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経営学から考えるAmazon薬局が日本に存在しない理由

オンライン診療の法整備に伴い、一時期Amazon薬局が来ると騒がれていましたが今のところ薬局業界に大きな動きはみられていません。
なぜオンライン診療ならびにオンライン服薬指導、また調剤の外部委託が診療報酬上で認められたにも関わらずAmazon薬局は日本で生まれないのでしょうか?
その理由を経営学の観点から考えてみました。


Amazon薬局とは?

まずはAmazon薬局について実際にまだ日本でサービスを開始していない為、便宜上、処方箋を持つ消費者がオンラインで服薬指導を受け、自宅や指定の場所でお薬を郵送で受け取れるサービスを展開するオンライン薬局として今回の記事では扱います。
本家のAmazon薬局さんは米国を中心にサービスを展開しておりますが、日本ではAmazonやそれに類する会社も存在しません。(注:あくまでもオンライン専門の薬局という意味合いでの話で、大手調剤薬局チェーンの日本調剤さんやアインファーマシーさんなど、従来の調剤薬局の形態を軸にオンライン服薬指導に取り組んでいる薬局はあります)

それではオンライン服薬指導の現在のシェアはどれほどでしょうか?
日本保険薬局協会(NPHA)が2023年3月に公表している統計(n=3,108薬局)によりますと、”オンライン服薬指導システムが導入されている薬局の中で、直近3か月におけるオンライン服薬指導の実績(服薬管 理指導料4算定実績)があったのは13.1%の薬局であり、総受付件数のうち実績は0.045%であった”とされています。この結果を鑑みるとオンライン服薬指導を前提とした市場規模が大きくないことが推測されます。

一番の問題はロジスティクス

医薬品の配送は一般的な商品とは異なり、法律や規制によって細かく制限されています。例えば、医療用医薬品は特定の手続きを経なければ配送することができません。これはAmazonが現在の物流モデルをそのまま薬局業界に適用するのを難しくしています。
また、医薬品の一部は適切な温度や湿度で保管する必要があり、それらの条件から外れると薬品の品質が損なわれます。例えば同一処方内に冷蔵保管が必要な薬が含まれている場合は冷蔵便での対応を求められます。しかし全ての医薬品を冷蔵便で送ってしまうと結露が発生してしまう恐れがあるため、別便で送るか高度な配送管理が必要となり配送コストが追加で生じてしまいます。
ラストワンマイルの課題もあります。即時に必要となる医薬品が処方された場合は
配送におけるリードタイムが問題となりえたり、宅配の場合は受け取り手の同時性が求められることがあります。
その他にはお中元やお歳暮のシーズンによる配送遅延や台風などの天災の影響など備えなければならない配送管理リスクが多数存在します。これらを考慮すると、従来の薬局を利用する以上の価値をどのようにして安定して顧客に提供できるかどうかが課題となります。

公的医療保険制度におけるインセンティブの課題

日本では医療用医薬品における薬価と処方箋1枚あたりにおける管理料と技術料が厳格に定められておりますので付加価値のあるサービスを行っても処方箋1枚あたりの単価を企業独自が設定することはできません。配送料に関しては実費を患者から請求することは認められておりますが、配送料を患者負担にすることはAmazon薬局の優位性を大きく損なうこととなります。
つまりオンライン服薬指導を前提としたプラットフォームビジネスではプライシングの設計をほぼ放棄することになります。
続いて生産性について考えていきたいと思います。処方箋1枚あたりの単価については保険制度で定められていることを前述しました。ここで調剤薬局での大まかな利益構造について考えてみます。

営業利益=処方箋枚数×処方箋平均粗利額ー(人件費+賃料光熱費などの固定費)

