競馬ミリしらのための『日本ダービー』 〜にじさんじ『日本ダービー』配信に向けて〜

春も半ばに行われる世代最強を賭けた闘い『日本ダービー』
3歳になった若きサラブレッド達だけが生涯に一度だけ挑戦できる、いわば“競馬版甲子園”ともいうべき非常に大きなレースであり、にじさんじライバーをはじめとしたVTuberたちが同時視聴配信を取ることも多いということで、今回は日本ダービー同時視聴配信をより楽しむために「日本ダービーとはどんなレースなのか」「出走する馬達はどんな馬なのか」を解説していこうと思います

①若駒たちの夢、ホースマンたちの夢

先にも書きましたが、『日本ダービー』というレースはその年で3歳になる若きサラブレッドだけが挑戦できる競馬版甲子園ようなレースです
所謂“クラシックレース”と言われるもので、ダービー以外にも春先開催の『皐月賞』、秋開催の『菊花賞』と三つの3歳馬限定競走があり、この三レースを見事全勝した馬は“三冠馬”として競馬ファンだけでなく世界のホースマンから讃えられるほどの名誉を勝ち取ることができます
ちなみにクラシック三冠馬は日本競馬の大枠が完成して90年弱経った現在でも未だ八頭しかいません

そんなクラシック三冠レースの中でも『日本ダービー』は殊更に特別視されていて、このレースを勝つ=その世代で最強の馬という見方すらされるほど
その理由は直線が長くて広い東京競馬場の、2400mという世界的にもよく使われる距離設定で行われているため、展開のアヤで勝ち負けが左右され辛く、各馬が持つ本当の実力が出やすいと言われているからです
実際に全く同じコース設定で4歳以上の馬も参加できる『ジャパンカップ』というレースが毎年秋に行われていたりするなど、以降の実力を測る物差しとしての意味合いも強く、年間約7000頭は生産されている日本のサラブレッドの頂点を決めるに相応しい舞台なわけです

故にこの『日本ダービー』勝利を生涯の目標に掲げているジョッキーや調教師の人も多く、誰もが実力を認めるトップレベルのジョッキーですら生涯一度も勝てずに引退……なんてことも珍しくないレースでもあります
最後にゴール板を先頭で駆け抜け勝利した直後に思わず涙をこぼすジョッキーは数しれず、そういった悲喜こもごも様々なドラマが込もっているのもダービーの面白さでしょう

②過去のオススメ『日本ダービー』


●1993年 勝利馬・ウイニングチケット

「ライバルとの熱き戦い」や「ダービー優勝の悲願を勝ち取るジョッキーのドラマ」といったダービーの醍醐味を味わうならばこの年を挙げる競馬ファンは数多いでしょう
まず93年クラシックはビワハヤヒデナリタタイシンウイニングチケットという3頭の強豪馬が鎬を削り合う熱い世代でした。各馬のイニシャルを取って“BNW世代”とも言われます

最初に頭角を現したのは芦毛馬(歳を取ると段々毛色が白くなる馬のこと)ビワハヤヒデで、デビュー戦を10馬身以上の差で圧勝すると次のレースではレコードを記録するなど早くから注目を集めていました

それもそのはず、このビワハヤヒデは後の三冠馬にして今なお最強馬候補として呼び声高いナリタブライアンを弟に持っており(母が同じ)、兄である彼も非凡なスピードと先行力を武器に他馬をねじ伏せる高いポテンシャルを持っていたのです

一方、ウイニングチケットもデビュー戦こそ負けてしまうものの、その後は順調に勝ち星を重ね、クラシック一冠目の皐月賞では1番人気として出走することになります。ビワハヤヒデが僅差の2番人気で、当初はこの二頭のマッチレース的な雰囲気でした

しかし本番、勝利したのはウイニングチケットでもビワハヤヒデでもなく3番人気の伏兵・ナリタタイシン

先に抜け出したビワハヤヒデに対し、その小さな馬体からは考えられないほどのアッと驚くような豪脚一閃で後方からまたたく間に差し切ったのです。一方でウイニングチケットは4着と精彩を欠く結果となってしまいました

