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【第四夜】空想フレンチトースト屋

ぽっかり時間ができた平日の昼下がり、陽に当たって白く輝く砂利道を歩く。
道沿いに石積みの塀が現れる。
塀が途切れると、敷地内に続く小ぢんまりとした石畳。
石畳の先に目をやると2階建ての家が建っている。
1階の腰高の窓がある部屋を店舗として使っていることが、窓の高さに合わせて外に設えられた木製のテーブルとその上に差し掛けるように取り付けられたタープ風のひさしからわかる。
テーブルは深い茶色、ひさしは深いえんじ色に白色の細いストライプ。
砂利道からもわかるぐらいの濃いバターの香りに、つい足が向いてしまう。

テーブルには「パン」「たまご」「トッピング」「のみもの」と書かれた4枚のメニュー。
バターから始まった連想ゲームは、メニューを見たところで完結した。

ここは島のフレンチトースト屋。


まず「パン」のメニューを見る。メニューは和紙に手書きで書かれ、B5 サイズのフォトフレームに入れられている。
レギュラーメニューには自家製食パン(厚め)、自家製食パン(薄め)、全粒粉パン、イギリスパン、バゲット。日替わりメニューにはメープルパン、胡椒パン。
それぞれの値段表示を見るかぎり、1カットずつオーダーできるようだ。
それぞれ短い説明書きがついている。パン自体の味やトッピングとの相性などのセールスポイントが、ややくせのある字で書かれている。
自家製食パン(厚め)と胡椒パンを選ぶ。

次に「たまご」に移る。
こちらは黄身濃いめ、黄身薄めの二択のようで、それぞれの種類は日替わりのようだ。
今日の濃いめは埼玉の養鶏場のもの、薄めは東京の農園のウコッケイのもの。
ここでは濃いめを選択。

続いて「トッピング」。
甘味、塩味、辛味とあり、何種類かずつ書かれている。
甘味にはメープルシロップ、はちみつ(れんげ味)、はちみつ(熟成)、キャラメル。
塩味には海水塩、桃色岩塩、焼きベーコン、オニオンソテー。
辛味は香辛料全般を指すようだ。シナモン、粉末バジル、ピンクペッパー、粉末島唐辛子。
はちみつ(れんげ味)と海水塩を選ぶ。

最後に「のみもの」へ。
コーヒーやカフェオレ、紅茶、自家製ハーブティーはそれぞれホット・アイスがある。
ジュースは梅ジュース、紫蘇ジュース、レモンスカッシュなど、素朴なラインナップ。
それぞれ単品料金とセット料金があり、ドリンクだけの小休憩にもいいかもしれない。
セットドリンクでアイスコーヒーを選び、まとめて注文。
薄い麻素材の布で仕切られた奥の調理スペースからは、明るいスカのインスト曲が漏れ聞こえている。

会計を済ませるとおしぼりとコースター、ガムシロップと共に2階を案内された。
窓の右側に回ると外階段がついており、カンカンカン、と音を立てて上るとテラス席に出た。
テラスと呼ぶよりベランダと呼んだ方が似つかわしい手狭なスペースは、しかし掃除が行き届いていて、何より水平線が望める。
低めの金属製の柵の内側に、その水平線に向き合うようにカウンター席が6席。座ると海を見るしかない造り。
机も椅子も木製で、椅子はひとつずつデザインが異なる古道具といった感じ。
階下からは相変わらずバターの香りと、氷がグラスに当たる音。
世界にひとつのカスタマイズ・フレンチトーストは、どんな仕上がりになるのだろう。


昼下がりの海は白く光を放ち、カモメの声が遠くに聞こえる。
ゆるい風が左側から吹いてきて、前髪を揺らした。
自分で選ぶって魔法だ。
思い通りにならないことなんてこの世には一つもなくて、選んでいった先にはきっと自分だけの桃源郷があると思えてくる。

そしてそれは、きっとあながち間違いではない。


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