上記の式において、いわゆる単価(粗利)をコントロールする主導権が企業側にはありません。つまり固定費が変わらない場合、営業利益は1人の薬剤師が1日あたりにおける処方箋枚数の処理能力と相関関係にあるといえます。従来の薬局の固定費は賃料と水道光熱費が主となりますが、Amazon薬局の場合はこれにシステムの管理料や配送コストが追加されるため、従来の薬局と比べ利益構造のハードルが高くなることが考えられます。利益構造のボトルネックが薬剤師の1日における処方箋枚数の処理能力に依存してしまうことに加えて、全体の販管費が高くなる傾向にあることからAmazon薬局が市場競争で優位に立つには高度な包括したヘルスケアビジネスモデルが求められると考えられます。

消費者行動における違い

次に患者の行動様式にAmazon薬局と従来の薬局でどうような違いがあるか整理します。今回は従来の薬局との比較につき消費者行動論におけるAIDMAモデルで比較検討をして表にまとめました。

AIDMAモデルにおけるAmazon薬局と従来の薬局の比較
AIDMAモデルによるAmazon薬局と従来の薬局の比較

Attention(注意):消費者行動において起点となる部分です。従来の薬局では建物による存在感が訴求の第一手となり、いわゆる視認性に影響されるものです。対してAmazon薬局ではマーケティングによる緻密な戦略と費用によるオンライン広告が必要となることが分かります。

Interest(関心):従来の薬局では地元での信頼性が重要となってきます。その為、患者数は年単位で徐々に上昇を続けるケースが多いです。Amazon薬局では訴求次第で最初から多くの関心を集めることが可能といえるでしょう。

Desire(欲求):従来の薬局では信頼性が重視されることは先に述べました。ここで重要なのはローカライズされた知識と経験が薬局では必要となることです。処方箋に基づく調剤は性質上、処方元のDrの意向(癖)が反映されます。それにより地元の薬局は近隣の病院とクリニックがよく扱う医薬品を十分に在庫していますし、その医薬品に関わる知識が豊富です。門前薬局の是非はここでは問いませんが、いわゆる病院の目の前にある薬局には薬があるだろうという信頼が自ずと積み重なってきます。一方、Amazon薬局では全国の処方箋に対応することが求められますので採用医薬品の選定や調剤方法など、難しい課題を乗り越え続けないといけません。しかしAmazon薬局の最大の利点としてはプラットフォームのUIが功を奏せば、薬局に赴く手間が著しく軽減されるのは間違いありません。つまりいかにしてシームレス、ストレスフリーにログインからラストワンマイルまでを繋ぐことが出来るかが焦点といえるでしょう。

Memory(記憶):顧客体験において従来の薬局ではサービスがどうしても属人的な傾向になります。しかしAmazon薬局ではweb上で多くの手続きが完了できる為、画一的なサービスを提供し、かつ顧客の要求に対して容易にアップデートすることが可能です。

Action(行動):従来の薬局ではローカライズされた専門性と患者ごとにパーソナライズされた対応が必要となります。薬局では赤ちゃん連れの方や身体的な衰えがある高齢者の方まで様々なニーズの患者対応が求められますので、属人的な対応に依存する割合が大きく、患者の信用を積み重ねるまで長い時間が必要となります。対してAmazon薬局などの既にブランド価値が確立している企業はそのブランド価値を利用して一定の信頼を担保することができます。また法律上の制限はありますが、他サービスを付帯することにより囲い込み戦略が可能となり、顧客が行動しやすい環境を整えることができると考えられます。

以上のようにAIDMAモデルで分析すると、Amazon薬局は従来の薬局と比較してオンライン上で服薬指導から薬を届けるだけの違いではなく、顧客に対する価値の提供の仕方が大きく異なる別のビジネスということが分かります。これは既存の保険点数の枠組みの中でAmazon薬局の困難が想定される一因となるでしょう。

簡単ではありますが経営学の観点からAmazon薬局の課題を整理してみました。
上記の内容はあくまでも机上の理論で、もちろんAmazon薬局を否定するものではありません。Amazon薬局の参入は患者にとって選択肢が増えることは間違いないのですが、従来の薬局と比べ販管費や初期投資費用があまりにも高くなることが容易に想定されます。今後どのようにして新しいビジネスモデルやイノベーションが生まれるか今後の展開が楽しみです。


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