ですが陣営の最大目標はダービー、本番はここからです。ホースマンの夢である『日本ダービー』ですから勿論皆いっそう気合は入るのですが、ウイニングチケット鞍上の柴田政人騎手にとってそれは顕著でした
というのも当時の柴田政人騎手は既に44歳とジョッキーとしては高齢で、ダービーではそれまで18回騎乗してきましたが1着を取ったことは未だ無かったのです
有名ジョッキーとはいえど果たして引退までにダービーを勝てるほどの素質が高い馬にどれだけ乗れるかわかりませんし、翌年から一度も乗ることすら出来ないなんてこともあり得ます。そのためウイニングチケットという強豪馬でこのレースに挑めるのは千載一遇のチャンスでした

そしていよいよ迎えたダービー当日、単勝オッズはウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンがそれぞれ3.6倍、3.8倍、4.0倍でほとんど横並びとなり、完全にBNWの3強対決ムードでした
では実際のレースはどうなったのか?

道中はいつも通りビワハヤヒデが前目につけると、ウイニングチケットはそれをマークするような形で後方内側に位置取り、ナリタタイシンはその固まった馬群から離れて皐月賞と同じように追い込みを狙う形
そして最後のコーナーに差し掛かったところで柴田政人騎手がすかさず促すと、最内からビワハヤヒデよりも先にウイニングチケットが抜け出し、観客の眼前にある最終直線へ突入します
ラストの400mに差し掛かったところでチケットが先頭に立つと、あとは自慢の末脚を炸裂させ、残り200m地点では必死に追いすがってくるビワハヤヒデと突っ込んできたナリタタイシンとで予想通りの3強対決になりますが、チケットが最後の力を振り絞りなんとか両者の追撃を凌ぎきってゴール。年間数千頭は産まれるサラブレッドの中で、その世代のただ一頭だけに与えられる“ダービー馬”の称号をウイニングチケットが掴んだ瞬間でした
柴田政人騎手は騎手として苦節27年目にして初のダービー制覇であり、勝利後のインタビューでは発した「世界のホースマンに、60回のダービーを勝った柴田ですと伝えたい」という言葉からは、『日本ダービー』を勝つことの偉大さや重みを感じずにはいられません
彼らが掴み取った“勝利への切符”の栄光は、今も日本ダービー史に燦然と輝いています

●2001年 勝利馬・ジャングルポケット

お笑いトリオ・ジャングルポケットの名前の元ネタにして、21世紀最初のダービー馬がジャングルポケットです

この2001年クラシック世代はとにかく期待されていた馬の故障離脱が多いことで競馬ファンには有名で、例えばジャングルポケットがデビュー戦で戦ったメジロベイリータガノテイオーは共にクラシックでの活躍を期待されながら、かたや怪我による長期離脱、かたやレース中の故障による予後不良(つまり安楽死処分)となり、三冠レースで再び対決することはなくなってしまいます

さらにこの世代でトップクラスに注目を集めていたのがアグネスタキオンという馬で、ジャングルポケットとは2000年の『ラジオたんぱ杯3歳S』で戦うのですが、タキオンが赤子の手をひねるようなレースっぷりで完勝。あまりの強さから、クラシック一冠目の皐月賞すら始まってない時点で「アグネスタキオンがクラシック三冠馬になるのでは?」と噂されるほどでした

実際に翌年の『皐月賞』ではジャングルポケットも3着に善戦するものの、やはりモノが違う走りでアグネスタキオンが優勝し、そのままダービー馬の最有力候補に躍り出ます

しかし競馬の神様のなんと残酷なことか、『皐月賞』直後にタキオンまでも故障を発生、あえなく引退となってしまいます

こうした大量の離脱を経て迎えたダービー当日。ジャングルポケットはライバル達がいなくなった中、押し出されるような形で1番人気となります。2番人気には『NHKマイルカップ』というダービーより短い距離の大レースを勝利して乗り込んできたクロフネという外国産馬もいたのですが、この馬もまたジャンポケと共に『ラジオたんぱ杯』でアグネスタキオンに敗北していました

