎるので、またみんな書きたいです。

 ぜひ、小説版の『ルームメイトと謎解きを』の世界にも、少しでもご興味持っていただけましたら幸いです。

2023年11月27日
楠谷佑

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