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跳んだ 跳んだ 百万回 跳んだ
お日さまが高くなったころでした。
畑の隅の小さな穴から、小さな顔がひょっこり!
ネズミの子どもです。
ママはどこかへごちそうをさがしに行っちゃったし、弟も妹も寝てるし。ちょっとお外へ行こうかな。バッタかなんか捕まえて、みんなのおやつに持って帰ろうかな。
ネズミはあたりをキョロキョロ見まわし、
ピョーン
跳んで出ました。
外は明るく、花は色とりどり、甘い草のかおりがいっぱいです。
わーい。お日さま、あったかいなあ。この赤いの、なに?花びらだ、きっと。ママが言ってた。食べてもいいよって。わー、おいしい!
ネズミは転げまわり、走りまわり、うれしくて、うれしくて、とっても幸せでした。
すると、
一匹のネコが音もなく後ろから……。
ネズミは何かの気配を感じてふり返りました。大きな顔がぬっと目の前に!
ワッ、ネコだ!
ママが教えてくれた。塀の上にいる、あれ、あれがネコだ。ネコを見たら、走って逃げるのだよ。逃げられないと思ったら、石のように動かないで転がっていなさい。
ネズミは、イナズマのように走り出した!ネコの手が、イナズマよりはやくのびてきて、ネズミを押さえつけた!
そして……
ネコはネズミをくわえ、草むらから運んで、土の上におろしました。
ネズミはカッと目を開いたまま、手足を1ミリも動かしません。石のように転がったままです。
ネコは手でネズミをちょっと触りました。あれ、動かない。ネコは首をかしげました。
くわえたとき、首に傷をつけたのかな。死んだのかな。もしかして、これ、石ころ?木の枝?
あ~、おなかが、減って、減りすぎて、目がよく見えなかったのかなあ。
ネコは考えました。
動かない獲物には用心、用心。病気で死んだのか、毒を食って死んだのかもしれない。うっかり食うとたいへんだ。赤ちゃんに飲ませるお乳がよごれる。
ネズミは石のようにかたまったまま、ネコの気配をうかがっていました。
ぜったい、逃げてみせる。弟や妹とまた遊ぶんだ。ママと追いかけっこするんだ。ママ、ぼく、ぜったい 逃げてみせる!
ネコの体がカクッと小さくゆれました。疲れていねむりしたのです。ネズミはその瞬間を見のがしませんでした。
ネズミの両手両足に、ものすごい大きな力がみなぎりました。
ビュ―ン
ネズミはまっすぐ上に跳びました。
高く、高く、塀より高く!
横に走ったら、木や草に邪魔されて、ネコにつかまる。上に向かって跳ぶんだ!ネズミはとっさにそう思ったのです。
誰が教えてくれたことでもありません。生きるための知恵でした。
次の瞬間、
シュー
ネズミはまっすぐ下に落ちてゆきました。ネコは後ろ足で立ち上がり、
バシーン
両手でネズミをはたいた!ネズミは地面にたたきつけられた!
でも、ネズミは全身に力をみなぎらせ、また上に向かって跳びました。
ビューン
百万回だって跳んでみせる!塀の向こうに落ちてみせる!
ビューン
バシーン
ビューン
バシーン
たたき落されても、たたき落されても、ネズミは跳びます。そして、とうとう、塀のすぐ下に落ちました。
もう一度、跳びなさい!ママの声が聞こえたような気がしました。
ネズミはよろめきながら後ろ足で立ち上がります。塀の隙間から……向こうへ行くんだ。絶対に逃げるんだ……。
でも、塀にはネットが張ってあったのです。ネズミはネットにぶつかり、草の中にたおれました。ネズミはさけびました。
「ママ、ぼく、百万回、跳んだよー」
ネコの顔が大きく近づいてきます。ネズミは目を閉じました。お日さまに向かって跳んでゆく自分の姿が見えました。
お日さまは、ネズミにあたたかい光を惜しげなくそそいでいました。
草むらのなか、ネコが横たわり、三匹の赤ちゃんにお乳をあげています。
ひさしぶりにおなかいっぱい、お乳もいっぱい出てる。赤ちゃんたち、いっぱいお乳をのんで、はやく大きくなるんだよ。
そのとき、一羽のカラスが、
ピューッ
ネコの上に急降下!
パクッ
一匹の赤ちゃんをくわえて空に!
ネコは、一瞬、何が起こったかわかりませんでした。後ろ足で立ち上がり。両手を空にのばしました。
でも、カラスはもうどこにも見えない……。
二匹の赤ちゃんがネコにしがみつきました。ネコはよろめきながら横になり、赤ちゃんたちをおなかに抱きしめました。
チュー、チュー
お乳を吸う元気な音。ネコは目を閉じました。
カラスにつれていかれた子どものことは忘れるしかありません。忘れることは、二匹の子どもをそだてるための知恵でした。
お日さまはあたたかい光をネコたちに惜しげなくそそいでいました。
しずかな春の午後でした。
終わり
絵 長谷川美智子
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