そんな背景もあって「タキオンのいないダービーじゃ……」なんて声も囁かれたりしますが、一部の心無い声すら関係なく『日本ダービー』のゲートは開いていきます

やいのやいの言おうが結局は『日本ダービー』、大レースですから観客もたくさん詰め掛けます。そんな競馬ファン達が待つ最終直線に18頭の選ばれし優駿達が押し寄せると、客席のボルテージも最高潮に……!
雨で重くなっていた馬場に足を取られたか、それとも800mの距離延長が厳しかったか、灰色の外来船・クロフネが伸びあぐねる中、我関せずと外からズンズンと突き抜けたジャングルポケット。3番人気のダンツフレームも凄い勢いでやってきますが、両馬の差は縮まることなくそのままジャンポケがゴール板を横切り完勝します。第68代日本ダービー馬が誕生した瞬間でした
そこで驚くべきは決着後、ウイニングラン(勝利馬が観客の目の前へと戻ってきて顔見せしてくれる慣例行事)の最中にジャングルポケットは激しく頭を上下させ、まるで天に向かって叫ぶような動きを見せたこと
「他の有力馬が、タキオンがいないだと? 関係ねえ!世代最強はこの俺だ!」と戦前に噂していた人間たちに言いたかったのでしょうか、それとも道半ばで逝去した戦友・タガノテイオーに向けた報告だったのでしょうか。勝手な想像はいくらでもできますが、どちらにせよ唯一確かなのは21世紀という新時代の幕開けを告げる最初のダービー馬がこのジャングルポケットだったということです

さて、ここからはその後の話
まずジャングルポケットは秋に『ジャパンカップ』というレースへ参戦するのですが、そこで当時の日本現役最強馬であるテイエムオペラオーを撃破し、その実績が買われて2001年の年度代表馬――つまりその年で一番強かった馬として表彰されることとなります

ダービーで5着だったクロフネも秋に芝からダートへ路線変更するのですが、それがバッチリハマって才能が開花し『武蔵野ステークス』『ジャパンカップダート』を連続で圧倒的大差&レコードタイムで勝利。直後に故障で引退こそしてしまいますが、この2レースで見せたあまりに凄まじいパフォーマンスと、引退後に種牡馬としても成功した背景から、2023年現在でも「歴代最強ダート馬は誰か?」という話題では必ずクロフネの名が挙がるほどの存在となります

さらにジャングルポケットと直接対決はしていないものの、その年にクラシック最後の一冠である『菊花賞』を勝ったマンハッタンカフェも、同年末の『有馬記念』でジャンポケ同様にテイエムオペラオーを撃破し、世代レベルの高さを証明しました

種牡馬として父になった後の話でいうと、早々に引退していた天才・アグネスタキオンも多くの名馬を排出しているのですが、これはまた後の話――


●2007年 勝利馬・ウオッカ

基本的に『日本ダービー』は牡馬――つまり男の子の馬が出てくるレースです。一応ルール上は牝馬(女の子)も出られるのですが、一般的に牡馬に比べて牝馬は弱いとされており、ダービーの前週には全く同じ条件で開催される牝馬限定クラシック戦の『優駿牝馬(別名・オークス)』も開催されるので、牝馬はそちらに出走するのが常識
時たま腕自慢……もとい“脚”自慢の牝馬が日本ダービーにカチコミに来ることはあるのですが、2023年現在までに挑戦したおよそ130頭の牝馬の殆どは牡馬の壁に阻まれて敗退してしまいます
しかし牝馬が日本ダービーを勝利した例も僅かながら存在しました。そのうちの一頭こそがこのウオッカ。大牝馬時代の到来を告げた女傑です


ウオッカという牝馬を語る上でまず欠かせないのは父・タニノギムレットでしょう
かつて名馬主として活躍していた谷水信夫オーナーが死去し、その後を継いだ息子・谷水雄三は長らく父のような活躍馬を出せずにいましたが、根気強く自分の所有する牝馬に仔を産ませることで自らの目指す血統を構築。その中から生まれたタニノギムレットは、後の大名馬シンボリクリスエスら同世代たちと戦い、2002年の日本ダービーを制覇して第69代ダービー馬に輝きます

