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【第0夜】空想商店よるべの成分②

燃え尽きたが吉日
 それから月日は経ち、わたしは大学生になった。中高時代に打ち込んだのは吹奏楽で、楽器も買ってもらったし大学でも続けようと吹奏楽部や社会人バンドの見学に行ったりしていたが、どうにもしっくりこないことに気づいた。6年間みっちり向き合ったつもりが途中から義務感で続けている感じになっていたらしく、正直もうおなかいっぱいだった。それなら学業に専念しようと思うも、自分で選んだ学部のはずなのに一向に心惹かれず・・・。入学してから2ヶ月とちょっと、わたしは圧倒的”ここじゃない”感に押しつぶされ、完全なる燃え尽き症候群に陥ってしまった。

 その日は雨の中せっかく早起きしたのに大学に着いてから休講情報を知り、わたしはひとり外のベンチでふてくされていた。いっそやめちゃうか、でももう学費納めてもらっちゃったしな・・・。ため息まじりにスマホを開くと、当時はほとんど会話のない仲だった姉から連絡がきていた。めずらしく何だろうと思って見てみると、あの島の観光協会のSNSの投稿のスクリーンショットが送られてきていた。「島バイト募集!」―・・・島バイト募集?そのとき、脳内にこんな声が再生された。「大学生になったら、絶対島バイトした方がいいよ!」

 あれは何度目かの島旅行の際、昼食に立ち寄ったお寿司屋さんでのことだった。20歳前後ぐらいのお姉さんが立ち働いていて、普段は寡黙な父がなぜか「お姉さんは島の方なんですか?」と話しかけたことがあった。混雑のピークを過ぎた店内には黙ってお寿司を握る大将とそのお姉さん、お客はわたしたちだけだったような気がする。その方はぱっと明るい笑顔で、自分は島民ではないこと、普段は内地で大学生をしていて夏だけバイトで来ていること、休憩時間は原付で海行き放題なことを話してくれた。そしてまだ幼かったわたしたちきょうだいに向かって、先ほどの言葉をかけてくれたのだった。10歳ぐらいだったわたしは島で働く10年後の自分を想ってどきどきして、いつかこんなきれいな場所で働いてみたい・・・!そう思ったのだった。
 
 19歳のわたしは、はっと我に返った。わたし、やりたいことあったじゃん。次の瞬間にはもう応募メールを打ち始めていた。希望する職種や日程を回答し、受け入れ先を探してもらい、候補の事業者との電話面接を経て、ある民宿で住み込みバイトとして雇ってもらえることが決まった。そしてその夏は結局8月の中旬から20日間ほど、島に滞在することとなった。

(次回に続く・・・)

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