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どうする、ニッポン

3.3.3 品質の保証

有形と無形とにかかわらず、日本のモノが今の日本の位置を作ってきたことは間違いありません。日本のモノは高品質だが、コトの品質が高いとは言えないところに問題の本質があります。現在の停滞した社会から抜け出すためには、社会環境の基礎を見直し「組織運営の技術」を確立して、運営の品質を保証することが喫緊の課題です。一方で、組織の不正行為、記録のねつ造と廃棄、閉鎖社会内の談合などの不祥事は枚挙にいとまがありません。組織の運営品質を保証するためには「コトの営み」の技術を確立する必要があります。

現在の“後れ”を招いた原因の一つに、国の行政や会社の経営に目を疑うような事象が次々と起きていることがあります。特に、国権の最高機関である国会において、品格を疑うような議論が交わされ、立法機関としての品質が保証されていない状況は、とても先進国とは言い難い状況であり“後れ”を招いている主原因と言えます。また、内閣や地方公共団体の政策執行と会社経営の信頼性においても疑問符がつき、第三者による検証を困難にしています。責任ある立場の人たちの組織運営の品質が保証されていないからです。

ソフトインフラの代表は私たちの社会を運営する手法です。三権分立といわれる行政、立法、司法の運営を始めすべての組織を運営する方法です。大きくは政治の世界から会社の経営、毎日の仕事の進め方などすべての「コトの営み」です。つまり、私たちが何の疑いもなく伝統という名のもとに続けてきた組織の運営が「コトの営み」です。「コトの営み」の品質が保証されているとは言い難い状況が“後れ”を招いているのです。組織の運営という「コトの営み」は“参加者はすべて対等”とすることが基本です。しかし、日本では所属している組織を優先したり年齢や性別、国籍によって区別したりすることが歴然としています。にもかかわらず、多くの人が社会は属性による順序ができているハズだ、という空気にとらわれているのではないでしょうか。

組織運営の品質が保証されていない例として、宇宙開発のH3ロケットプロジェクトがあります。3月にH3ロケットの打ち上げに失敗しました。ロケットの開発自体がすでに2年後れです。今回の失敗でさらに後れることは間違いありません。設計でも製作段階でも、作業ごとの完了時に複数で完了を確認してから次作業へ移るという手順は規則化されているハズです。作業の確認記録はすべてあるハズで、ダブルチェックもされているハズですが失敗しました。失敗原因がどこにあるかすぐにはわからないと思います。今言えることは設計を含むロケットの製作技術(ハード)は十分にあるだろうと思っていましたが、揺らいできているということです。発射前に不具合を検知できなかったということは、プロジェクトを運営する技術(ソフト)が十分ではなかったといえます。

最近よく聞く話に“基準を示してください”ということがあります。たとえば、コロナ禍で政府の「まん延防止等重点措置」や「緊急事態宣言」などの発出と停止の基準が抽象的説明に過ぎることです。明確な規則があり公表されているのかもしれませんが、都道府県知事の要請に任されているように感じることがありました。知事の要請決定条件においても、各都道府県が独自の基準(目安)を定めている状況でした。要請するかしないかの判断を、知事が目安を参考にして総合的判断(Political Decision)をしているようにみえたのです。コロナ重症者の基準では東京都が独自の基準でカウントしていたときがあり日本全体の統計と整合性がないので、一般の人にはわかりにくいところがありました。

物事の基準を具体的に示さないで責任者の判断(裁量)に任してしまうことや、物事が適用される側の判断(裁量)に任されるという状況は、昔からの日本における組織運営の文化です。多くの分野で要求を具体的な計量可能な基準で示すことはありませんでした。物事のあるべき姿を表すときに、具体的な数量表現ではなく抽象的な文言を用いてきました。したがって、まん延の波が8回に及んだコロナ禍の対策で、物事が一般の人にとってわかりやすく客観的(自動的)に決まることはあまりなかったような気がします。同じような背景を持った人が当該事項にかかわっていることを前提としていますので、指針だけ示しておきさえすれば、関係者全員が同じような判断をするだろうということを暗黙の了解とする理解で成り立つ手法といえます。同じ文化で同じ言葉であれば、思い浮かべてきたことと同じような結果がかつては期待できたからです。

物事の基準や作業仕様書の作成は「組織運営の技術」の基本ですから「コトの営み」には「組織運営の技術」に基づいて行うことが必要なのです。「コトの営み」は長い歴史を背景に発達してきましたから、簡単にそのやり方を変えることはできません。しかし、「コトの営み」は一つの技術ですから、技術を正しく習得することによって、組織を運営するときの手戻りや手直しを避けることができます。「コトの営み」の技術を見直せば、組織の効果的な運営が可能となって労働生産性をあげることができます。