タニノギムレット自身はその後すぐ怪我で引退してしまうのですが、種牡馬入りしたあと再び谷水氏は自分の持つ複数の牝馬にギムレットを種付けさせ、“谷水配合”のサラブレッドを生産。その中から産まれた内の一頭がこのウオッカでした

普通、競走馬の多くは“冠名”といってオーナーが誰かわかりやすいように所有馬に共通してつける枕があり、谷水オーナーの場合は『タニノ』が冠名で、他にもタニノハローモアタニノムーティエといったふうに命名されるのが通例なのですが、ウオッカに関しては「ジンをベースにしたカクテルであるギムレットよりも強い度数で、さらに酒のように冠名で“割らず”にストレートな名前で」という理由で『ウオッカ』と登録されるなど、この頃から既に後の輝かしいキャリアの伏線は張られていたのかもしれません。競走馬になるための調教が始まってからも秘めたる素質を垣間見せており、陣営の期待はドンドンと高まっていきました

実際にデビューしてからも圧巻のパフォーマンスを見せ、2歳牝馬の頂上決戦である『阪神ジュベナイルフィリーズ』をレコード勝利するなど、期待に違わぬ強さを見せつけ当世代の最注目牝馬として人気を集めます
そして年が明け3歳になってから二戦目の『チューリップ賞』で、彼女は終生のライバルと出会うことになりました。その名もダイワスカーレット――先のジャングルポケットの年に触れた天才馬・アグネスタキオンの代表産駒筆頭にしてウオッカに並ぶ世紀の名牝です
対決初戦のチューリップ賞では先行して粘り込むスカーレットを差し脚自慢のウオッカが撫で切るのですが、スカーレットを駆る安藤勝己騎手もタダで負けるわけではなく、このレースで両者のスパート能力の差を完璧に把握。次走にして本番となる『桜花賞』へ臨みます

走る競馬場も距離も前回のチューリップ賞と同じということもあり、馬券人気はよりウオッカへと集中していくのですが、実際のレースではダイワスカーレットが先行すると前走よりも早めにスパートをかけてリードを広げ、あとは追いすがるウオッカを尻目に彼女の最大の武器である根性強さを発揮し1着でゴール。見事リベンジを果たします

さて、先も解説したとおり競馬の世界では牡馬(オス馬)と牝馬(メス馬)はそれぞれ別の路線が用意されており、特に3歳のクラシックシーズンでは牡馬と牝馬はあまり交わることはありません。王道路線を歩むなら牡馬は皐月賞・日本ダービー・菊花賞の牡馬三冠、牝馬は桜花賞・優駿牝馬(オークス)・秋華賞の牝馬三冠をそれぞれ走ることになります
ダイワスカーレットに先着を許したウオッカ陣営も当初は通例と同じくオークスに出向き、最強牝馬2頭の頂上決戦をするつもりでした。しかし谷水オーナーは元々自分の牧場の馬で――さらにいえばタニノギムレットの子で日本ダービーを制したいという夢があり、デビュー以来それを叶えられるポテンシャルを持つウオッカも日本ダービーへは既に出走登録済み……
熟考の末、谷水オーナーが選択したのは自身の夢である日本ダービーへの出走でした

これには「無謀だ」と嘆く競馬ファンも少なくありませんでしたがそれも当然。過去に牝馬でダービーを制したのは2例のみで、それも直近ですら1943年――つまり戦前のクリフジにまで遡らないといけません。このクリフジも稀代の名馬レベルといえる強さを誇った馬でしたし、過去ダービーに参戦した多くの牝馬たちは並み居る牡馬にコテンパンにされていたのもウオッカの参戦を不安視する要因でした

↑過去の牝馬による日本ダービー挑戦史。全体としては死屍累々であることがわかります

ダービー前週に開催された牝馬路線二冠目のオークスも最有力とされたダイワスカーレットが直前に体調不良で回避していたので、尚更「オークスだったら楽勝だったろうに」という声が高まります
迎えた日本ダービー当日でも馬券の単勝人気はウオッカが10倍超えの三番人気。前走の桜花賞で2位に敗着していたとはいえ、単勝1.6倍の一番人気・フサイチホウオーも牡馬一冠目の皐月賞では3着だったことを考えれば、いかに競馬ファンの認識として牡馬と牝馬の間に力の差があったかが伺えます
しかし発走してから2分半後、その女傑の前では既存の価値観は無意味だと皆知ることになりました

