緋色への供物殺人事件とかそういうの

 街に出ると事件というよりは災害に出くわすため、興じるには森の中の屋敷や海に浮かぶ孤島や断絶された限界集落などが相応しいと彼は言う。そんなもんですかね、と呆れ交じりで答えてはみるが世の常は飽きるほどに殺人、殺人、事件、解決、また殺人なのである。
 さりとてこうも人が死ぬのはなんの因果だろうか。我々の祖先はペンを走らせキーボードを打ち鳴らし、様々な種類の娯楽を生んだ。
 その中のひとつが言うまでもなくミステリー、とりわけ推理を目的とした小説というわけだ。

 さて私がこのような語りをするのは所謂「助手」だからである。現在は藪を漕いで前進中、機関から受信した電波はコノサキヤカタアリとなっているが、私の隣を歩く探偵殿は目の前に表示された伝令文を鬱陶しそうに指先で払った。発光し浮かんでいた文書は消え去り、中世かと紛うほどの静寂に包まれた森には、また暗がりが降りてくる。
「面倒だ……」
 探偵殿の口癖だった。いや正しくは探偵殿となる前の、一被験者である男の口癖だ。
「そうはいわれても仕方ないでしょう、規則です。……ああほら、光が見えてきましたよ。何館なんでしょうね、きっと密室トリックが使われとるんやろなあ、密室の巨匠言うたらディクスン・カーですけれども日本やと十角館なんていう名作が」
「なんでもいい、さっさとやるぞ」
 会話の間に光が見えてきた。探偵殿は溜息を吐きながら袖を捲って、腕時計を象った装置を起動する。
「今日は何にするんですか?」
 問い掛けると探偵殿は私を一瞥してから、一枚のチップを見せてくる。
「館の探偵はこいつだろ。かくも恐るべき陰謀は、アトレウスにはあてはまらずとも――」
「テュエステスにはふさわしい」
 チップが装置内部へと埋め込まれ、目映い光が彼と辺りを覆い尽くした。
 そして――

「……では、行こうか」

 原初の探偵「オーギュスト・デュパン」をまとった探偵殿は、私に向かって恭しく一礼する。

【続く】

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