第三者によって組織の運営内容について確認ができるとき運営品質は保証されますから、組織運営の品質を保証して“後れ”を取り戻すためには次の4点が重要です。

1        計画:仕事にはすべて始まりがあり、終わりがありますから、一つの仕事はプロジェクトです。プロジェクトの計画には次の6項目が大切です。

1 目標や目的を明確にして設定理由を説明

2 どのような経路を通り目的を達成するかを図で表現

3 どのような手段を用いて目標をクリアーするかを解説

4 いつ目標や目的を完了するのか期間を設定

5 プロジェクトチームメンバーの選定

6 プロジェクト費用の算定

2        記録:試験結果や記録のねつ造、作業日報の虚偽記入、業務日誌の改ざん、会議の議事録なし、作成日や作成者名のない書類、プロジェクト記録の廃棄等を厳に慎まなければならないことは当然です。複数の人が記録の内容を確認する(捺印するよりサインする)ことによって間違いを避けることができます。

3        報告:計画と実績の比較を定期的に報告することは最も重要です。

4        検証:定期的に会議を招集し、報告書に基づいてプロジェクトの進捗状況を関係者で確認して、目標・目的達成の道筋を検証します。

現代に伝わる伝統的な組織の運営手法は江戸時代に完成しました。藩の殿様(大名)がオーナー経営者(社長)であり藩運営会議(取締役会)の議長です。藩業務の執行責任者(CEO)は家老です。藩の業務執行組織にはそれぞれ担当役があたりました。藩の最高意思決定機関である藩運営会議(御前会議)は議事の承認にあたって、組織の責任者(殿様)と議長代行(家老)と出席者(担当役)の誰もが責任をとらないですむことを前提とした責任回避の儀式と位置づけできるシステムでした。儀式ですから根回し段階の担当役同士の話し合いでコメントしない限り、会議中での異議は唱えられません。御前会議で議長代行から意見を問われても、各担当役はただ黙って頭を下げるしかありません。全員が頭を下げることは満足と解釈して会議は進行します。

明治維新以降にできた新しい組織も、それまで行われてきた封建時代の組織の運営手法をまねるほかありませんでした。明治政府は欧米を視察して社会運営の基本を整えていきますが、組織の運営手法そのものを改めようとはしませんでした。明治政府の組織運営が旧来の伝統に基づいて行われたことは、私たちには受け入れやすかったからです。しかし、封建時代型の組織運営には環境適応能力がないので“後れ”を招いた原因の一つです。もし、日本が欧米の植民地となって社会の運営が彼らの手法で行われていたとしたら、全く違ったものになっていたことは想像に難くありません。

高度経済成長期まで有効だった封建時代型の組織運営は、時代が下ると有効ではなくなってきました。なぜならば、頻発する不祥事の発生は「タテ社会」に根付いている責任者に限らずだれも責任を取らないという伝統的な組織運営と、下位の者は上役を忖度するという習慣が影響しているからです。誰も責任を取らなくても許される組織の規則は、抽象的な文言で書かれている場合が多いようです。解釈は組織の長の理解(裁量)によることが普通に行われるからです。組織の長は業務執行において不都合が発生した場合、規則を都合のいいように解釈します。たとえば、組織運営において慣行に従って決定したとか、今までは慣行に従ってきましたが、これからはルールを厳格に適用するといった釈明が許されるからです。

組織の運営が責任者の裁量によって行われるということは、責任者が変わると運営方針が変わることになります。組織の運営は責任者に都合のいいように行われ、第三者にとって都合のいい解釈でも組織にとって都合が悪ければ裁量範囲内において違う解釈をします。担当者の業務においても規則が明確ではなく裁量が許される場合は、規則の解釈は担当者の意向によりますから、結果は規則を適用する側と適用される側の上下の力関係によることとなります。こうした状況はイケイケどんどんの高度成長期にはみんなが一方向を向いて走っていますので、大きな問題とはなりませんでした。しかし、現在ではいろいろな道が見えていますから、担当者は一人の裁量で道を決められません。責任者の遅い裁量の繰り返しが今の“後れ”を招いたともいえます。

日本を元気ある社会に戻すためには、社会運営の品質の改善が不可欠です。組織の運営品質は、組織の構成員は全員対等の立場で参加していることが基本となります。次に、組織内の役職の責任範囲を明確にして、上役に対する忖度のない運営をすることが求められています。その上で、運営の諸記録が第三者の検証できる形で記録されている必要があります。運営の記録とは業務遂行時の一つひとつの作業の完了記録や議事録があることです。記録は会議の議事録はもちろんのこと指示書や確認書などがすべて保存されていて、第三者が組織の運営実態を検証できる状態にあることです。その時、組織の運営品質が保証されているということができます。組織はその運営品質を保証しなければならないという基本的な考え方が正しく理解されていないことが“後れ”の原因の一つと考えられます。品質保証は品質管理とは全く違うものだということを私たちは理解する必要があります。

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