スタートしてからは有力馬が前方にいようと中団でどっしり構えるウオッカと四位洋文騎手。その威風堂々ぶりは最後のコーナーに入っても変わることなく、並み居る牡馬連中に揉まれながらも最終直線へ
あとは彼女の鋭いラストスパートを活かした差し競馬に持ち込むと、完全に地力の差を見せつけて他馬をどんどん突き放し、二着に3馬身差をつけてゴールイン。見事64年越しの牝馬による日本ダービー制覇を成し遂げました
言うまでもなく“父と娘”による日本ダービー制覇はこれが史上初であり、現在も破られていない前人未到の記録ですし、この日本ダービーには後の『宝塚記念』『有馬記念』両グランプリ制覇馬であるドリームジャーニーなどがいることを考えれば、非常に価値の大きい勝利であったことは確かでしょう

それを裏付けるかのように日本ダービー後もウオッカの強さは留まるところを知りませんでした。3歳後半のシーズンはヘビーな出走ローテーションが響いたのか精彩を欠き、ダイワスカーレットの牝馬二冠制覇を眺める結果になったりするものの、4歳春は再び牡馬牝馬混合である『安田記念』を快勝すると、秋にはスカーレットと5回目の直接対決となる『天皇賞(秋)』に参戦。このレースでは日本競馬史全体を見渡しても屈指と呼ばれるほどの大接戦を演じ、記録にも記憶にも残る名馬として競馬ファンの脳裏に焼きつくこととなります

あまりの強さから、翌2008年の牝馬限定戦・『ヴィクトリアマイル』での圧勝に対し「牝馬戦に牡馬が出てくるな」と冗談半分に野次られるほどで、結果的にはGⅠ級レースを7勝し、ディープインパクトキタサンブラックに並ぶ大成績を残して引退することとなりました

もちろんそのライバルであるダイワスカーレットも負けてはいません。彼女も年末のグランプリレースである『有馬記念』牝馬としては37年ぶりに勝利するなど、同時代の一線級牡馬たちをウオッカと共に薙ぎ倒しまくり、今なお牝馬最強世代の筆頭として挙げられる関係となったのです。現在でも両馬に根強いファンが多いのも納得でしょう


③2023年『日本ダービー』注目馬

それではここから今年の日本ダービーに出走する馬の中から注目されている馬たちを何頭かピックアップして紹介しましょう

●ソールオリエンス

今年の牡馬クラシック一冠目・『皐月賞』を制した最有力候補がこのソールオリエンス

今年クラシックを走る世代の馬たちは皐月賞前まで飛び抜けたパフォーマンスを発揮した馬がおらず大本命不在で三冠ロードが始まったのですが、いざ皐月賞が終わってみると彼の走りは圧巻の一言。国内主要競馬場の中では特に短い中山競馬場の最終直線で、最後方からほぼ全頭をゴボウ抜きする走りで競馬ファンをアッと言わせます

注目は血統面にもありました。彼の父・キタサンブラックは競馬ファンでなくとも名前は聞いたことがあるであろう程のレジェンドホースですが、種牡馬として父になってからは今年の産駒がクラシック二年目

去年クラシックを走った一年目の産駒の中には日本馬はおろか世界中見渡しても現役最強なのでは?と噂されるイクイノックスがおり、初年度でそんな怪物級を出してくるなら二年目も凄いかもしれないと思った所に上述のソールオリエンス皐月賞快勝ですから、キタサンブラック産駒の注目度はさらに上がりました
前年のイクイノックスが日本ダービーを2着と惜しくも逃しており、キタサンブラック自身もダービー時はまだ未完成ということもあって14着惨敗しているため、彼らの雪辱を果たし日本ダービー制覇できるかに期待がかかります
また、ジョッキーを務める若干24歳の若手・横山武史騎手は2年前に当時の皐月賞馬・エフフォーリアに乗ってダービーに挑むも、ベテラン福永祐一の乗るシャフリヤールに僅かハナ差の数センチで2着に敗れる悔しい負け方をしていましたが、各インタビューからも今回のダービーでリベンジに燃える様子が伺えますし、若武者の発奮にも期待したいところ


