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【第五夜】空想コインランドリー

山の上の方が白く煙っていて、霧かと思って眺めていたら夕立ちだった。
あたたかな夏の雨に追われるようにして海岸線を走る。
雨宿りできる場所はないかとさっと周囲に目をやる。
まっすぐ目の前二十数メートルほどのところにうっすら構造物が見える。
急いで向かう。

ちょうど農業用ハウスのような形の、薄いクリーム色のたてもの。
正面には木製でアーチ状の濃い茶色の扉がついている。ノブは金属製で金色。雨に濡れてしっとりつややか。
扉の上部には、喫茶店の入り口に据えつけられているようなドーム型のひさしがついている。渋めの緑色。
ひさしの下にたどり着きひと息つく。ふと、このたてものの一風変わったたたずまいが気になる。

少し迷ったがおそるおそるノブを握り、引き下げ、押す。難なく開いた。
開けるとタイル敷きの床。暖色系の間接照明。円柱状の金色の傘立て。
海に面した壁に一直線の横長の窓。そしてその窓の下にずらりと並ぶは洗濯機。

ここは島のコインランドリー。


床は5センチ四方ぐらいの六角形のタイル敷き。色は白。正確にぴっちり敷き詰められている。
壁はどことなく見覚えのある緑色。既視感の正体をぼうっと考えること数秒、外のひさしと同じ色だと気づく。
天井も壁と同じ緑色。ドーム状の構造なのでずいぶん高く感じる。
向かって右側、海と反対側の壁際には一直線にソファが設置されている。
黒の金属製の脚がついているキャメル色の革張りのソファ。
壁には等間隔に間接照明が取りつけられている。それぞれの照明の間には額縁や花が活けられた花瓶、変なオブジェ。

向かって左側の壁が、きっとこのたてもの一番のチャームポイントなのだろう。
ドラム式の乾燥機つき洗濯機が横に6台。すべて同じ型で色は白。
先客はいないようで、今はどの洗濯機もひっそり静まり返っている。
一番奥の洗濯機の横には大きめのバスケットがいくつか積んであり、洗濯かごとして使っていいようだ。
そして洗濯機の高さより10センチぐらい上の壁に、横一線の窓がはめ込まれている。
縦50センチ弱、横洗濯機6台分の横に長い長方形の窓は、木製の窓枠で囲まれている。
窓といいつつ開閉ができないはめ殺しなので、「壁の一部がガラス張りになっている」という表現の方がしっくりくるかもしれない。

この位置にこのサイズの窓がついている意味は、ソファに座ってみてはじめてわかる。
腰かけて眺めると、洗濯機に邪魔されることなく水平線と空が見える設計になっているのだ。
雨に煙る水平線も風情があってなかなかよく、しばし見とれた。
室内にうっすら流れる曲はどれも雨に関係があるもののようだ。今はclammbonの「雨」。
 
雨宿りのつもりが、思いがけず心地よい場所を見つけることができた。
ラッキー、と思ったところで喉が渇いていることに気づき、ソファの奥にひっそり立っている自販機でサイダーを買う。
外はいつの間にか雨が上がり、光が射してきているようだ。
空調の効いた館内は涼しく、窓の向こうの蒸し暑さが戻った海辺の夕暮れはやけに遠い世界のことのように映る。


雨の島はしっとりしてひっそりして、切なくて美しい。
雨が降ったら乾かない洗濯物を持ってここに来よう。
そしてそれらが乾くのを、雨降りの世界を眺めながらじっと待つ。
細長い窓越しに眺めながらじっと待つ。


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