●スキルヴィング

ダービーにはいくつかのジンクスがありますが、特に有名なのが「『青葉賞』組はダービーを勝てない」というもの
青葉賞はダービーに向けたトライアルレース――いわゆる前哨戦に位置づけられる競走で昔から青葉賞からダービーに向かう有力馬が結構いるのですが、現在の所このローテーションでダービーを勝った馬は一頭もいません

しかし今年の青葉賞に勝ったこのスキルヴィングはこれまでのレースで出したタイムも悪くないですし、今年はもともと大本命不在と言われていた世代ですから、ダービーを勝てるだけの条件は十分に揃ってると言えるでしょう
先程のソールオリエンスと同じく父がキタサンブラックというのも競馬ファンにとっては注目ポイントで、ダービーを惨敗した父から産まれた子でダービーのワンツーフィニッシュというのもあり得るかもしれません

●タスティエーラ

キタサンブラックが種牡馬で活躍する一方で密かに注目されている種牡馬がサトノクラウンという馬です

この馬はキタサンブラックと同じ世代でクラシックを走っており、3歳戦が始まったあたりの注目度で言えばむしろサトノクラウンの方が上なくらいでした。実際にダービーではボロ負けだったキタサンブラックに対し、サトノクラウンは3着と健闘します
しかし苦難はそこからでした。クラシック最後の一冠である『菊花賞』の頃にはもうキタサンブラックが覚醒し優勝すると、4歳以降はキタサンが日本総大将としてGⅠ戦線で主役を張り続ける一方、サトノクラウンは惜敗を繰り返す日々
海外に活路を見出して世界最強クラス相手に『香港ヴァーズ』を勝利したり、キタサンブラックを含む強豪馬たちを相手に『宝塚記念』を制覇したりと実力上位馬としての意地はしっかり見せつけるものの、やはりキタサン旋風を覆すには及ばないまま2018年に引退し種牡馬として生活することになりました
しかしサラブレッドの戦いは父になってからも続きます。そんなキタサンブラックとのライバル関係を引き継いだ筆頭がこのタスティエーラ

父・サトノクラウンは日本の標準的な馬場よりは少々重い、雨などで渋ったりした芝が得意な馬で、今年の皐月賞も雨が降った影響で出走直前の発表は重馬場。一部の競馬ファンは「これはタスティエーラに分があるか?」と予想したりしました
実際最後のコーナーを一団が曲がってきた時、“いつもの皐月賞”なら勝つだろうと思わせる抜け出し方でタスティエーラが進出してきましたが、何の因果か大外からさらに凄い勢いで差し切ってきたのは先に紹介したキタサンブラックの子供・ソールオリエンスだったのです。それはまさにサトノクラウンら父の戦いが次代に引き継がれた瞬間でした
ソールオリエンスが勢いのまま二冠を獲得するのか、父の雪辱をはらってタスティエーラがダービーを奪取するのか。熱い対決に目が離せません

●サトノグランツ

ライバル関係で言えばこのサトノグランツも忘れてはならないでしょう
グランツの父・サトノダイヤモンドもサトノクラウンと同じくキタサンブラックとしのぎを削りあった名馬の一頭です

世代的にはキタサンやクラウンの一歳下の後輩にあたりますが、3歳暮れに出走した2016年の『有馬記念』では当時既に現役最強を誇っていたキタサンブラックと大接戦を演じ見事勝利。年末のグランプリを大いに盛り上げます

翌年の『天皇賞(春)』でもキタサンブラックに真正面から挑んで惜しくも敗れるなど、いくつかいるキタサンのライバルの一頭として名勝負を繰り広げました
また、サトノダイヤモンド自身はダービーでの勝利を期待されながらハナ差ギリギリで2着に敗れるなど、このレースに対する因縁は強いものがあります
その子供であるサトノグランツは、勝ち上がったのが遅れた影響で皐月賞などクラシック有力馬たちとは交わっておらず、別路線からダービーに参戦しますが実力は十分。父の無念を晴らしキタサンとの二世代に渡る対決に打ち勝つチャンスは大いにあるでしょう
サトノダイヤモンドと同じ馬主による二代に渡る念願のダービー制覇なるのでしょうか

●ドゥラエレーデ

そしてキタサンブラックのライバル関係で絶対に忘れてはならないのがドゥラメンテです

キタサンブラック、サトノクラウンと同じ世代にしてその年の『皐月賞』『日本ダービー』を制覇した二冠馬で、キタサンブラックとの直接対決では全てのレースで先着。残念ながら本格化してからのキタサンブラックとはほとんど戦うことなく怪我で引退してしまったのですが、特に皐月賞で見せた圧倒的な強さから「無事であったならキタサンブラック最大のライバルになっていたのでは?」と言わしめるほどの名馬でした

彼らより一足先に種牡馬になってからも怪物を続々と排出し、一年目からはGⅠ三勝で今も現役で長距離最上位タイトルホルダーが誕生。二年目からも牝馬二冠を成し遂げたスターズオンアースと世代最強クラスの馬を毎年送り出しています
三年目となる今年もその勢いは留まるところを知らず、牝馬路線ではまさに今日、『桜花賞』『オークス』の二冠を達成したリバティアイランドが「現役どころか歴代最強牝馬になるのでは……?」と噂されるほどの圧勝を見せつけました

1600mのマイル路線でも3歳限定戦である『NHKマイルカップ』シャンパンカラーが勝利するなど、ダービー前の時点で既に3歳GⅠを三勝しており、当然同じドゥラメンテ産駒であるこのドゥラエレーデにかかる期待も大きくなります

この馬、さらに面白いのは母・マルケッサが先に紹介したサトノダイヤモンドと兄妹というところ。つまりドゥラエレーデとサトノダイヤモンドは甥と伯父の関係にあたり、キタサンブラックのライバル二頭の近親ということになるわけです
ドゥラエレーデ自身、2歳時の頂点を決める去年の『ホープフルステークス』を勝利したあと、国内の皐月賞路線には向かわずアラブ首長国連邦はドバイに渡り、ダートのレースである『UAEダービー』を走って2着に好走するなど、クラシック有力馬としては相当ユニークなローテーションで国内に戻りダービーへと直行。今現在の同世代とどういう力関係になるのかもわかりませんが、ダークホース的立ち位置から強襲してくる怪物は、もしかするとこのドゥラエレーデなのかもしれません

●ファントムシーフ

競走馬の血統に関する用語で“インブリード”という言葉があります
平たく言えば近親交配のことで、強調したい部分の血統を濃厚にするために同一馬あるいはその近親馬を意図的に重なるよう配合するのですが、人間と同じように馬も兄弟馬同士で子供を作らせたりすると体質が弱くなりすぎたり気性に問題がある馬が産まれたりしてしまう……
なので一般的には3×4――つまりひいじいさん×ひいひいじいさん位の間隔が良しとされており、たとえば先のスキルヴィングなんかは大種牡馬・サンデーサイレンスの3×4を持っています

しかし中にはリスクを承知で3×3、あるいは2×3といった強調したい血統を近い位置に置く配合を行う生産者もおり、時たま活躍馬も出てきたりします
ですがこのファントムシーフにとってはそんなインブリードすら生ぬるいと言えるでしょう

一見するとデインヒルの3×3が目立ちますが、そのデインヒルの配合相手になっているのがHasiliArriveという牝馬で、この両馬がよく見ると同じ父母から産まれている全く同じ血統の姉妹。つまりこの二頭から産まれているDansiliPromising Leadが血統構成上はほとんど同じ馬ということになり、その子供であるところのファントムシーフは実質的にDansiliの2×2を持つサラブレッドとなるわけです
いうまでもなくここまでヘビーなインブリードでダービーの舞台に上がってこれる実力と体質が備わっている馬はとても貴重な存在であり、自分を含めた多くの競馬ファンは血統表を見ただけで目を丸くしたことでしょう
しかも皐月賞では3着と悪くない走りを見せており、世代内の実力は間違いなく上位
狂気の配合が世代最強を証明してしまうのか否か、競馬ファンの自分としては面白さ半分怖さ半分です





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